女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第23回R-18文学賞 
選評―柚木麻子氏

選考委員やめたくなってる

柚木麻子

 毎年言っているからうんざりだと思いますが、本当にどの作品もレベルが高く、自分より遥かに上手な方ばかりなので、正直なところ選考委員をやめたくなっています。これも毎年言っていることですが、今年は本当に選ぶのが難しく、複数落とさないと大賞が選べないため、無理くりに欠点を見つけるようなことをして、割とストレスを覚えています。「ここがダメ」と言うたびに「でも、お前もできてないじゃん」のブーメランが心に突き刺さります。しかし、今回、腹を括りました。出身者たちの活躍により、R-18文学賞はこれから先、ますます優れた作品が集まるでしょう。一定以上のレベルをクリアしている候補作品だからこそ、自分のことは棚上げして、どんどん批評していきます。それこそが渾身の力で書き上げられた作品への私なりのリスペクトです。
「西瓜婆」は私にとって大切な大好きな作品です。突拍子もない設定でありながら、この世界観に身を置きたいと思わせるのは、作者の天性の持ち味だと思います。医者の発言、西瓜から老婆が生まれるまでのディテールに不思議な説得力があります。とにかく老婆のキャラクターがいい。ここまで独自の世界を紡げる方であるからこそ、結末で更なる驚きが欲しいと思ってしまいます。老婆が残した種を蒔く。それだけでも普通だったら十分面白いのに、さらにもう一つ驚きが欲しいと思ってしまうのは、このなんでもありな世界を飲み込ませる作者の力を信頼してのことです。
「これをもって、私の初恋とします」はこの賞の選考に携わってから出会った、最も楽しい作品でした。読んでいる間私はずっと、主人公と大久保のやりとりが羨ましくて仕方がありませんでした。最低限のハードルでする最高の恋。お互いがある程度相手を憎からず思っていることが伝わるので、確定演出を楽しんでいる風にも読めます。はっきり言って普通の恋愛よりずっと贅沢に思えます。ゆえに、初恋がめぐりめぐって実ったハッピーエンドよりも、主人公と大久保のやりとりの方に断然魅力があるため、物語全体としては、バランスが悪いように感じます。まとまりのある物語を目指すのではなく、この作者さんにしか作れない楽しい時間に読者を貪欲に巻き込んでいただきたいです。
「君の無様はとるにたらない」は、個人的に私が10代〜20代、憧れ続けた世界観が見事に体現されていて、息を飲みました。こんな香り高い小説を書きたくて、でも、自分の内側から湧き上がる豊かなものや美しさが私にはなくて、諦めた経験が蘇り、正直、ちょっと胸がキュッとしました。甘くて苦くて、ちょっとだけ退廃的で、何しろ優雅。少女の冷静な目を通した大人の世界。砂糖菓子の中の洋酒のようなほろ苦さ。ホテルの雰囲気にも、うっとりさせるものがあります。完成度は高く、父親を乗り越えていくラストもいいのですが、現在は2024年なので、欲をいえば、磨りガラスの向こう側のようにけぶっている世界に、この時代なりの香りや色合いを足してもらいたい、という気持ちがあります。
「褪せる」は「よっちゃん」のしょうもなさが肝だと思うのですが、彼の外見描写に関しては唸るほど上手いのに対して、内面のクズさと言うものがあまり伝わってこなかったのが、惜しいところです。むしろ、あまりクズではないとされる灰田さんのリアリティがとんでもなくて、私はしばらくテレビでかまいたちの濱家を直視できませんでした。そんな灰田さんの魅力がさあっと褪せていく結末の余韻は見事であると思います。この才能が活かせるキャラクターを考え抜いて、是非、主要登場人物に据えて欲しい、と願ってしまいます。
「姉妹じまい」は全くと言っていいほど欠点が見つからず、描写、筆力ともに申し分ないです。こんなことを言っていいのかわからないですが、本作は、欠点がないのが欠点と言えるかもしれません。例えばなんですが、姉の遺体の描写に「奇跡的に頭部に目立つ外傷を残さなかった」とあるのですが、今、日本の小説を読むと、この事故でも奇跡的に傷がついてない綺麗な遺体、ものすごくよく登場するように思います。トラウマからあまり喋らない少女もよく読みますし、ラストに和解として家族の名前を呼ぶ展開も邦画で見たことが何度もあります。もちろん、知っている展開を使うのがいけないのではなく、この方の文章のすこぶるつきの上手さに対してフラットな物語の運びとの相性が悪く、読んでいるこちらに引っかかりが生まれないのだと思います。例えばなんですが、中之島で長瀬くんと食事をしている時の楽しさが「外気で乾燥した唇はとめどなく溢れる言葉で潤う」と表現されていますが、むしろ、変でもいいから、具体的な会話そのものを書いて欲しいと思います。ご自身の高い筆力にふさわしい、新しいストーリーをぜひ、見つけて欲しいと思います。
「息子の自立」はセンセーショナルにも、ほの暗く悲しみを漂わせる風にも、美しくエモくも描こうと思えば描けるテーマを、あえて淡々と湿度低めに描いたところが非常に誠実と思い、私は高く評価します。読みながら、日本社会を覆う「恥」の文化というものが、我々をおとなしく飼い慣らし、少数派の抱える問題を当事者間で解決するよう仕向けるために、必要な何かだったんだな、と目が覚めていくような思いがしました。物語に風穴を開ける運転手の野田のキャラクターがいいです。ラブホテルで息子たちを見ながら今晩の夕食を考える場面はもちろん、主人公が常に先の手順を考えている描写に、介護やケアを担う人々への真っ直ぐな眼差しがあります。さらに、この作者の視点は、ケアする側の人権、障碍者の人権だけではなく、セックスワーカーの人権にも向いているように、私には読めました。当事者を物語の中で消費しない、という意識を随所に感じます。この方がこの先、どんな長い物語を書いてくれるかということを一読者として楽しみに思います。
 受賞、心よりおめでとうございます。