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生まれ、育ち、生きて、病み、死んでゆく――。
その瞬間、たしかにそこにあった生のきらめき。

光の犬

松家仁之/著

2,160円(税込)

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発売日:2017/10/31

読み仮名 ヒカリノイヌ
装幀 Cornelia Foss "Wainscott Pond II" 2007 Oil on canvas, 70X72 inches Collection Joanna and Daniel Rose/Painting、(C)2014,Christopher Foss/Photograph、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 444ページ
ISBN 978-4-10-332813-1
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、日本史
定価 2,160円

北の町に根づいた一族三代と、そのかたわらで人々を照らす北海道犬の姿。助産婦の祖母の幼少時である明治期から、父母と隣家に暮らす父の独身の三姉妹、子どもたちの青春、揃って老いてゆく父母とおばたちの現在まで……。百年以上に亘る一族の姿を描いて、読後、長い時間をともに生きた感覚に満たされる待望の新作長篇!

著者プロフィール

松家仁之 マツイエ・マサシ

1958年、東京生まれ。編集者を経て、2012年、長篇小説『火山のふもとで』を発表(第64回読売文学賞受賞)。『沈むフランシス』(2013)、『優雅なのかどうか、わからない』(2014)につづき、『光の犬』は四作目。編著・共著に『新しい須賀敦子』『須賀敦子の手紙』、新潮クレスト・ブックス・アンソロジー『美しい子ども』ほか。

書評

言葉にならないものの豊かさ

養老孟司

 久しぶりに小説を読んだ。途中で投げ出したら困るなあ。書評を引き受けてから、そう思った。ところがなんと、そのまま読み続けて、とうとう一気に読了してしまった。
 なぜそうなったか。よくわからない。途中で感動して、涙が出そうになった。私はもう80歳になるから、テレビで水戸黄門を見たって、うっかりすると泣き出す。要するに脳動脈硬化じゃないかと思うが、その説明だけでは、自分でも納得がいかない。なぜなら、意図してわかりやすく、感動的に作った話というわけでもないからである。淡々とした家族三代の物語に過ぎない。
 それを読んで、なぜ感動するのか。いい年をしているのに、自分とはわからないものですなあ。自分でもよくわからないんだから、他人が感動するかどうか、そんなことまでわかるわけがない。テレビを見ていたら、カズオ・イシグロのノーベル賞受賞が報じられていた。そういえば、この人の作品を読むときの気分に似ている。地味な話を、なにかボソボソ呟いている。それだけのことである。
 舞台は北海道の田舎町。家内の実家がまさにそうで、家内の弟が名寄で実家を継いでいる。家内の家族の話だと思っても、感覚的に不思議はない。雰囲気がそのまま通じてしまう。ただしこの物語には北海道犬が登場する。家内の実家に犬はいない。
 犬が中心かというと、そういうわけでもない。だから表題の意味は、最後に近い部分まで読まないとわからない。読んでもわからないかもしれない。主人公の1人である「歩」はまだ幼く、言葉も発しない。その幼児の視界にあるものとして、光に包まれた犬たちが描かれる。言葉がない幼児の視界の中だから、もともと言葉にならない。だからわかるかというと、よくわからない。わからないままだが、まあそれでいい。北海道で暮らしてきた家族の話に、北海道で長年暮らしてきた犬の話が付く。それで当然という気がする。
 小説はロマンで、現代社会はロマンをバカにする。クール・ジャパンとか言う。なにがクールだ。もともと感動することもできない人間に、クールもクソもあるか。そう悪態をつきたくなる。
「教会になぜ音楽があるのか。ことばだけでは追いつくことができないものがあるからだ。一惟いちいは神学部にくる前から、そう考えていた。人間が絵を描くことも、ことばにならないものをかたちに仮託している。ことばは不自由だ。」
 一惟は主人公の一人の名前である。音楽も絵も、まさに言葉にならないから、存在している。じゃあ、小説とはなにか。書かれている部分は当然だが、さらに言外を想起させるものである。言葉で書いていくけれども、そこに直接には言葉にならないものが表れてくる。その部分が豊かであるほど、優れた作品になる。メタ・メッセージといってもいい。日本語で雰囲気とか空気とかいう。私はそれをバカにしない。言葉が人を動かすのは、じつはメタ・メッセージのせいである。自分で理屈を言うから、そこはよく知っている。要するに理屈はつまらないものである。理屈は後付け、ほとんど言い訳に過ぎない。
 読み続けるうちに、北海道が浮かんでくる。自然と人生が独特の調和を保つ。犬が登場するのも、それである。うまく表現されているなあ。どこがというのではない。ちょうど札幌から戻ったばかり、冬に外に出たらすぐにわかる。いくら部屋の温度を調節しても、外はやたらに寒い。東京のオフィスやマンションとは違って、そこでは自然を消すことができない。
 高校生のときに、はじめて大雪山に行った。北大に行きたかったが、母親に断られた。家内もそうだが、意図したわけではないのに、北海道出身の知人が多い。親しくなって、聞いてみると、北海道だとわかることがある。歌なら中島みゆき。べつにふられる歌がいいというのではない。メロディーが美しい。
 政治家は地域振興を言う。そんなことを言わなくても、地域はそれとして存在している。それを上手に書いてくれたなあ。北海道の贔屓としては、それが嬉しい。そういえば、来月は小樽、ここには毎年行く。

