取り憑かれトリッパー
北村よしみ
遺書を書いた。男手ひとつで育ててくれた父への懺悔。私達は本音で語り合えるほど仲良くはなかったけれど、それでも父が不器用な愛情を注いでくれていたことは十分理解している。物心ついた時からずっと父と二人だけの生活だったが、何不自由なく育ててもらった。学校行事は必ず有給を取って見に来てくれたし、母親がいないことに不満を抱いたこともなかった。高学年になるとスーツ姿の堅物な父親が参観しているのが恥ずかしくて他人のフリをしていたことを、今さら申し訳なく思う。中学時代、毎日の昼食は父お手製のお弁当だった。私を起こすとすぐに出社してしまうので「おはよう」と「いってらっしゃい」以上の会話はなかったけれど、テーブルの上には朝食用のおにぎりと、丁寧に包まれたお弁当が用意されていた。高校を卒業するまでは夕食もほとんど毎日父が作ってくれていた。私が大学に入ってバイトや遊びや飲み会で帰宅が遅くなるにつれ、父も夜遅くまで働くようになって、夕食は各自で食べるようになった。代わりに父の出社時間は遅くなり、今まで早朝出勤していたのは、残業せずに帰宅して私と一緒に夕食をとるためだったのだと気が付いた。朝に顔を合わせることが増え、私のバイト先のパン屋からもらってきた廃棄のパンを一緒に食べることもよくあった。ベーコンのパンがある日には父が「お!」と嬉しそうな声を出すのが好きだった。私がバイトに行かなくなって差し出せるパンが無くなっても、父は何も言わずにご飯を炊いてくれた。それからは、味噌汁を作る父の横でベーコンエッグを焼くのが朝のルーティンになった。口数の少ない父との会話はいつだって弾まず、朝食時は情報番組をなんとなく見ているだけだったけど居心地は悪くなかった。
今朝もそんな何気ない朝を共に過ごし、父は出勤していった。世間はお盆休み真っ只中、テレビでも帰省ラッシュの映像が流れていた。夏休みもまともに取らず仕事に出かけた生真面目な父親が、帰宅後に娘の死体を見つけるのは忍びない。せめて腐らないようにエアコンの温度を低めに設定しておこう。
父宛の遺書の他に、私を陥れた男への恨み節も遺した。私が死んだことでたくさん後悔して欲しいし、できれば毎晩うなされていただきたい。憎しみが溢れ過ぎて、父宛の八倍のボリュームに膨れ上がってしまった。この分量差に父が傷つくのではと考えると胸が痛い。
一通りの準備を終え、満を持して手首にナイフの刃先をあてた。生命力に満ちた二十二歳の肌が強い弾力で跳ね返す。ぎゅっと下唇を噛んでナイフをひいた。細い筋が赤い血で滲み、それだけでもうショック死しそうだ。致死量まで刃を食い込ませるのは、小心者の私には不可能だと悟った。作戦変更。
首吊りは無惨な状態になるらしいので除外した。外で死ぬにしても、できるだけ人様に迷惑はかけたくない。自然豊かな自殺の名所でひと思いに海に飛び込むのはどうだろうか。
かすり傷より軽い一筋で済んでしまった左手首に絆創膏を貼ってからパソコンを立ち上げた。死に場所を検索するワードを入力すると『心の相談ダイヤル』や『自殺防止のNPO団体』のホームページがずらりと並ぶ。世の中には赤の他人の命を救おうと試みる人たちがこんなにもたくさんいるのか。彼らの優しさに気後れしながらも、次のページ、その次のページと、インターネットの奥へと潜りこんだ。何度かクリックを重ねた後、すうっとパソコンの画面が暗くなった。それから、ぼんやりと女性の顔が浮かび上がった。
「その命、捨てるのだったら私にちょうだい」
画面越しに女性がにっと笑う。
「ひぃあッ!!」
不穏なワードで検索したせいで、悪質なイタズラかブラウザクラッシャーでも踏んでしまったのだろうか。
「どうせ自分では死ねないのでしょ。だったら私にちょうだいよ」
「えっと、これは、ブラクラ……?」
「ブラクラって何? 幽霊よ、幽霊!」
箱の中の女性と会話が成立してしまった。AI搭載なのか?
最初はぼんやりとしか見えなかった画面越しの女性が徐々に鮮明になっていく。茶髪のショートボブに大きな輪っかのピアス、血色の良い顔に映えた濃い口紅。あれ、あんまり怖くない。急上昇していた心拍数は落ち着きを取り戻し、全身スタンディングオベーション状態だった鳥肌も滑らかにおさまった。
「幽霊ってテイにしたいなら、もっと貞子みたいな格好の方がよくないですか?」
人工知能ならどう返すのだろうかと意地悪く尋ねてみたら、自称幽霊は「ああ、井戸のおばけ、知ってるわ。テレビ画面から出てくるのよね」と一人で納得するように頷いた。それから貞子さながら、ぐぐぐっと画面からこちらの世界に抜け出てきた。え?
