第2回R-18文学賞 選評―角田光代氏
 最終候補作7作とも、性描写がとてもうまい! そのことにまずびっくりしました。けれど、セクシュアルなものを強調する際、「心と肉体のアンバランス」というテーマが、図らずも共通して浮かび上がってきてしまうのが、興味深くもあったのですが、またみな似た印象を受けてしまうという点で、もったいないと思いました。自分の書いた作品にもう少し(執拗なほどの)こまやかな愛情を与えてほしいというのが、全作品に共通していえることで、それはとても残念でした。

「シャワー」の出だしはぐっと引きこまれたし、男に利用される「私」を高校生が癒す、という図式や人物設定の着眼点はいいと思うのですが、書ききる持続力がないのが残念でした。「私の人生は他人のためにあるのではない」と主人公は強く思いますが、結局最後までずるずると他人に引きずられてしまう、それが小説としての成り行きでなく、作者の息切れに思えてしまうのです。出だしのテンション(書き手のではなくあくまで小説の)を、ラストまで維持する力をつければ、とてもおもしろいものが書けると思います。

「鴇色の首飾り」は、性的に淡泊な恋人と円満に交際したい主人公が、性欲をべつの中年男で処理するという、まさに「心と肉体のアンバランス」をテーマにした作品で、そのテーマの出しかた、運びかたはとてもいいと思うのですが、主人公の行動と思考がとても安易で、ラストもそれにつられて少々安易に寄ってしまったかな……と思いました。テーマを自分のなかでもう少し煮詰めてから、もう一度ゆっくり書くことをおすすめします。

「パートナー」は、文章力のうまさ・個性的な着眼点で印象に残りました。幼なじみが、まどろっこしい恋愛を排してセックスフレンドとしてつきあう。感情垂れ流しのうざいフランス映画を観て、ラブ不要と言い切り、ディープキスの練習をするシーンが、ふたりの関係をうまい具合に描き出していると思いました。ただ、「私」の「健」に対する、彼は誰々よりいい、○○しないから楽だ、という感情をもってラブというのでは? と疑問を覚え、そうすると、このふたりがふつうの恋人同士でなくセックスフレンドである必然性がよくわからなくなり、とたんに作品自体の魅力も曖昧になってしまうのです。作品にもう少しめりはりをつけ、ラブ不要の一辺倒でなく、もう少し「私」の感情を揺らしたり動かしたりすると、ぐっとよくなる作品だと思います。この物語に前後があるなら、もっと読みたいという気持ちにさせてくれたのはこの作品のみでした。

「華鵺」の、小説を書こう、物語を作ろうという意志はとてもよく理解できるのですが、いや、だからこそ、人物の整理不足が目についてしまいます。私には、この作品の性描写が一番わかりにくかった。作者はおそらく、すんなりと映像を追うように体位を描いていると思うのですが、読む側にちょっと伝わりにくい面がある。その体位の不可解さ、伝わりにくさが、人物描写・関係図の曖昧さを象徴してしまっているように思いました。最後まで書ききった今から、もう一度人物たちを整理して、ていねいに書きなおすと、だいぶちがう作品に仕上がると思います。

「猫にさよなら」は、とてもつたなさの目立つ作品ですが、個人的にはとても心に残りました。主人公の抱える正常とゆがみが垣間見え、それに呼応するように、いっさい言葉では描き出されないご主人様の存在が影のようにあらわれ、ある存在感を醸し出していると思いました。エピソードの未整理や、思いついたまま変わるような場面転換等、全体にもっと気を配って、細部にもっと神経質になれば、小説らしいかたちになると思います。たくさん書くことで、クリアできる問題だと思いますので、とにかく量を書いてみることをおすすめします。

「そして俺は途方に暮れる」はとても小説らしい作品です。物語のなかに独特の空気があり、世界が成立していると思います。主人公「俺」、「絵里子」の存在感もある。心と肉体のアンバランスという問題にも作品のなかで決着をつけている。とてもうまく仕上がっているので、かえって「俺」と「絵里子」が被虐待者同士であるということの安易さ、もしくは彼女が被虐待者であると「俺」が知るシーンの粗雑さが気になってしまいます。もっともっと書ける人だと思います。今後の力作をたのしみにしています。

「カジュアル」は、出だしからある勢いにのって、ぱあっと書けてしまった作品、という印象を受けました。それが、この作品の軽やかさという長所でもあるのですが、けれど気配りが行き届いていないという大きな短所も同時にあらわれてしまったように思います。文章の、テーマ性の、「あたし」の独白の、いろんな矛盾があちこちに生じています。「あたし」とクラスメイトの「唯」ちゃんのキャラクターやペアの軽快さを保ちながら、細部に目を凝らす慎重さがあれば、作品の持つ力が全然変わると思います。