第10回R-18文学賞 選評―唯川恵氏

「僕のゆかちゃん」
 子供の頃に幼馴染みの男の子と互いの性器を描き合った、というエピソードは面白かったが、それを生かし切れなかったのが残念だ。その幼馴染みの男の子に対する、ある種の所有感というか依存度というか、そういったものがもっと伝わってくれば、ラストに向けて、小説としての面白味が増したように思う。もう少し話を練り、読み手の腑に落ちる作品を書こうという意識があれば、格段によくなるはずである。タイトルは一考を。
「愛とその他のこと」
 物語としてまとまっていて、読後感もよく、主人公の緩さ加減も悪くなかったが、書き手も腰が定まってないような印象が残った。火災に遭ったビルを見上げるシーンは印象的だが、それを生かしきれなかった。また、推敲すれば、必ず気づくであろう矛盾点もそのままにされていたのが気になった。傷でもいい、不快感でもいい、読み手の心に何を残したか、結局のところ、小説に必要なのはそれではないか。ぜひ、もう一歩踏み込んで書いて欲しい。
「ふらふら、不埒」
 この小説の肝、つまり坂本と岡崎の関係だが、それがあまりにも曖昧で、私からすると主人公の単なる思い込みなのではないかと思えてしまう。そうすると、小説自体が成り立たないという、困った図式になってしまう。肝をきっちり押さえていてくれたら、まったく違った印象になったのではないか。それをとても残念に思う。あと、情景描写にもう少し配慮を。
「selfish」
 文章が達者で、面白い表現もあり、片想いの切なさが伝わって来て、小説としてよく出来ていると思う。ただ、伊藤君がなぜ売春に手を染めたか。お金がないから、という理由だけでは少々納得できない。細部に説得力がないと、全体が緩んでしまう。それでも、話の締め括り方は印象的で、私はとても好感を持った。力のある方なので、これからも書き続けて欲しい。
「偶然の息子」
 これは小説である、と、何度も自分に言い聞かせながら読んだ。障害を持つ息子の存在は、読み手をとことん動揺させる。その迫力に圧倒され続けた。これほど「冷静にならねば」と意識しながら候補作品を読んだのは初めての経験だった。文章は魅力的で、独自の世界に満ちている。描写も素晴らしい。それなのに、何故大賞に推せなかったのか。私が気になったのは、一時でも目を離せない息子だと思っていたのが、学校に通い、母に預けることもできる、という展開で、そう大変ではないのかもしれない、と読み手に思わせてしまうところだ。読み進めるほどさらに深くなる、という形であるべきではないか。つまり内容云々ではなく、構成として引っ掛かってしまったのだ。私が言うのもおかしな話だが、それが惜しいし、悔しい。厳し過ぎるのではないかとも自問した。そして、これとは違う作品を読みたいという気持ちに行き着いた。今は、大賞に推せなかった私を後悔させて欲しい、と思っている。
 読者大賞、おめでとうございます。早くも次の作品が楽しみです。
「べしみ」
 セックスではなく、性欲を書く、というスタンスがとても新鮮だった。性器に人面瘡が現れる、という発想はそう突飛というわけではないが、この小説では生きている。哀しさと可笑しさのバランスもいい。女たちが内緒にしていることを、潔く書き切ったという印象がある。しかし、瑕があるのも否めない。主人公を「彼女」として登場させた以上、「私」と混同して書くべきではないし、性欲と快感の境が曖昧に思える箇所がある。タクシー運転手の登場が唐突すぎるのではないか、等々。それでも、この小説が持つ辛辣さと残酷さは、読み手を黙らせてしまう説得力があった。辛いなぁ……と、我が身に降りかかると同様に読み手に受け止めさせるだけの力があった。これは大きな魅力であり、素質でもあると思う。
 大賞、おめでとうございます。これからを期待しています。

 今回が最後の選考となりました。
 私にとって、とても刺激的な五年間でした。毎年、どんな候補作が送られてくるか、楽しみにしていました。この間に、才能ある作家を送り出せたことは、私の誇りでもあります。編集部をはじめ、山本文緒さん、角田光代さんにも感謝。本当にありがとうございました。