女による女のためのR-18文学賞

新潮社

第10回受賞作品
受賞の言葉

王冠ロゴ 読者賞受賞

上月文青

「偶然の息子」

上月文青(こうづき・ふみお)

1959年4月29日生まれ。52歳。山形県庄内町出身、宮城県仙台市在住。YBC山形放送、TBC東北放送系制作会社を経て、現在、フリーランスライター。会社案内や大学要覧の制作、ラジオ番組等の原稿作成を中心に活動中。好きなことは、大相撲、野球、ゴルフなどのスポーツ観戦。好きな作家は、村上春樹、宮本輝、宮部みゆき、桐野夏生、絲山秋子。好きな言葉「苦あれば楽あり」。

受賞の言葉

 このたびは読者賞をいただき、本当にありがたく思っています。私を選んでくれた多くの皆さんに、心から感謝します。私は現在、仙台市に暮らしています。賞の最終選考に残っていることを知ったのが、3月2日。それからしばらくは心地良い緊張感の中、思い出したように小さくガッツポーズをしながら、賞の発表を待つ日々でした。でも、3月11日の地震で、頭の中の風景が大きく変わってしまいました。映像を見ては泣けてくるし、知り合いが津波で家族を失くしたと知って言葉を失い、本を読んでも音楽を聴いても慰めになりません。日々、出来事をニュースで見て新聞で読んで、現実を認識するだけの時間が過ぎていきました。そうして、3月29日。「読者賞です、おめでとうございます」と編集部の方から電話をいただきました。それはひと筋の光でした。ああ、そうだった、そうだった、と、まだひと月も経っていないのに、3月上旬の、普通に、単純に喜んでいたあの頃がひどく懐かしく思い出されました。そして、助けられた、と思いました。何より、友人、知人に受賞を知らせると「こんな暗い空気の中、明るいニュースは希望だ!」と喜んでくれたことが本当に嬉しかったです。
 今回、母親と子どもの物語を書きましたが、私は結婚も妊娠も出産も子育ても経験がなく、言わば女の人生の時間割をすっ飛ばして生きてきました。現在も独身です。それでも、子どもは愛されるべきものである、ということ、女性性の本能であろう母性を考えた時、自分でも思いがけない物語を描くことができました。今後、自分が本当に小説を書ける人間なのかどうかいまだに霧の中ですが、それでも賞をいただいたことで、「書いてみたらいいんじゃないですか。書きましょうよ」とパスポートを貰ったような気がしています。できればこのパスポートを手に、新しい扉を開いてみたい。とにかく昨日とは違う場所に立っていることだけは確かです。「コーヅキに賞をあげるんじゃなかった」と皆さんに言われないように、精一杯頑張りたいと思います。ありがとうございました。