第12回R-18文学賞 選評―三浦しをん氏

 最終選考に残った五作、いずれも粒ぞろいで楽しく拝読した。
『グレイン・オブ・ライス・イナ・サバービア』は、英語が苦手な身からすると、タイトルがわかりにくい。読み進むうちに「『一粒の麦』のお米版ってことだな」と察せられるが、しかし「一粒の麦」の挿話を知らず、英語も苦手だという読者は、どうしたらいいのか。ちょっとひねりのあるタイトルをつけるのは、引きを生じさせるひとつの手法ではあるが、作品内でごくさりげなくタイトルの種明かしをしてもいいかもしれない。たとえば主人公が通うのがキリスト教の学校で、聖書の時間があるとか。ラストの主人公と友だちの会話は切実さが感じられ、方言も効果的で非常によかった。しかし全体的に主人公が上から目線に思えてしまい(やけに田舎をバカにする、など)、そのわりに流されやすいひとにも見えて(主人公は先生を訴えたほうがいいのではないかと気が揉める)、生身の人間としての像を結びにくかった。作者は、自意識過剰なお年ごろである主人公の手綱を握り、主人公の感情や言動が読者によりよく伝わるよう努めねばならない。現状だと、主人公の自意識過剰さに作者も取りこまれてしまっている感がある。つまり、作者および読者の顔面すれすれに主人公が立っているので、近すぎて目の焦点がうまく合わず、結局主人公の姿がぼやけてしまうのだと思う。主人公と適切な距離を取るよう心がけてみてほしい。
『絆創膏ワルツ』は、文章がうまくて楽しいし、「鎖骨と胸の中間」に「円柱が埋まっているような」穴が空いている女性、という設定も突飛さがあっていい。ただ、その設定をいまいち使いこなせておらず、特に後半は、主人公と元カレ親子との人情話(ほのかに恋の再燃の気配あり)という、ややありがちな展開になってしまっているのが惜しい。元カレの娘(六歳)が、「話の展開上、都合のいい幼児」に見えるのも少々気になる。実在感のある子どもを書くのは、大変むずかしい。けなげすぎたり、子どもっぽすぎたり、おとなびていすぎたりと、いい塩梅をなかなか見いだしにくいので、「子どもの描写、お互い試行錯誤していきましょう」と自戒をこめて作者に申しあげたい。一番違和感を覚えたのは、「穴」の内部の質感や、「穴」に指をつっこまれたときに主人公がどう感じるのか、といった身体感覚がほとんど描写されていないことだ。それゆえ、「穴」が単なるアイテムのように思えてしまい、小説全体がちょっと作りものっぽくなっている。象徴としての意味もある「穴」だからこそ、実際的に「穴」を有した肉体で生きる主人公の日常を、作者は渾身の力で想像し、適宜描写したほうがいいと思う。
『パーティ』は、葬儀を「パーティ」に見立て、そこに集う人々の関係や心情を過去に遡りつつ描くという構成がとてもいい。しかし、人物像がややブレている気がする。たとえば冒頭で、主人公と妹と叔母が祖母の誕生日について会話を交わす。気が合っているように見受けられるのだが、のちに叔母は主人公に好感を抱いていないことが明らかになる。好感を抱いていない相手とも、感情や思考を共有する瞬間が生じるのが「人間」の真実ではあるが、小説の技巧的には、冒頭の叔母とそのあとの叔母とが同一人物だと咄嗟にわかりにくく、混乱する。また、主人公が姪については言及するのに(この姪が子役なみに演技過多で、読んでいて少々鼻白む。子ども描写の「いい塩梅」を探ってほしい)、自分の娘の名すら出さないのは、違和感がある。ラスト近辺まで、家や町の情景描写があまりないのも、バランスが悪い。特に、ラスト数行のカメラ移動(主人公の目に映る光景の描写およびズームアップ)は、ぎこちなく感じられる。情景を頭によく思い浮かべ、適切なカメラ位置を取るよう心がけるといいだろう。
 今回私は、『朝凪』を推した。「そんな夫となぜ別れないんだ」という読者のストレスがマックスに達したところで、カタルシスを感じられるつくりになっており、うまいと思った。主人公は大真面目なようなのだが、それゆえのユーモアがにじみでているのもいい(つまり、主人公と作者の距離の取りかたが適切だ)。また、若い男との交流も、実は主人公の思いこみにすぎないのではないか、と思わせる余地があるあたりなど、手練れである。非常にイラつかされる夫の存在、その夫との現状の暮らしを打開しようとしない(ように見える)主人公への苛立ちに、前半で読者がどこまで耐えられるかがポイントだろう。夫の描きかたを、ここまで極端にしないほうがいいのかもしれない。念のため申しあげると、時代小説っぽいタイトルは、本作のテイストとあまり合っていない気がする。
『マンガ肉と僕』は、文章がこなれていてユーモアもあり、特に「肉女」と「本多菜子」という好対照の女性二人が、実在感を持って作品内で生きている。反面、主人公の「僕」が非常に身勝手で、結局自分ではなにもしていない男のように私には思えた。「おまえのモテ自慢を聞かされたわけかよ」と、読み終わってつい思ってしまうというか。いや、実際に「僕」のような男はいる。しかし、「女のための」と銘打つ賞であることを考えると、この主人公は「女のため」にはならん男だなと思うのである。作者は主人公を、「かっこよくていい男」のつもりで書いているのではないか、と一人称の小説であるがゆえにやや疑念が生じ、「僕」への反感から、本作を一番には推さなかった。だが、架空の存在である登場人物に反感を覚えてしまう時点で、やはり本作は人物描写がとてもうまく、実在感があるのだと思う。