選評
第25回R-18文学賞
選評―窪美澄氏
ぬかるみを見つめる誠実さ
●『タコのハナシ』
「世間は眉間に宿るのだ」という秀逸なフレーズ、ヘルペス先生、陰毛の白髪、トカゲみたいな女子社員、ワサビみたいなペンダントといった言葉……読者を飽きさせない仕掛けが読んでいて楽しかった。サービス精神にあふれた書き手なのだろうと思う。
ただ、タコのハナシ、ということで、冒頭からラストまでそのモチーフを引っ張っていくのだけれど、この話があまり魅力的に思えなかった。人物も同様で、万千子さんと陽ちゃんの魅力というのが、今ひとつこちらに迫ってこない。万千子さんは「とにかくその話しっぷりが可愛い」とあるので、それを含めた彼女の魅力を陽ちゃんに語らせてもよかったのではないか。
関西の言葉で書かれた小説というのは世の中にたくさんあって、私も大好きなのだが、やっぱりそのなかでも面白いと思うものは、文章をすごく練ってあるし、読みやすさ、リズム感なども非常にうまく計算されている。この作品に関しては、読み心地が滑らかでないところもあった。けれど、この作家さんは、書けば書くほどうまくなっていく書き手だと思うので、これからもずっと書き続けてほしい。
●『取り憑かれトリッパー』
物語の運びや、まとまり、安定感は五作品のなかでいちばんだと思ったし、こういう物語を求めている人はたくさんいるのだろうと思った。
ただ、スッスッスッとシーンが進んでいってしまうので、例えば、主人公の美咲の、自死したいと思うほどの懊悩などが、あまり伝わってこない。パソコンから幽霊が出て来たときも、主人公はあまり驚いていないかも、という感じがするし、沖縄へもすんなりと向かっている印象がしてそこがとても惜しい気がした。
主人公の恋の相手である店長の悪さは、ペタッと絵に描いたようで、どこかで読んだような、あるいは誰かが書いたような印象を受けてしまった。
けれど、お父さんもお母さんも、主人公の美咲も、人生の大枠を踏み外していない人間で、その人物造形が胸にあたたかく響く。読んだあとにソーダ水を飲んだあとのような清涼感が残るのは、この書き手の大きな魅力であると思う。
●『夜明けとマヨネーズ』
登場人物の田中さんと久世くんの温度の低さ、性格の悪さ、亡くなってしまった彼氏の退屈さ、それら全部が全部書けていて、この書き手と作品の凄味を感じた。人物の造形がとても新しいし、惹きつけられる。
また、物語を絶対に高揚させない、読者の体温を上げない、という強い覚悟のようなものも感じた。あからさまな恋物語ではないのだけれど、こうやって始まっていく人間関係もあるよね、というほのかな希望も感じさせる。
「夜明け前が一番暗い」のマクベスの引用から、ラストの「夜が、こじ明けられようとしている」まで一本の柱が通っていて、物語としての強度も高い。
難を言えば、この物語を貫く謎が解けたときに、「真夜中の次だから夜明け? 何それ、全然ピンとこないし全く面白くもない」のところがほんの少し言い訳っぽく感じてしまったところが残念ではあった。
●『曇る母へ』
物語が次から次へと流れていってしまう弱さがあるかな、と思った。
例えば、「月十万仕送りをしている」「金は『親子』の関係を『使役』へと変えようとする」とさらりと書いているけれど、主人公の心の内側には、母に対する複雑な心境というのがもっといろいろあったのではないか。
お母さんが壊れていくきっかけ、過程、亡くなるまでの生々しさ、どの時点からどういうボタンのかけ違いが起こって、母が孤立していったのか、ということを、この方の文章でもっと読んでみたいと思った。
主人公は母と同じように困窮しているのでは、と思って読み進めていると、「大きい会社に入って偉いね」という文章があとからあったりして、少し混乱するところもあった。
母が残した新月の願いについて、主人公がどう思っているのかも、もう少し書き足してみてもよかったのではないか。
●『水を得にゆく魚』
「私は頭上に降りかかる火の玉を手のひらでそっと包み、仕切りの右側へ、左側へ、と仕分けていく」、この「仕分けていく」に主人公のままならない感じがすごく出ていて素晴らしい。
フィリピンの女性を妻にした叔父さん……結婚する機会がなくて、社会的にも孤立して、なかったことにされている男性を可視化したこと、それ以外にもジェンダーの問題などにも触れ、作者の強い思いのもと、たくさんの問題提起があった作品だと思う。
ひとつ気になったのは、主人公がホテルで検索して、日本の地方に嫁いだ女性たちの実態を知るところ……嫁不足、外国人妻、女性が「嫁」としか見られない悲劇などを知る場面。主人公は二十九歳くらいで、区役所の市民参加推進課で働き、日本にいる外国の方を相手に仕事をしているとするのなら、これらのことはすでに知っていることなのではないか、という疑問がやや残った。
いったい誰が悪いのか、そこには答えはない。けれど問いかける、それでも問いかけ続ける、という小説の持つ力を思い出させてくれる作品だった。
悲しいことだけれど、世の中は確実に悪くなっている。私たちの身近な場所でいつ戦争が起こるのかもわからない。そんなときに書き手はいったい何を書くのか。作品を読みながら、ずっとそんなことを考えていた。
『タコのハナシ』『取り憑かれトリッパー』以外は、温度の低い、乾いた作品だった。読み手の温度をじりじり、と上げていく、というのも物語の持つ意味のひとつではあるし、そういう物語も大好きだが、そうではない物語が持つ役割とはなんだろう、と深く考えさせられた。こんな時代だからこそ、明るく突き抜けた物語を! と書くのは簡単だ。なぜ彼女たちは温度の低い、乾いた物語を描くのか。今ある、日本のぬかるみをまっすぐに見つめているからじゃないのか、とふと思った。よい目を持っている、というのは、よき書き手になるための必須条件であると思うけれど、今回はどの書き手も、よい目を持ち、それを物語というカタチに落とし込む高い技術をもった人たちだった。細かいことを色々書いてしまったけれど、選評などサッと読んで(読まなくてもいい)、次の物語に埋没していこう。
