第8回R-18文学賞 大賞
「ミクマリ」窪 美澄

 
――このたびは受賞おめでとうございます。どこでどのように受賞の報せを受けられたのでしょうか。
 その日はたまたま仕事の打ち合わせで五反田の大日本印刷さんにお邪魔していました。2階に秀英体(明治期から現在まで使われている明朝体の代表格)の展示があって、とてもかっこいい文字だな、いつかこの書体で自分の作品が印刷できたらいいなと思っていたんです。その帰りに下北沢の本屋さんに行ったら、小説の棚の前で電話が鳴りまして。周りに人が多かったので淡々と受け答えしてしまいましたが、本屋さんでお報せを受けることができたのがとてもうれしかったです。

――影響を受けた作家、作品は?
 ありすぎて困ってしまうのですが、やはり高校時代に読んだ村上春樹さんと村上龍さんについては、生まれたての雛が初めて見たものを親と思ってしまう感覚に近いものがあります。高校時代の心がやわらかいときに触れた小説がおふたりのものだったので。特に村上龍さんの『コインロッカー・ベイビーズ』。音楽を聞くのと同じような感覚で読むことができる小説だったので衝撃的でした。また宮内勝典さん、芯がある作品をずっと書かれている方なので、尊敬しています。それから村上春樹さんが訳してらっしゃるレイモンド・カーヴァー、特に『大聖堂』や『ささやかだけれど、役にたつこと』が好きです。もちろん最近の日本の小説も読みますし、この賞の選考委員のお三方の作品は特に大好きです。

――これまでもずっと小説を書いていらしたんですか。
 初めて小説を書こうと思ったのは、今から8年前、35歳のときです。遅いですよね。フリーライターという仕事に不満を感じているわけではありませんが、取材をしていて自分が本当に思ったこと、感じたことを小説という形で書きたいという思いからでした。 でも当時は子供がまだ小学校に入ったぐらいのころで、子育てと仕事に追われ、結局書いたのはその2~3年後です。川沿いの街が舞台で、女の子が主人公でした。その作品はR-18文学賞の一次選考まで残ったのですが……。でも、追いかけているテーマは当時から同じかもしれません。その作品は妊娠とか出産ということは出てきませんが、性をテーマに据えるとなると、女の人が感じている違和感がどうしても出てきてしまう気がします。

――「女性が感じる違和感」とは具体的にどういうものでしょうか。
 たとえば毎月、生理が来ますよね。生理は、体が毎月妊娠のための準備をした結果起こります。本人が望んだわけでもないのに勝手にプログラミングされている。今の日本の女性を取り巻いている生活環境やライフスタイルと、体が本来持っている本能的なプログラミングは、あまりにかけ離れていて、そのせいで体と心がバラバラになってしまうことも多いのではないかと。別に妊娠なんかしたくないのに体は勝手に準備しているとか、子どもが欲しいのに体は応えてくれないとか、その差違に振り回される感情を、取り上げたいです。体が本来持っている摩訶不思議さへの興味、というのは自分のバックボーンでもありますし、小説でもそこに触れておきたいです。

――冒頭のセックスシーンが非常に印象的でしたが、作中の性的な要素に関してはどのように取り組まれましたか。
 性をテーマに据えた賞なので、やはりそこに応えようという気持ちがあり、自分の持っている以上のものを過剰に緻密に書いてしまった気がします。ただ、仕事でお世話になっている漫画家さんに読んでいただいたら「まったくエロくないね」と言われてしまいました。くわしく書くことと、いやらしさを感じさせることは決してイコールではないんだなと思いました。

――タイトルの「ミクマリ」という言葉について、少し説明していただけますでしょうか。
 私はタイトルをつけるのが本当に苦手で……実は小説を書き上げた後に、テーマである「子供」とか「神様」、「出産」など、いくつかの言葉をインターネットで検索して出てきた言葉なんです。「水分」と書いて「みくまり」と読むのですが、水の分岐点のことを示したり、古事記には水の分配をつかさどる神様の名前として登場し、また子守の神様でもある。
 もともと「マ行」のタイトルがいいなと思っていたし、言葉の響きもいい。何より「これはいったいどういう意味なんだろう」と思っていただきたかった。神様の名前をタイトルにすることは恐れ多いのですが、「水を分ける」という言葉はこの小説のテーマと決して離れていないと思いました。

――これからどんな作品を書いていきたいですか?
 近いところでは「ミクマリ」に出てくる、助産師であるお母さんの話を書きたいです。子供を育てながら仕事をしているという点では自分に近い存在でもありますし。仕事をしながら地に足をつけて懸命に生きている方に読んでいただけるような作品を、そして、ずっとライターとして妊娠・出産のことを書いてきたので、女性の身体についてもしっかりと書いていきたいと思っています。