「ひぃぇあッ!!」
「あなたさっきから叫び声が独特ね。もっと可愛くキャーとか言えないの?」
厚底サンダルが画面に引っかかって抜け出すのに苦労しているのが滑稽だけど、本物の幽霊説が一気に濃厚になった。ボディラインを強調するTシャツに銀色のミニスカートが、おどろおどろしさを台無しにしている。
「幽霊にしては見た目がうるさいですね」
「やだ、若いくせに面白くないこと言う」
若いくせに。今の私には呪いの言葉だ。
「私の命が欲しいって、呪い殺したいってことですか?」
投げやりになって問いかけると、エセ貞子はぽかんとした。
「それ、私に何のメリットがあるのよ」
「いや、だって、あなたが言いましたよね。命をくれって」
「あー、ちょっと解釈が違うかな。私はね、二十年前に志半ばに死んじゃったの。それで、もっとあちこち行きたかったな、色んな経験をしたかったなって、この世に未練タラタラなの。霊体になって好きな場所には行けるようになったけど、実態がないから体験できない。だから私があなたの体に入り込んで、やりたいことを体感させてほしいの」
「憑依したいってこと?」
「近いかも。まあ、説明するよりやってみた方が早いから、いったん乗り移っていい?」
厚かましい幽霊は返事も待たずに私の体にぬるりと侵入してきた。
「どう? 分かる?」
自分の体内から声が聞こえる。
「分かるけど……普通乗っ取られたら私の意識はなくなるものじゃないのですか?」
「完全に憑依できたらそうなるね。だけど私、そこまで霊気が強くないからさ、ちょっと体を間借りするぐらいしかできないのよ」
体内に自分以外の人格が入り込んできた、頭では理解できても声が聞こえる以外は何の感覚もないので実感が沸かない。画面から女が出てきたあたりから全部幻覚なのかもしれない。
部屋には雑に脱ぎ捨てられた厚底サンダルが残っている。
「で、どこに行って何がしたいのですか?」
「あら優しい、叶えてくれるのね! じゃあさ、スタバに行ってちょうだい。抹茶フラペチーノが飲みたいの」
「そんなどこにでもあるやつ?」
「発売されてすぐは大行列でさ、人気が落ち着いたら行こうって先延ばしにしていたら死んじゃったのよ」
抹茶フラペチーノを飲みそびれた未練で二十年も彷徨っているのだとしたらさすがに気の毒だ。それ位叶えてあげてもバチは当たらないだろう。
「分かりました。暑いから出歩きたくないけど、さっさと済ませますよ」
「やったー!」
体内で飛び跳ねられたのだろうか、体が少し揺れた。
お店でショートサイズを注文しようとしたら「グランデ! グランデ!」と叫ばれた。店員さんの反応に変化はないので私以外には聞こえないらしい。いくら外が暑いとはいえ冷たいものを過剰摂取するのは体に悪いし、お金だってかかるのに……まあ、どうせ死ぬなら健康もお金もどうでもいいか。不本意ながらも大きいサイズを注文した。
午前十時のスタバはまだ空いていて、一等地のソファ席を確保できた。一人でゆっくりフラペチーノを飲む。
「はー、美味し!」
体内で響く声に「味分かるのですか?」と小声で問いかけると「五感フル稼働中よ」と返ってきた。
「それにしても暑かったね。まだ午前中なのに、地球温暖化ってほんとに進んでるのね」
五感を手に入れたことで二十年前とはレベル違いな夏の暑さを知ってしまったらしい。
「これで成仏できますか?」
「まだよ。次はね、ふれあい動物ランドに行って」
「ふれあい動物ランド? なにそれ」
「知らないの? 最寄りの動物園なのに」
人生最後のひとときを何の思い入れもない動物園で過ごすのは気乗りしないが、ひとまずスマホで検索してみた。ここから徒歩二十分の、羊やヤギ、ウサギと触れ合える施設らしい。
「この猛暑の中歩くのは嫌だなぁ」
「タクシー捕まえればいいじゃない」
そんなお金の無駄遣いを、と言おうとして、ああそうだ、どうせ死ぬのだと思い直した。
優雅にタクシーで向かったふれあい動物ランドは随分こじんまりしていて、ホームページの写真よりもずっと寂れていた。平成初期からアップデートされていない錆びた柵の中で、空気を歪ませる酷暑の日差しを避けて木陰を取り合うヤギや羊に同情する。
「こんなところに来て何がしたいのですか?」
「施設名見たでしょ? ふれあうのよ、動物と」
「いや、動物さん達だいぶ遠いし。奥の木陰で置物かってぐらい動いてないし、ふれあいようがないでしょ」
「大丈夫。受付で野菜スティックが買えるから、柵から差し出したらみんな寄ってくるよ」
「……この世の未練がそれ?」
