女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第16回R-18文学賞 
選評―三浦しをん氏

ドラマはどこから生じるのか

三浦しをん

 最終候補作はいずれも高レベルだった。今回受賞を逃したかたも、気を落とさず書きつづけていただきたい。
『おっぱいララバイ』は、登場人物の人柄が伝わってくるし、理容室での修羅場など、「大変だ」と思わず笑ってしまうシーンもあった。ただ、ぶつ切りのエピソードを継ぎあわせたような感じが否めない。たとえば、姉の夫婦喧嘩の理由は結局なんだったのだろう。そこが明確にされないため、「話を展開させるために出てきて、役目が終わったら退場するひと」みたいに見えてしまい、エピソードが分断されているように感じられるのだと思う。
『ハルコさんの、日常と1泊2日。』は、テンポよく読める文章でユーモアもあった。ただ、ラストまで矢野顕子の「きよしちゃん」任せなのはいかがだろうか。この歌を聴いたことがない読者もいるのだから、伝えたいことは文章で描写するべきだ。また、「1泊2日」とタイトルに銘打ちながら、1泊した夜明けで話が終わっている。「行って、帰る(あるいは帰らない/帰れない)」が物語の基本構造だ。現状だと、あまりにも淡々としすぎている気がするので、物語の構造を意識して(戦略を持って)話を考えてみてほしい。
『どうしようもなくにやけた日々』は、母親が祈祷師にはまっていると判明するあたりや、マカロンの味が「どれも甘いだけ」なあたり、凄みと笑いがあってとてもよかった。ただ、小説内にドラマがなさすぎる。ドラマとは「葛藤」であり、感情(あるいは身体)のぶつかりあいだ。ラストで主人公の紀子は、「伝えるべき事は何一つ伝えずに過ごしてきてしまったのかもしれない」と思うに至るが、それも一人でそう納得しているだけのように見える。「どうすれば、伝えるべきことが伝わるのか」を描く方向にシフトチェンジすると、ドラマ(葛藤やぶつかりあい)が生じるのではないかと思う。
『ストーム』は冒頭がやや重いが、独特の引力のある文章で、心惹かれた。主人公は微妙にやな女だなと私には感じられたのだが、その理由のひとつに、自発的に動こうとしていない主人公が、都合よく江口のおばちゃんの畑を受け継ぐことになるらしい展開に、「畑仕事や介護なめんな」と思ってしまったことが挙げられる。主人公が受け身すぎる点を少し変えれば、「都合よすぎないか?」という印象をやわらげられるのではないだろうか。ラスト近辺、少し書き急いでいる感があった。味わいのある文章なので、最後まで手綱を放さないよう心がけてみてほしい。
『月と林檎』は、絶妙のエロティックさがあってよかった。美術講師と女子高生が出てくる応募作を、いろいろな選考の場でたくさん読んだ気がするが、本作の美術講師・塔田は図抜けて変態で、そこが素晴らしい。教え子に手を出すような教師とは明確に一線を画した「業」が感じられ、だから本作はエロティックなのだと思う。その塔田と接することによって、主人公の早希に変化が訪れるのも納得で、静かな雰囲気のなかにちゃんとドラマがあった。ただ、玲奈の恋心をもてあそぶような真似はやめたほうがいい(掲載時にそのシーンは改稿されるそうだが)。心身の痛みを知っている早希だからこそ、他者に対しても無神経ではない言動をするはずだ。人物の根幹にかかわる部分で、言動に悪い意味でのブレが生じていないか、細心の注意を払って描写していただきたい。
『アクロス・ザ・ユニバース』は、「高校時代、私もこんな感じだったな」と顔から火を噴きながら読んだ。主人公の智佳が好きなのがホラー映画というのも、非常によくわかるし、彼女が置かれた環境、心情にとてもマッチしていて、ストーリーに駆動力を与えている。尻軽風の優亜のキャラクターも楽しく、二人の珍道中を微笑ましくもハラハラドキドキ見守った。
 だが、それだけで終わらないのが素晴らしい。ラスト、智佳が「優亜に言うべきだった、ただ一つの言葉」に思い至るシーンで、私の涙腺は決壊しそうであった。智佳は考え、感じ、行動する主人公だ。だからこそ読者は心を揺り動かされ、智佳と優亜を応援し、彼女たちのつらさや希望を我がことのように感じることができる。これが小説、創作物のいいところなのだ。そう叫びたくなる、すがすがしくも切実な展開で、私はこの作品がとても好きだ。ただ、物理的な距離感や時間経過、地理の説明がややこなれておらず、わかりにくい点があったので、今後はそういう部分にも気を配るようにすれば、もっと作品が洗練されていくはずだ。
 全体として、「ドラマはどこから生じるのか」を考えさせられた選考だった。派手な出来事は起こらなくとも、登場人物が他者と真剣に向きあおうとしていれば、そこにドラマが生まれるのだと個人的には思う。