女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第20回R-18文学賞 
選評―三浦しをん氏

しょうもなさにひそむ真実

三浦しをん

『水たまりのできる場所』は、淡々とした筆致がとてもいいと思ったが、短編として焦点が絞りきれていないように感じられた。各登場人物の紹介っぽいエピソードがつづくというか、主人公の感情の動きになかなか踏みこまない印象を受けたのだ。もちろん、主人公は淡々と日常を過ごさないと、とても立っていられない状況/心境なのだと伝わってくる。だからたぶん、「見せかた」の問題だと思う。本作はもう少し枚数をかけて、じっくり描いたほうがいいのではないか。水たまりの象徴性、傘を開くときの感覚など、ハッとする感性がそこここできらめいていた。
『悪い癖』は、主人公の女がいやな感じだなと思ったのだが、作者はもしかしたら、「かっこよくてモテる自立した女性」として描いておられるかもしれない、とも思えて、人物造形にこめた意図を私が読み誤っている可能性は否定できない。しかしいずれにせよ、文章がうまく、作品に漂う不穏な感じがすごくいいと思った。
 ただ、ラストにこめられた意図が、またわからない。「私は昨日、六十歳になった」という一文から、「ええっ、六十歳なのにずいぶん年下の男に恋を!?」と読者に驚きをもたらそうということだろうか。何歳であっても恋をするひともいれば、一生恋をしないひともいる。どちらも当然のことだと思うのだが……。また、コンノは来週、三十六歳になるそうで、年の差が二十四歳だが、主人公がかつてつきあっていた年上の男との年齢差は十三歳だ。対比しておらず、ますます、ではなぜラストまで引っぱったのちに年齢を明かす必要があるのか、意図を汲みきれなかった。
 人物造形や作品にこめた意図がより伝わるよう、いかにさりげなく読者を誘導するかが、作者の腕の見せどころになる。その際のコツは、「自分の常識は他人の常識ではない」と自身に言い聞かせることだ。なるべく客観性を保って、作品の塩梅を微調整してみていただければと思う。
『あのこの・あのこと』は、スカした男の話かと思ったらキモい男の話で、その展開と落差がスリリングでよかった。推しているアイドルについてキモい言動をしてしまう気持ちはよくわかり、読んでいて「私も自重せねば」とつくづく思った。
 引っかかったのは、生理にまつわるあれこれが、昨今問題になっている事柄をただなぞっているように(ツイッターなどで発信される話題を最大公約数的にまとめたもののように)感じられたことだ。もっと、ゆゆちゃんの個人的な体感、心情に基づく言葉を聞きたかった。「そのひとならでは」の内面、身体感覚にぐっと迫れるのが小説の特長なので、そこを活かすべきだと思う。また、ラストにかけて、主人公に非常に都合のいい展開になっているように感じられたのも惜しかった。
『スターチス』は、SF的設定に穴や腑に落ちぬ部分がある。ファンタジックな要素(幽霊らしきものの出現、ラストで目撃する幻らしき花など)の見せかたもやや唐突で、作中における「リアル」のバランスが若干不安定だ。つまり、この世界では幽霊や幻の花を目撃するのがふつうのことなのか、あくまでも主人公の主観にすぎないのかが、判然としない。それゆえ、せっかくうつくしいイメージを描いても、説得力や迫真性に少々欠ける、ということだ。
 だが、それを補って余りあるきらめき、「こういう設定、世界観が好きなのだ」という作者の情熱が感じられ、私は好感を抱いた。多少いびつであっても、好きなものを心をこめて書くのが一番だ。今後いっそうの洗練を目指すなら、落ち着いて設定をよく練り、その世界で生きる人間はどういう思考回路、価値観、生活習慣などを持ちあわせているのかを、渾身で想像/シミュレーションするよう心がけるのが大事になってくるだろう。
『アイスと白蛇』は、誤字脱字が多く、情報提示の段取りに多少の難がある。たとえば、主人公が父親の不倫相手とはじめて話すシーン。いきなり、不倫相手の名前が「瞳さん」だと主人公は把握しているが、ここははしょらず、互いに名乗るシーンを入れたほうがいいだろう。主人公は、「名乗ったら、私が不倫相手の娘だとバレるかも」と葛藤を抱くはずで、作品に緊迫感が生まれるし、いったいどうやって自己紹介したのか読者としては気になるからだ。作者は自己紹介の段取りを考えるのが面倒だったのかもしれないが、だからといって肝心なシーンを省いてはいけない。
 ただ、瞳さん宅の奥の部屋を覗くシーンは、ホラーっぽい緊張感があってすごくいいし、主人公の家族の問題だけでなく、友だちとの関係もさりげなく絡められているところなど、とてもうまい。静かな文章のなかに、主人公の感情の揺れが確実に映しだされている。こういうテイストで行くなら、もっと推敲し(吉村くんの柴犬の見分け能力、すごすぎないか? 家族旅行で白蛇の大群を見たエピソードは、もっと早い段階で提示しておくべきでは? など、引っかかる点がある)、細部と文章の緊密度を上げると、よりよくなると思う。
『ありがとう西武大津店』を推した。リズムのある文章でとても楽しかったからだ。成瀬が少々「キャラっぽい」かなと思わなくもなかったが、しょうもないことに夏休みを費やしてる女子中学生の感じ、本当に愉快だ。
 しょうもなさの陰に、実は切なさや「いま」が刻印されているのも、本作の優れたところだと思う。地元で長年愛されてきた百貨店が閉店するにあたっての、人々の思い。みんながマスクをして距離を保っているさま。なんの変哲もない夏のようでいて、そこに数多のドラマや輝きや「どうにもならないこと」がひそんでいる。それこそが、我々が生きる日常の本質なのだと、改めて感じることができた。作者が一作ごとに着実に進歩され、ついに受賞なさったこと、心から祝福したい。
 今回の最終候補作はいずれも光るものがあった。受賞に至らなかったかたも、気を落とすことなく、ぜひ今後もお書きになってほしいと願っている。
 今回で私の任期は終わりだ。みなさまの熱のこもった作品を拝読し、辻村深月さんと語りあうのは、本当に刺激的で楽しいことだった。十年間、どうもありがとうございました。