いいじゃんいいじゃんと促され、渋々受付にいった。餌付け用の野菜を一カップ三百円で買うと「たかっ」と声が響いた。
「あなたが買えって言ったのでしょ」
「前は一カップ百円だったのよ。だから何度も買って色んな動物にあげまくれたのに」
「令和の物価高を舐めないでください」
文句を言いつつウサギ小屋に向かって、小屋の端で丸まっているウサギに「おーい、人参だよー」と声をかけた。現物を差し出すまでは見向きもしなかったのに、人参が見えた途端、白くてまるまるとしたウサギが予想外に機敏な動きで跳んで来た。冷蔵庫でキンと冷やされた人参をシャリシャリと食べる姿は確かに可愛い。茶色やグレーのウサギも寄ってきて、私はできるだけ平等に野菜を与えた。平和な時間に絆されそうになったけれど、自分の額からポタポタと落ちる汗が、生きている証みたいに感じられて不快だった。
「餌付け完了。これで満足ですか?」
「まだまだ。羊もヤギもポニーも待ってるんだから、一通りお野菜をあげないと」
人使いの荒い霊にせっつかれて園内を駆けずり回り、汗を掻き過ぎて夕立に見舞われた後みたいに全身ずぶ濡れになった。このまま体ぜんぶ溶けて消えてしまえたらラクなのに。
「次はね、売店に行って、ホットドッグを買ってちょうだい」
「それも生きてる間に食べそびれたやつ?」
「うーん、まあ、食べさせそびれたというか、そんな感じ」
珍しく煮えきらない幽霊に疑問を抱きつつも、追求するほど彼女の過去に興味はないのでそれ以上は触れなかった。売店でホッドッグを調達してベンチに腰掛ける。幼児なら喜びそうな動物柄のポップでファンシーな包み紙を剥がしてホットドッグにかぶりついた。
不味い。パサパサのコッペパンに冷えたウインナーと、申し訳程度に敷かれたしなびた千切りキャベツ。ケチャップとマスタードがセットになった小袋を一つ渡されたけど、無味のホットドッグに対して全然足りない。このクオリティに六百円を支払ったのが私の今生の未練になりそうだ。
「ねえ、全然美味しくないのだけど、ほんとにこれが食べたかったのですか?」
返事がない。私はお腹をコツコツ叩いて「おーい」と呼び出した。
「ああ、ごめん、不味くてびっくりしたから五感オフにしてた」
「ちょっと、あなたが食べたいって言ったのに、責任持って味わってくださいよ」
「私は間に合ってるから、しっかりお食べ」
お望みの品が美味しくなかったからって私に処理を押し付けるなんて、とんだ幽霊に取り憑かれたものだ。
「これが最後の晩餐になるなんて嫌過ぎます」
「大丈夫、まだまだ他にも食べるから」
「え、これで成仏じゃないの?」
「まだまだ。次はね、沖縄に行って」
「ちょっと、いきなり難易度上げないでくださいよ! そんなお金ないし」
「たくさんバイトしてたのでしょ? 銀行行って、貯金全部下ろせば大丈夫だって」
人のお金をよくもまあ軽々しく言うものだ。しかも触れられたくないバイトの話まで。怒りの矛先をどこにぶつけてよいのか分からず、自分のお腹を思いっきり殴った。「いたっ」と体内で響いたのでダメージは与えられたようだけど、私自身もしっかり痛い。
「あなた、死に場所探してたじゃない。沖縄の海とか、よくない?」
「それは、沖縄に迷惑かけちゃう」
非常識な幽霊のせいでまともな発想をしてしまった。
「どこで死んでも大迷惑でしょ」
ごもっともだ。
「それに、お父さんに遺書が見つかる前に軍資金を用意しといた方がいいんじゃない?」
父の話を出されて現実に引き戻された。遺書が見つかればすぐに警察に連絡が行くだろう。スマホのGPSをオフにしても決済に使えば足がつくかもしれない。現金が必要だ。スマホの電源を落としてATMへと急いだ。全財産を鞄に詰めてから、電車で空港に向かった。
「お盆休みだから飛行機代絶対高いですよ。大体今からチケットなんて取れないし」
「とりあえず空港行ってカウンターで聞いてみよ。案外キャンセル待ちで乗れるわよ」
スマホで航空券を手配できないかと考えたけれど、痕跡は少ない方が良いだろう。幽霊に従い空港のカウンターでキャンセル待ちの手続きを行った。
飛行機の空きを待つ間、待合席でスマホを触ることもできなくて幽霊と対話する以外にやることがなかった。そこではじめて私は名前を聞かれ、以降は「美咲」と呼ばれるようになった。当たり前に呼び捨てしてくるあたりがいかにも図々しい。幽霊からは「ゆうちゃん」と呼ぶように指定された。幽霊だからゆうちゃん、適当過ぎる。
「美咲はどうして死のうと思ったの?」
