第11回R-18文学賞 選評―辻村深月氏

 賞の選考委員を務めるのは初めての経験で、自分自身が“仕事”ではない小説を書いていた頃どんな気持ちだったろうか、と過去の自分を振り返りながらの選考となりました。
 受賞作「金江のおばさん」は、在日韓国人のコミュニティーの様子が描かれ、そこに作者の筆の奥行きを感じたことはもちろん「お見合いおばさん」の目を通じて見る人と人のかかわり、生活感やお金の描写など、日常のリアリティーにも惹かれました。光が差した直後にふっと照明を落とされたようなラストの余韻もしみじみと鮮やか。主人公の背景にもっと力のあるエピソードを語ってほしいと感じる部分もありましたが、そのことまで含めて、この人が書く他の小説も読んでみたいと感じた作品でした。
 候補の六作品のうち、一番好感を持ったのは「ハロー、厄災」です。閉塞感に満ちた村、少年、そして音楽というのは私が偏愛するテーマでもあり、村一番のヤリマンと称される野口との出会いは、冒頭からさあ、どうなってくれるのだろう、と期待させられました。村の高校生たちの、内部で閉じている雰囲気も好き。青春感も十分に伝わってくるのですが、もう少し主人公に生々しい欲求があってもよかったかも。また、野口にもっと魅力を! 語る言葉や行動原理が、彼女自身の口から自発的に語られたものというよりは、作者の都合と小説側からの要請によってもたらされた内容だと感じられてしまい、大好きだからこそ、あと一押し何かを見せてくれたなら強く推すこともできたのに、と残念です。
「ジェリー・フィッシュ」も、女の子同士の十代の恋を描いていて、好きなテイストなのですが、唇の柔らかさや恋の危うさ、十代の近視眼的な行き詰まり感が身に迫ってくるものでなかったことが残念です。読了後、作者がまだ十六歳と知って、では私のこの目線は大人だからこそのつまらない見方なのかも??と、評価を改めかけたのですが、当事者の年代だからこそ、力が入ってしまっているのかもしれないですね。肩肘張らず、もっと感情を曝け出すような、思いきり若さ・痛さに満ちた別の作品を、またお待ちしております。
「想影」は、繊細さと、動けずにいたくせに失った後で急に自分の中でストーリーが立ち現れる恋の身勝手さがよく出た作品で、想い人である栄の顔や仕草がきちんと思い浮かぶ描写もよかったです。ただ、主人公の気持ちに読者が置いていかれてしまう部分が目立ち、主観的な思い入れだけでなく、彼と主人公を繋ぐ出来事や言葉がもう少し具体的にあれば、そうした読者のことも最後まで引っ張っていけたのではないかな、と思います。
「すごく遠く」。強がりのユーモアを気取る文体が少々ぎこちなく、主人公に共感できる読者には馴染むのかもしれませんが、私には距離があるものに感じられました。本気じゃないけれど、なんとなく誘いめいたことをしてみるコンビニ店員とのやりとりは楽しかったのですが、語られるべき旦那さんの存在がうまく見えてこなかったことが残念。会話のスタートラインに立ったところで終わってしまうラストは、幕切れの形としてはきれいなのかもしれないですが、やはりこの先どうするかなのだと思います。携帯電話の鳴り方はとても好き。
「キャラバン」は、タイトルや、そこから連想されるイメージ、主人公の歩く姿やその矜持に、共感したいのだけどさせてもらえなかった、という不完全燃焼な読後感です。主人公にとっての“仕事”は、入り口のまた入り口。問題を解決するのもすべて周りで、そこに仲間と呼べるほどの強い繋がりもまだ感じられず、だけどプライドとプロ意識だけはあるという状態では、仕事への思いや彼女自身の切実さ、誠実さが伝わってきませんでした。作者が楽しそうに書いている、という点は好印象なものの、物語として一本筋が通ったものになるには、客観的な目線が必要だと感じます。
 候補作はすべて、小説として体裁が整い、きれいな形をしていましたが、欲を言えば、いびつであっても突き抜けた何かを感じさせてくれるものに巡り合いたかった。その意味では物足りなさも感じました。みなさん、どうかもっと、なりふり構わないでいてください。