(ようろう・たけし 解剖学者)
波 2017年11月号より

イベント/書店情報

書店員さんのご感想

紀伊國屋書店 西武渋谷店

竹田 勇生さん

神の前に跪坐く――あの姿は生命の発する光を受けとめてもらう姿なのだろうか。

何という豊潤な文章だろうか。松家さんと同じ深度で文章を紡ぐことのできる作家は
いない、そう断言できる重層な物語だった。

言葉を重ねて文章となり、それが紙の上に落ちた瞬間、雫のように滲んで香る、
その連続。物語を運ぶ用途としての言葉も文章も皆無で、僕は最初その緊張から
逃げたことを、正直に告白せねばならない。
小説を読む上で、読者はまず己の身の置き所を探す。ただ、私の浅薄な宗教観では
どこか立ち入れない、扉がまずあったように思う。

それをこじ開けることができたのは、松家さんの北海道という土地に吹く風を直に
当ててくれるような描写の数々とやはり自分と同じように神の前で所在無く立ち尽くす
若者たちの群像であった。
ただ、若者は若者のままではいられない。
老いさらばえてゆくものがそれを許さない。
親子、或いは親族の中で、否応なく機能を失っていかざるを得ないのは年長者であり、
その役目は持ち回り的に受け継がれてゆくしかないのだ。それを成長と呼ぶのは、
あまりに酷だと思うのは、私が今ちょうどその境目にいるからかもしれない。

あの、始がどんな思いで認知症の進む叔母たちの世話をし、父を見送ったのか。
それでも、彼はその役目を放棄することなく、家族の円環を守り抜いた、
その姿にはやはり感動を禁じ得なかった。
早くに逝った姉の歩がそうさせたのか。前だけを向いて走り抜けたように見えていた
姉を看取ることとなったことも、始の人生を大きく変えたのだろう。
彼がどこかに消失点を幻視するくらいには。

歩の存在はどこまでも眩しかった。自分の過去を掘り起こして、それと同じような
日々をどこかに探り当てたとき、信じられないほどの悲しみが押し寄せた。

私たちは結局、どんな痕跡も、神の施しすらその身には刻めないまま、別れていく。
確かな思い、その言葉すら、いつか受け止める術を失って、それが宇宙の営みの中で
芥子粒ほどの価値もない生命であったとして、それでも人間は最後の最後まで光を
放っているのだと思うと、どうにもやりきれない。
ただ、その葛藤こそ人を人たらしめるものであるという当たり前の理解に、
私は体を預ける他なかった。

ああ、一惟のオルガンが聴きたい。そう、思った。彼の教会で弾く音色に、
この物語を通してどのような変化があったのか、それを自分なりに確かめてみたい。
無論そんなことは叶わないのだが、彼の音楽だけがすべてを知っているという
確信がある。野生の摂理や万物の法則をもってしても、割り切る事のできないもの、
言葉を超えたところにある知覚は、いつか誰かの発した光なのかもしれない。

この作品における感情の反射はまたいつか私のもとに帰ってくるだろうか。
そうではないとしても、私が最後に放つ光の中には、今日この日この時、この作品を
読んで得たものが光っているであろうことに、この上ない喜びを感じることができる。

谷島屋 営業本部

野尻 真さん

読後様々なことを想い出した。
これまでの自分の人生、大切な家族の人生。
生まれてきた二人の子どもたち。
亡くなってしまった自分の父、妻の母、色々と想い出した。
うれしくて、なつかしくて、寂しくて、涙が出た。
とめどない涙が溢れ出た。

人がこの世に生を享けるその瞬間から、日々の暮らし、家族、血、繋がり、死別、生別、老い、記憶、ことば、影響、信仰、祈り、祝福、妬み、怒り、憎しみ、苦しみ、罪、絶望、悲しみ、涙、愛、真実、全てがここにある。

この物語は、人がこの世で生きる『人生』そのものが記された、『人生』の物語だ。

短評

『光の犬』は読後、しばらく黙っていたくなる小説だ。物語の静寂の中に、たたずんでいたくなる。
――読売新聞 文芸月評より
(2017年5月4日)

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