他人に興味がないから聞いてこないのかと思っていたが、よほど暇を持て余したのか、ようやく尋ねられた。私もやることがないのには変わりないので、洗いざらい話すことにした。
「大学入学と同時にパン屋さんでアルバイトを始めたの。学校の最寄り駅にあるから通いやすいし、バイトの子達もほとんどみんな同じ大学だから気楽でいいかなって」
遡ること四年前、楽しかった頃を思い出しながらぽつりぽつりとこぼし始めた私の声を、ゆうちゃんは大人しく聞いてくれた。
「私が大学一年生の時だから、十八歳の頃ね、お店の店長は十歳上の男の人で、世間知らずな私にも優しく仕事を教えてくれた」
全国チェーン店の雇われ店長だったが、社会を知らない私には一国一城の主のように感じられた。作業台に並べられた焼き立てパンに一定のペースでクリームを乗せていく店長の仕草は美しくて、閑古鳥が鳴く時間帯にはよく厨房を覗いた。私の視線に気付いた店長がニッと笑って「仕事しな」って言うのも好きだった。
平日の夕方には店内で二人きりになることも多く、お互いのプライベートな話もするようになった。雑談の始まりはパンの話、それから家族構成や大学の勉強について聞かれて、順当に恋バナに行き着いた。
「美咲ちゃんが働き始めてから三ヶ月経つけど、まだ浮いた話聞かないよね?」
「どうせモテないですよ」
「そんなことないでしょ、こんなに可愛いのに。その気になればすぐできるよ」
ルッキズムがタブーとなり始めた頃合いだったが、容姿を褒められるのは純粋に嬉しかった。
「店長はどうなのですか?」
「俺の方こそサッパリ。パン屋は朝が早くて帰宅後バタンキューで出会いがないからさ」
そんなやり取りを重ねるうちに、店長からの好意を感じるようになった。遅番の日には車で送ってもらったり、休みを合わせて一緒に出かけたりもして、私も次第に心を開いた。とても自然な流れで男女の関係になったから、お付き合いの言質を取れていなかった。
体内が静か過ぎるので、話のまどろっこしさに五感をオフにされているのかもしれないと勘ぐったけど、それでもいいやと思った。ただもう、全部吐き出してしまいたかった。
「恋仲になって三ヶ月が経って、もう引き返せないぐらい大好きになったところで、実は既婚者だって打ち明けられたの」
体内が突然揺れた。
「は? なにその最低男」
「あ、ちゃんと聞いてたんだ」
「当たり前じゃない。それより美咲は既婚者だって聞いて別れようとは思わなかったの?」
「もちろん別れるって言ったけど、離婚の話を進めているから待って欲しいって説得されて、結局ずるずる」
「ほんっと最低。そいつ呪い殺してやりたいわ」
「ゆうちゃんが言うとシャレにならないよ」
フッと笑うと、通りすがりの子どもに不思議そうに見られた。はたから見れば一人で喋っている怪しい女だ。不審者認定されないようにボリュームを絞って話を続けた。
「一年経っても離婚話の進展はなくて、問い詰めたら実は子どもがいるって聞かされた。その子が小学生になるまで別れられない、だけど実質夫婦生活は破綻していて、お互い自由恋愛の許可もしているから問題ないって言いくるめられて、三年も関係を続けてしまった」
「そのボケチンのこと、本気で信じてたの?」
「今から考えると、矛盾してることとかおかしなこともあったけど、その時は信じてた。就職活動がうまくいかなくて悩んでた時に、来年には独立して開業するつもりだから、一緒にお店をやろうって言われたの。俺はパンのことしか分からないから、大学で経営を学んでいる美咲を頼りにしているよって。二人で日本一のパン屋を作ろうって言われて、私、舞い上がっちゃって、就活もやめたのに」
「のに?」
「全部ウソだった。家庭は円満。開業の予定もなし。奥さんに不倫がバレて手のひらを返された。私からのアプローチに魔が差してしまった、離婚する気はないって。バイト中に奥さんが店に来てさ、夫を誘惑するな、若いだけのくせにって皆の前で罵倒された。奥さん、二人目妊娠中でお腹が大きかった。それで、あっという間に学校内にも広まっちゃった」
「それは、同じ大学のバイト仲間が広めたってこと?」
「うん。私、お店のみんなから嫌われてたみたい。表面上は仲良くしてくれてたから気付かなかったけど、店長のオキニだからシフト希望が最優先されてる、美咲のせいで他のメンバーは思い通りバイトに入れないって、みんな陰で文句言ってたんだって。確かに私のシフトはほとんど希望通りで他のバイトの子とは随分差があったけど、自分だけその違和感に気付けてなかった。結局脳内お花畑だったのだなって、反省した時にはもう、味方は誰もいなかった」
