選評
第24回R-18文学賞
選評―柚木麻子氏
読み手の翼を信じて
作品のレベルの高さから選考委員を続けるのが一時期キツくなっていたものの、年月を経て楽しみになってきた、R-18文学賞の選考会。今年は過去最高レベルにどの作品もおしなべて水準が高く、また、応募経験のある方々が大きく飛躍されていて、その研鑽にこちらまでエネルギーをいただきました。ありがとうございます。
大賞に選ばれた「笑うワーキングレディ」はパーフェクトな作品です。ただし、タイトルを除いて。女性社員たちが団結して救おうとするのが、おばさんのような無害な男性社員というのがまず新しく、戦い方もフェミニズムを感じさせ、私は拍手を送りたくなりました。その上、戦いによって解き明かされていくのが、無害な男性側の溜まりに溜まったストレスです。この一、二年、小説やドラマや映画の中で、おそらく十年前は脇役にしかならなかったであろう、エリートではない、これといって能力はない、でも人当たりが良くて優しくてバランス感覚がある男性キャラがスポットを浴び人気を博す、ある種の無害男性ブームが起きています。私はその現象を歓迎していたのですが、本作はそのさらに先を行っていて、無害男性側の緊張や不安を描いているところが凄いです。完全なハッピーエンドでないことで、逆説的に主人公が解放されるところも新鮮だし、今、多くの読者に必要な物語であると感じました。主人公の職場の規模や雰囲気を分からせる描写もお上手です。ただ、最初にも書きましたが、これだけの魅力がある物語に対して、「ワーキングレディ」の語感の古さや「笑う」の凡庸さなど、タイトルが本当に良くないので、単行本にする際には、編集者さんと案を100くらい用意してよくよく考えてみてください。この物語にふさわしいタイトルさえあれば、時代を象徴する一冊になり得ます。ご受賞、心からおめでとうございます。
受賞の呼び声が高かった「女の檻」。こうしている今も、朝凪さんが他の出版社からデビューしてしまったらどうしよう、選考委員の顔が丸潰れ……と不安でしょうがないのが、本音です。黄体形成ホルモンや実験マウスの知識を交えながら描かれる、主人公と三城さんのセックスに至るまでの時間が、とてつもなく楽しそう。読者までワクワクする、とろけてしまいそうな説得力とゆるやかな熱があります。この楽しさがここまでうまく伝えられる、身体の奥に訴えてくる力がある方なのに、主人公が自分の行動にありふれた結論を持たせ、それこそモヤモヤした心地よい空気を「檻」の中にいちいち閉じ込めてしまう。読み手が物語世界に心を及ばせようとしてもシャットダウンされてしまうのが、とても惜しいです。ただ、すぐに人気作家になるだけの力がある方ですし、もっと朝凪さんの書く物語を読んでみたいと心から願っています。
「17(セブンティーン)」は今、多くの小説家の課題であり、少なくとも私はいつも悩んでいる「知的ではないと自称している主人公の一人称」問題にちゃんと向き合っていて、その上、正解を出していて、唸りました。知的ではない、と言いつつ、一人称の語り手として選ばれた以上、主人公は結局目の前の隅々まで描写してしまうし、言葉を尽くすことになるので「この語り手、自己評価は低いけど、語彙力あるし、本人が思っているほどダメじゃないよな」と、読者はどこかで思ってしまう。小説に出てくる「キモい男」もそうで、どんなに気色の悪さを説明しておいても、主人公と意思疎通している描写が続くと、だんだんこちらも慣れてしまい、「この世界で思われているほどには嫌じゃない」という状態になってきます。しかし、「17」の主人公はこちらを物語に引き込みながら、たとえば「狡猾」を「こーかつ」と表現したり、カラオケでの振る舞いなどから、自己肯定の低さやその場しのぎな思考がちゃんと伝わってきます。何より飯塚の発言がちゃんと気持ち悪いのもいいです。だからこそ、光里というあまりにも理想的な娘の知性によって、希望が見えてくるラストが、私にはアンバランスに思えました。リアリティに対して容赦なく真摯な面がこの方の強みですので、そこを活かしていただきたいです。
同様の問題に向き合っていて、同じようにちゃんと正解を出しているのが「みどりごを抱く」です。平凡な主人公が特別な「あの子」に出会うというプロットはやり尽くされていますが、やはりそうは言っても、「あの子」と交流できるくらいですから、「主人公、平凡と言いつつ、本当はキラリと光る感性はあるし、何かしら、本人に気付いてない魅力や知性があるんだろう」と、読者はどこかで、主人公を過大評価してしまう。しかし、本作の主人公、教養がなく感性が古いとされていますが、これが本当に絶妙に鈍感な人間だとわかる工夫が随所になされていて、碧子さんともそこまで仲良くなれないのが納得できてしまう流れがスムーズです。ここに作者の誠実さが現れています。主人公の視点に寄り添わせながら、碧子さんの持つ、感性の鋭さが際立つ仕組みは見事です。ゆえに、碧子さんの抱えたセンシティブな過去が、当然のことながら鈍感な視点で処理されてしまったという残念さがあります。人を亡くした過去を扱うとなると、この主人公の無神経さは凶器になりかねないので、構造の見直しが必要かと思われます。
最後に「海を蹴る」ですが、タイトルセンスは抜群、丁寧な描写の積み重ねで、主人公の若さや身体性、海辺の街の気配が伝わる様子がとてもお上手です。冷静に緻密に書かれる方だなあ、と感心していたので、私は途中まで、あさぎが人魚だというのはてっきり比喩だと思っていて、下半身の描写が出てきたあたりでびっくりして読み直しました。人外が出てくるタイプの世界観や文章ではない、のが第一印象です。もちろん、こういった作品で人外が出てきても問題ないのですが、だとしたらもっとユーモアを滲ませるとか、どろっとした怖さが漂ってもいいのではないでしょうか。一番の問題は人魚が出てくる話なのに、あまりワクワクしないところかもしれません。文章がこのままなら仕掛けを、人外を出すなら楽しんで、と私は思いますが、もしかすると、この感じ、逆に新しいのでは、とちょっと考えたりもしています。いずれにせよ、他の候補者同様、力のある方だと思うので、ご自身の強みを存分に活かした次回作を期待します。
たくさんの刺激的な作品を、みなさんどうもありがとうございました。
