女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第18回R-18文学賞 
選評―辻村深月氏

“対話”の誘惑

辻村深月

『赤い星々は沈まない』と『どうしようもなくさみしい夜に』に惹かれました。
『赤い星々~』はまずタイトルが素晴らしい。老人介護施設のマドンナ・キヌさんを通じ、女性の性欲というテーマを真っ向から描く着眼点もとてもいい。どこにもいけない、大きく殻を破る結論にも至れない宙ぶらりんな性欲を“赤い星々”になぞらえることにも凜とした品のよさを感じます。ただ、せっかく魅力的なキヌさんと主人公が、最後、説明的な会話をしてしまうのが残念。完全に理解し合う形でなく、キヌさんはキヌさんとして彼女自身の人生の言葉を貫き、それに主人公が触れることでその姿勢そのものからメッセージを受け取る方が、老人介護施設という場所を舞台に選んだこの小説にもっと大きな意味が宿るように思いました。
 しかし、それでもなお、いびつだけども惹きつけられてしまう魅力が、この小説にはある。この著者が次に何を書くのかということも大変興味深く、大賞に推しました。
『どうしようもなくさみしい夜に』も好きな作品でした。作中の折り鶴のエピソードが素晴らしい。母親がデリヘル嬢をして自分を育てたこと、その母が仕事をやめて結婚するかもしれないこと。このテーマを一行で明かす、物語の展開のさせ方も上手。精一杯母離れしようともがく主人公の姿を正面からちゃんと描こうとする著者の姿勢に好感が持てます。先生とビニールプールに足を入れて話す場面もとてもよかったのですが、その後、先生との会話が急に「一般論」のお説教のような形に落ち着いてしまうのがもったいない。それまで丁寧に紡がれてきた主人公の言葉や思考が、先生の体と言葉に流されてしまった、という印象です。先生を抱いてしまうことで、彼が母親に何を求めていたのか、彼自身の言葉が遠ざかってしまったような気がして、容易な他者との対話に逃げないでほしかったという思いが残りました。
 読者賞を受賞した『おまじない』もコンプレックスの在処がどこにあるのかの明かし方が見事で、作品の半ばで見ている景色が一転する感じがとても好みでした。ただ、ラストの「OLさん」の登場が残念。主人公たちが自分のまなざしで見つけた「おまじない」を、「OL=悪」とみて「伝えたくなる」ところに、個別の事情や思いを鑑みず「こういう人はきっとこう」と決めつける、主人公たちがされたことを別の構図で今度は他者に返してしまう目線が覗き、そこまで繊細に扱ってきたテーマが最後の最後で崩れてしまった印象を受けました。
『好きだった人』。前回も最終候補に残った方の作品で、今回の小説は昨年よりも格段におもしろかったです。ラストの母親への「大嫌い」にはカタルシスがありましたし、飯田くんが学生時代に主人公の名前をつけたポケモンが“ナゾノクサ”だったセンスにも個人的にグッときました。しかし、文章全体にもう少しストーリーをより魅力的に読ませる演出と工夫が必要です。「具志堅用高が負けたショックで死んだ男の話」で冒頭引き付けたなら、それを濫用するのではなく、ここぞというタイミングで用いる方が効果的です。他にも、妹が飯田くんを選んだ理由についてなども、その前にもっと「近いところに住む」条件を印象づけるよう伏線をより強く加えておいたなら、読まれ方が全然違うものになったと思います。
『トーキングヘッズ』。剥製の視点から語られる物語が魅力的で、他にはない意欲的な作品だと感じました。とてもおもしろそう! と期待が高まりましたが、語られる物語に、この形式を取った必然性が皆無だったことが残念です。特殊な視点を取る、ということはやはり、そこを利用して物語を大きく展開させる覚悟か、その形式を遥かに凌駕するようなもう一味の何かが必要になると思います。
『キリコ』。長編でじっくり時間をかけてやった方がいいテーマを駆け足の短い枚数でやってしまった印象です。工場のみんなも彼氏も、だからこそ表面をなぞったような印象になってしまっていて、人物を絞って、あと一押し、何か大きな事件や展開が作中にほしかったと感じます。冒頭とラストが共鳴する書き方はとても好きです。

 今回、前半から中盤にかけてが魅力的なのに、後半になって、主人公たちが結論を急ぐような対話に走りがちな作品が多かった、と感じます。対話による言葉で作品のテーマ全体を語ってしまうのは、便利なまとめ方ではありますが、私たちが描いているのは「小説」であり「物語」です。物語のテーマを表す言葉は、著者が押しつけるのではなく、小説を読んだ読者それぞれが自分の胸の中で辿り着くもの。容易なまとめに走らず、読者をどうやって自分の思う言葉にまで導くか、ストーリーや文章、演出、皆さん、もう一度、考えてみてください。