バイト先の店長と不倫していたことが学内に広まって周りの目が怖くなり、大学に行けなくなった。
「学校に行けなくなって、卒業に必要な単位も取れなかった。私の袴姿を楽しみにしているお父さんにも申し訳なくて、卒業できないって言えなくて」
「でも、死んじゃう方が申し訳なくない?」
時折正論をかざしてくる幽霊に腹が立つ。
「奥さんから慰謝料を請求するって書類が届いたの。私は卒業も就職もできないのに、慰謝料なんて払えないから」
「だから死ぬの?」
子どもが「どうして空は青いの?」って聞くぐらいのテンションであっけらかんと尋ねられて、黙って頷くことしかできなかった。
「うちなーの空気が吸えたー」
厚かましい幽霊が体内でぴょんぴょん飛び跳ねているのが気に食わないが、案外すんなり沖縄に来られたことには達成感を味わえた。キャンセル待ちの手続きをしてから二時間後に離陸できた。
那覇空港に着いてすぐに「東京も沖縄も、どっちも変わりなく暑いじゃん」と文句を垂れるゆうちゃんに紅芋ソフトを食べさせ、それからゆいレールに乗って移動した。ジメジメと暑いけれど、時折吹いてくる海風が不快感を吹き飛ばしてくれて、自分は今沖縄にいるのだと再認識できた。体内ではしゃぐ幽霊の指示に従って国際通りを練り歩き、仰せのままに揚げたてのサーターアンダギーやマンゴーがごろごろ入ったスムージーを摂取した。
途中で横道に入り、ゆうちゃんご指定の年季の入った食堂でソーキそばを注文した。随分と寂れているが、二十年前には人気店だったのだろうか。大きな豚バラ肉が口の中でホロロと溶ける。優しいかつお出汁が旅の疲れに染みわたった。
「ここのソーキが一番好きなの。次はね……」
「もう食べ物は無理! お腹パンパンでゆうちゃんの入る隙間がなくなっちゃうよ」
「わかったわかった。じゃあ次は三線屋に行こうか。ちょっと歩いたら右手に見えるから」
「さんしん?」
「沖縄の三味線みたいなもの。知らない?」
「なんとなくは知ってる。三線屋さんで何がしたいのですか?」
「弾きたい以外に何があるのよ」
「それ、私が代理で弾くってこと?」
「いい音色聴かせてね」
到着したのは古ぼけた小さなお店だった。『三線体験 一時間』という黄ばんだ貼り紙を見つけ、幽霊の仰せのままに体験レッスンを申し込んだ。
腰の曲がった女性店主が「一時間でこの曲が弾けるようになるからね」と言って、見た目にそぐわぬ声量で沖縄民謡の『てぃんさぐぬ花』の弾き語りを披露してくれた。それから弾き方のレクチャーが始まった。『工工四(くんくんしー)」という独特な楽譜の読み方を習った後、ドレミの指使いを教わる。正直に言うと方言がきつくて説明は半分も聞き取れなかったが、三線の竿の側面に指を押さえる目安のシールがあらかじめ貼ってあり、このシールをガイドに弦を押さえればいいのだと理解できた。
たった一時間で一曲マスターなんて誇大広告甚だしいと思っていたけれど、七割ほどは弾けるようになった気がする。もう少し練習を続ければ本当に「一曲弾けます」と言えるレベルになりそうだ。
三線っておいくらぐらいなのだろうと店内を物色していると「空き缶で作ったカンカラ三線っていうのもあるからね。自分で作ることもできるよ」と店主がカンカラ三線キットを持って来た。確かにこれなら飛行機で持ち帰るのも容易だと一瞬考え、我に返った。危ない、魔が差して生きることを考えてしまった。
「ごめんなさい、買う予定はないのです。でも体験は楽しかったです。教わった曲もとっても良い歌でした」
「てぃんさぐぬ花っていうのはホウセンカの花のこと。ホウセンカの花は爪先に染めて、親の言うことは心に染めなさいっていう歌よ」
独特のイントネーションのせいでやはり完全には聞き取れなかったけど、親というワードが出てきてビクリとした。そろそろ父は帰宅しただろうか。
私が人生初の三線に奮闘している間いつになく大人しかったゆうちゃんが「弦とカラクイを買って」と唐突に主張した。「カラクイって何?」と聞き返すと、横から店主が「三線の糸巻きよ」と言ってシワだらけの手のひらにのせた木の棒を見せてくれた。必要性を理解できないけど、そんなに高くなかったので思考を放棄して「それと弦をください」と購入した。
「せっかく沖縄まで来たのだし、美咲も何かやりたいことはない?」
人の体をこき使ってやりたい放題してきた幽霊が、ようやくこちらに気を配ってきた。
「うーん、特にないけど……」
人生最後に何がしたいだろうと少し考えた。
「海辺で夕日が見たいかな」
