選評 第16回R-18文学賞 選評―辻村深月氏

行きて帰りし物語

 大賞を受賞した『アクロス・ザ・ユニバース』が本当におもしろくて、今、この選評を書いていてもにやにやしてしまうほどです。
 両親から抑圧され、自分の大好きなホラー映画への情熱をひた隠しにしながら生きる主人公が、敬愛する監督の講演を聞きに東京へ行くささやかな冒険。彼女が好きなものがホラー映画だという点がまず素晴らしい。大好きだけど、周りにはちょっと言いにくいこの感じが、まだ親の庇護下にいて自分の進路さえ支配されている主人公の思いをより深めています。
 普段は敬遠している、同じ学校のギャル・優亜との思いがけない二人旅。大人の読者としては、絶対にうまくいくわけない――と思っているけれど目が離せない優亜から男への復讐方法は、主人公が人生で初めて実際にホラーの演出をする楽しさが、若さゆえの万能感に満ちていてむず痒いのに、それを余りあるほど楽しく描かれ、それまで堂々としていた優亜がいざ男を前にしたら動けなくなってしまった他者の痛みとの遭遇も胸に迫ります。読みながら、ああ、この感覚を「共感」と呼ぶのだ、私はこの子たちに共感している、と気づかされました。
 物語のラスト、主人公が「あんたは、悪くない。ぜんぜん、悪くない。」の一行に向かって走り出す、その勢いと力強さに私も快哉を叫びたい気持ちに。主人公たちの旅は日帰りの短いものですが、この作品は、素晴らしいロードムービーの要件を満たした「行きて帰りし物語」だと思います。
 読み終えて、著者の白尾さんが昨年も最終選考に残った方だと気づきました。昨年の作品もすごくよく、また応募をお待ちしたいと選評に書いたのですが、今年、より熱量を増したこの作品を応募してくださったことに、選考委員として感謝します。文句なしの大賞と読者賞のダブル受賞。心よりおめでとうございます。
『ストーム』も、江口のおばちゃんの駆け落ちのラストが爽快で、このオチに至るまでの伏線の張り方も上手なのですが、主人公を取り巻く境遇の文章や描写がやや重く、ラストに向けて文章の密度がどんどん軽くなっていく感じがよかっただけに残念でした。ちょっと描写を整理したり改行を工夫するだけで印象は変わってくると思うので、次はぜひその辺りも考えていただければ、と思います。
『月と林檎』。怪我をして部活に出られなくなった主人公の傷が、美術講師・塔田の持つ歪みの物語に帰結していく構成が見事で、個人的にも好みでした。ただ、欲張りな読者の目線として、それを知ったことで主人公がどう考えたのか、という点をもう一歩、丁寧に説明してほしかったです。
 ラストの玲奈へのキスも、過去に自分を男の子と間違えて恋心まで抱いた相手にする行為としてはあまりにも不用意で、玲奈がかわいそうなのでは? と思ってしまいました。この辺りをもう少し丁寧に描くことで、主人公の本筋の物語の幹を太くすることもできたはず。発表にあたってキスのくだりは修正されるそうですが、今後に期待しています。
『ハルコさんの、日常と1泊2日。』。後半の「1泊2日」部分は、一人旅のあれこれの心地よさと、孤独を肯定する楽しさがよく伝わってきて好感を持ちました。けれど、「日常」部分の時系列が行ったり来たりするわりにフックとなる出来事がなく、わかりにくい。また、「福々しい笑顔」という言葉を括弧つきで多用することで、主人公が本心からそうした笑顔を浮かべられる人ではなく、内心ではその笑顔を頼ってくる他者のことをバカにしている様子が露呈してしまい、ひいては、著者自身がそうした考えのもとに主人公以外の他者を描いていることがうっすら透けてしまうのがもったいない。寝てしまった後輩だって、主人公のことが本気で好きだったのかもしれないし、ハルコさんを頼って愚痴をこぼしてくる人たちだって、本心から彼女と繋がりたかったのかもしれない。そうした人たちのことを低く見て、物語の端役として切り捨てている以上、主人公のことだけを特別な人として肯定してほしい、というのは少し虫がよすぎます。明確な旅をしているにもかかわらず、何かを得て日常に戻る、「行きて帰りし物語」の要件を満たしてもらえなかったという印象でした。
『おっぱいララバイ』。おっぱいをもっとうまく使えるはず! 同じおっぱいでも、胸は大きさも感触も一人一人違います。親友のおっぱいを触らせてもらったくらいで、おっぱいのすべてをわかった気になるのでは、ラスト「僕のおっぱい制作にかける思いは深いから。」と言われても、「いや、軽いって!」としか思えません。この題材を選んでいる以上、もっとスリルに満ちた観察はいくらでもできるはずで、授乳される時のように口に含んでみる、くらいのことはしてほしかったです。お父さんやお姉さんとの会話の中にはセンスがいいものも感じられるのですが、万事が主人公に都合のいいように進んでいく展開に、最後まで乗り切れませんでした。
『どうしようもなくにやけた日々』。ユーモアもあって好感が持てるものの、物語があまりにもあっさり終わってしまう。作中何度も、「喜一と話し合えよ!」と思いながらもどかしく読んだのですが、ラストの結論まで「話し合えばよかった」というものでは、主人公がようやく入り口に立ったところで唐突に幕切れを迎えたような未消化な印象です。母親が嵌まりこんでいる祈祷師の話などはとてもおもしろく、このあたりが活かしきれていなかったのも残念でした。


[→ 受賞作品と選評一覧]

[↑ Page Top]