地平に近づくに従って存在感を増す濃い太陽を見ながら言った。日没まではあと一時間程度だろうか。きっと海に落ちる頃にはもっと赤く大きくなるのだろう。この世の美しい景色を目に焼き付けてから人生を終えるのも悪くない。
「じゃあ、ちょっと歩こっか。海を見ながら飲める良い場所があるよ」
砂浜でぼーっと日没を眺めたくて言ったのに、ゆうちゃんに導かれてたどり着いたのは騒がしい民謡居酒屋だった。
「何名様ですか?」と聞かれて「二人です」と言いかけ、すぐに「一人」と訂正した。すっかり二人旅の気分だったけれど、はたから見ればれっきとしたお一人様だ。
エアコンの効いた狭い店内は満席でずいぶん賑わっていたけれど、海辺のテラス席は空いていてすんなり通してもらえた。
隣のテーブルには地元の常連客らしいおじさんが二人いて、「どこから来たの」「学生さん?」「グルクンの唐揚げ、美味しいから食べてみなさい」と、女性一人客を放っておいてはくれなかった。海に沈む夕日を見ながら感傷に浸るプランは諦めた。本当はゆうちゃんと二人でじっくり話したかったけれど、シークワーサー酎ハイの酔いが回ったせいか、だんだんどうでもよくなった。
店内では島唄ライブが始まったらしく、三線と歌が漏れ聞こえてきた。ゆったりとした沖縄民謡が数曲続いた後『てぃんさぐぬ花』が披露された。習いたてほやほやの曲を思い出して小さく口ずさむと、常連のおじさん達が「知っているの?」「よし、一緒に歌おう」とはしゃぎだし、テラス席でも大合唱が始まった。ライブの選曲は徐々にテンポアップしていき、店内の客に両手をあげさせて踊り方をレクチャーしていた。テラス席でもおじさん達が立ち上がり、歌に合わせて指笛を吹き、両手で空をかき混ぜるようにひらひらと踊りだした。「カチャーシーっていうのだよ」「さあさ、お姉さんも立ちなさい」とご機嫌に誘ってくる。普段の私なら軽く会釈する程度でかわすけど、どうせ死ぬのだから恥じらう必要もない。陽気なおじさん達と一緒に、何も考えずに笑って歌って踊りまくった。
たっぷり食べて飲んで騒いでお会計を済ませた後、砂浜までゆっくり歩いた。日中は海水浴客で賑わっていたであろう海辺も、日の落ちた今は数組のカップルが佇むしっとりデートスポットに様変わりしている。
「美咲はこれからどうするの?」
「どうしようかな。こんな穏やかな海じゃ入水自殺もできないし」
耳心地のよい波音にできるだけ近づいて、濡れないギリギリの位置に座った。
「まだ死にたいって思ってる?」
「分からない。でも、もう引き返せない」
「どうして?」
「遺書、置いてきたから。今頃警察沙汰の大騒ぎになってるのじゃないかな」
「お父さんに電話してみたら?」
どう返していいのか分からなくて黙り込む。砂の上を小さなカニが歩いている。
「お父さん、頼りなく見えるかもしれないけど、絶対に美咲の味方になってくれるから」
「ゆうちゃんに父の何が分かるの?」
「分かるよ」
語彙を強めて抗議する私に反して、ゆうちゃんは出会ってから一番優しい声を響かせた。
「分かるの。私が世界で一番愛した人だもの」
散々私のことを振り回してきた奔放な幽霊が、今は菩薩のように穏やかに、体内で鎮座しているように感じられる。夜風が心地良い。ゆっくり頭の中を整理する。
「……お母さん?」
今度はゆうちゃんが黙った。母は私が二歳の時に病死したから、記憶にはない。私の知っている母は澄まし顔の遺影と、アルバム一冊分の写真だけだ。ゆうちゃんが体内に入る前、どんな顔をしていたのか思い出そうと試みたけど、パソコンから出てきた衝撃と幽霊らしからぬファッションが上回って顔が浮かばなかった。
「ねえ、出てきて。顔が見たい」
幽霊のゆうちゃんが、私の体からぬるりと出てきて目の前に立った。短いスカートからのびた白い素足が夜の砂浜によく似合う。
「美咲の部屋にサンダル置いてきちゃった」
はにかむゆうちゃんを見て、写真の中で赤子の私を抱いていた母、優子だと確信した。
「お母さん、どうして成仏できてないの? 私のせい?」
「成仏? そんなのとっくにしてるわよ。年に一度のお盆だからってウッキウキで帰ってきたら、愛しの娘が死のうとしてるんだもん。なんとかしなきゃって必死で考えて、美咲に死に場所を探させないようにパソコンに乗り込んだの。一世一代の霊力使ったわ」
「抹茶フラペチーノも私を延命させるための口実だったの?」
「ああ、それはほんとに未練があったから。ちょっと寄ってもらっちゃった」
「ふれあい動物ランドは?」
「あそこは美咲が小さい頃によく行ってたの。最後に行った日にね、あの動物さんのホットドッグが食べたいって美咲に泣かれたの」
ゆうちゃんの声が震える。
「私は持ってきたお弁当を食べてほしくて、また今度ねって否して買ってあげなかった。本当に今度があると思ってたのよ。食べさせてあげられなくてごめんねぇ……」
ゆうちゃんが目の前で泣き崩れた。
「そんなの覚えてないし、謝らないでよ」
どちらかと言えばあの不味いホットドッグを押し付けられたことを謝って欲しかったけど、母の二十年来の未練を上書きできたのなら、私の完食にも意味はあったのだろう。
「じゃあ、沖縄はどうして?」
「好きだったの。美咲も楽しかったでしょ?」
「それはまあ、楽しかったけど」
「死んだ気になって、移住してイチからやり直すのもよくない?」
「そんなに簡単じゃないよ」
「簡単よ。生きてさえいれば何でもできる」
眼の前で笑う母は若くて綺麗だ。生きてさえいれば、何にだってなれたのだろう。
「私、これからどうすればいい?」
「まずはお父さんに電話しなさい。もっと親を信じて、頼っていいのよ」
母を信じて、スマホの電源を入れた。
*
翌日空港まで迎えに来た父は、私を見つけるなり抱きついて、人目を憚らず泣き喚いた。父が感情をむき出しにするのを初めて見て、かえって冷静になれた。強い抱擁を黙って受け入れながら、とんだ親不孝をしたものだと反省した。
「美咲は何も心配しなくていい。男のことは知り合いの弁護士に頼んだから、後は任せなさい」
父が涙ながらにそう言ってくれて、少しだけ胸のつかえが取れた。ゆうちゃんの教えに従って、まずは親を信じて頼ってみよう。それから少し休んで落ち着いたら、私は私で動かなければならない。謝るべき人には誠心誠意謝罪して、学校の手続きも確認して、やらなければいけないことを一つずつ片付けよう。それが私の再生作業だ。
昨晩父親に電話を入れた後、ネットカフェで少し眠った。それから空港でキャンセル待ちの手続きをして、待合席でうとうとしていると、体内から「美咲、私、もう行かないと」と囁く声が聞こえた。
「やだ、ゆうちゃん、行っちゃやだ」
「ごめんなさいね、お母さん天国でも人気者だから戻らないとダメなのよ」
茶化しながら私の体から出てきたゆうちゃんの作り笑顔は寂しそうだった。私がこの世の未練となって足止めしてはいけないと思い直して、別れる覚悟を決めた。
「お母さん、ありがとね」
私の正面に立つゆうちゃんにはっきりと伝えた。一瞬表情を崩したゆうちゃんはすぐにまた笑顔を作って、「わーん」と叫びながら両手を広げてこちらに突進してきた。残念ながらゆうちゃんは私の体をすり抜けて、ハグは不発で終わった。
「美咲と過ごせて幸せだった。立派な娘さんになって。お父さん、頑張って育ててくれたのだなって、嬉しかったよ」
それから私に顔を近づけて「ダーリンに伝言よろしく」と耳元で囁いてから、ゆうちゃんはすぅっと消えた。
*
「お父さん、私、お母さんに会った」
「え?」
「お母さんの幽霊と一日一緒に過ごしたの」
台所で珈琲を入れていた手を止めて、父は数秒静止した後「そうか」と頷いた。
「驚かないの?」
「美咲が沖縄にいるって聞いて、なんとなくそんな気がした」
「どうして?」
「母さんは沖縄の人だったのだよ。父さんが一人旅をしていた時、たまたま入った海沿いの居酒屋で知り合った。冴えない男子大学生にやたら派手な女性が声をかけてきたから、最初は何かタカられるのではないかって怖くてね。でも話しているうちに意気投合して、海辺で一緒にカチャーシーを踊った。翌日は観光案内もしてくれて、美味しいソーキそばのお店も教えてくれた」
懐かしむ父の表情はやわらかだったが、私は母の強かさに呆気にとられた。娘を死なせないために必死だったと言う割には、父との出会いの場に行かせたり、デートコースを再訪したり、ちゃっかりこの世を満喫していたなんて。
「それから何度もメールのやりとりをして、優子は島での生活を捨てて、こっちに来てくれたのだよ」
母が移住してイチからやり直すことを「簡単だ」と言ってのけたのは、自分が経験していたからだったのか。
「優子のご両親は僕らの結婚に猛反対でね。一人娘に家業を継がせるつもりだったのに島を捨てるのかって叱られて、結局親子の縁を切る形になってしまった。だから僕らは結婚式に誰も呼ばず、神社で二人きりで契りを交わした」
初めて聞く両親の馴れ初めはこそばゆかったけれど、故郷を捨てても一緒になりたいと思える人と出会えた母はきっと幸せだったのだろう。私は私なりに大恋愛をしたつもりだった。だけど現実は、時折垣間見える違和感や不信感にフタをして、都合よく見たい景色だけを切り取っていたのかもしれない。
「美咲が産まれた時に沖縄のご実家に写真と手紙を送ったけど返信はもらえなかった。お父さんが亡くなった時にも知らせてもらえなかった。優子の病気が見つかった時も連絡したけど『責任とって最後まであなたが面倒みなさい』って言われただけだった」
「お母さん、生きている間には親に会えなかったの?」
「ああ。お葬式にも来てもらえなかったけど、優子のお母さんから香典が届いて、それが精一杯の歩み寄りなのだと思った。生きている間に仲直りさせられなかったのは俺の責任だから、この後悔は生涯背負いながら生きていくつもりだよ」
話を聞いているうちに、父と母のことを最後まで許さなかった祖父母に腹が立ってきた。
「そんなの全然お父さんの責任じゃないよ! こっちは精一杯歩み寄ってアクション起こしてるのに、受け取らなかったのは向こうじゃん。お父さんは何も悪くない」
父が目を丸くして私を見た後、フッと笑った。
「お前、話し方が優子に似てきたな。うん、そうだな。優子ならきっとそう言ってくれただろう。ありがとう。長年の呪縛から解放された気分だよ」
奔放な幽霊と一日一緒にいたことで私も図太くなったのかもしれない。父が二十年もの間一人で抱えてきた苦悩を少しでも軽くできたのなら、私が今ここに居る意義はある。生きていてよかった。
「それでもいつかは孫の、美咲の顔だけでも見せられたらって思っているよ。優子が言っていた。自分はもう一生会えなくても構わないけど、美咲はいつかお婆ちゃんに会えるといいなって」
死ぬまで親と仲直りできなかったゆうちゃんは、どんな思いで私に「親を信じろ」「もっと頼っていい」と言ったのだろう。幽霊になってもなお明るく美しかった母は、きっと短い人生を全力で謳歌して、この世の未練なんて抹茶フラペチーノぐらいなのだと思っていた。本当はもっともっとたくさんのやり残しがあったのかもしれない。来年のお盆休みも私の体を使えるのなら、いくらでも付き合ってあげるのに。そう思案したところでゆうちゃんの最後の言葉を思い出した。
「あ、そういえばお母さんからお父さんに伝言があるの」
「俺に? 何?」
父がぱっと目を輝かせたので躊躇したけど、原文ママで伝えることにした。できるだけゆうちゃんに似せて。
「お盆ぐらい仕事なんて休んでちゃんと私を出迎えなさいよ!」
甘い愛の言葉ではなくクレームなのが申し訳ないけど、父は「優子だ。優子らしい」と笑って、笑いながらむせび泣いた。ティッシュケースを渡して父が落ち着くのを待った。手持ち無沙汰でポケットに手を入れると、硬い物が当たった。
「そういえば、これ、お母さんに買わされたのだけど」
ポケットから三線の弦とカラクイを出してみせた。涙目の父が目を見開いた。こんなにくるくると表情を変える父を見たのは初めてだ。
「ちょっと待っていて」
そう言って、寝室に走っていった。それからすぐに、父は三線を大事そうに抱えながら戻ってきた。
「これ、優子のクローゼットにあった三線。弦が切れて、カラクイも一本折れてしまって弾けなくなっていたんだ」
ティッシュペーパーで丁寧に埃を拭いてから弦の張替え作業をはじめた父に「お父さんも弾けるの?」と聞くと、「優子に教えてもらって少しは弾けるようになったけど、二十年前だからなぁ」と苦笑いを浮かべた。
「お母さんは三線上手だった?」
「そりゃあもう。実家が三線屋さんだからね」
私の体を使ってちゃっかり里帰りもしているではないか!
「私、多分おばあちゃんにも会ったよ」
「え、まさか、おばあちゃんももう幽霊になっていたってこと?」
「違う違う、三線屋さんに寄ったの。国際通りからちょっと外れたところ、美味しいソーキそばのある食堂の近く」
「ああ、間違いない。そうか、会えたのか」
父が再びティッシュペーパーを引き抜いて顔を隠す。父ってこんなに涙もろい人だったのか。
「お父さん、私も三線弾けるようになりたい」
「よし、一緒に練習するか」
「うん。それから、お父さんと一緒に沖縄にも行きたい」
「行こう。優子が美咲を連れ回した場所も教えてほしい」
ゆうちゃんという共通言語を得た私達は、はじめての尽きない会話を楽しめた。
父の淹れてくれた珈琲が空っぽの胃に染みる。
「お父さんの珈琲、明日も飲みたい」
「おう、任せとけ」
父が得意げにグーサインを掲げると、振動で三線が少し鳴った。ゆうちゃんが「調子乗っちゃって」とかなんとか言って笑っている気がした。
〈了〉
