第10回R-18文学賞 大賞
「べしみ」田中兆子

 
――この度はおめでとうございます。この賞に応募されたきっかけから教えてください。
 他の賞には応募したことがありましたが、「R-18文学賞」に応募したのは今回が初めてです。三人の選考委員の方々の愛読者であったということもありますが、それに加えて、とにかくお三方の過去の選評が、大変な愛情に溢れていたということが、応募しようと思ったきっかけでした。
 精神的に辛くなるのが嫌で、選考の経過は特に意識しないようにしたので、大賞受賞の連絡を受け、とても驚きました。でも、自分なりに書くことができた、という手応えは感じていたので、高く評価して頂けるか全くダメかのどちらかではないか……と考えたりもしていました。

――選考委員の唯川恵さんが、「セックスではなく、性欲を書く、というスタンスがとても新鮮だった。(略)女たちが内緒にしていることを、潔く書き切ったという印象がある」と選評をお書きくださいました。「セックスでなく、性欲を書く」というテーマについて、お話し下さい。
 歴史的にみてはもちろんですが、様々な抑圧から女性が解放されつつある現代の日本でもなお、「女性に性欲がある」とは、大きな声では言えないことです。恥ずかしいことでもないし、当たり前のことなのに……。ならば、自分自身も感じるこの性欲というものを、私はオブラートに包むのではなく、真正面から書いてみようと思いました。「官能を描く」というこの賞の目的に沿っているかどうか不安はありましたが、唯川さんがこのように評価してくださり、本当に嬉しいです。

――確かに、「R-18文学賞」の一つの特徴でもある、セックスの描写については、淡々としているところがありました。
 自分でもよく分からないのですが、女の性欲を書くことには全く抵抗がないのですが、セックスシーンを描くことには抵抗があって(笑)。できるだけ書かないようにしたのです。男性に向けたそのような小説とはセックスを描くベクトルは違うのだ、とも感じていたので、あのようにあっさりとした描写になったのかもしれません。

――小説を書き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
 小説は四十歳を過ぎてから書き始めました。それ以前は、形容詞を使うのに恐れがあって、描写というものもわからず、とにかく文章に自信がありませんでした。それでも物語を作るのは好きでしたので、ト書きなら描写から逃げられる? と思って、戯曲などを書いていました。さっぱり芽は出ませんでしたが……(笑)。小説が好きだからこそ、怖かったのかもしれません。今も自信はありませんが、年を重ねて経験を積み、少しは表現できるかもしれないと思っています。

――受賞作「べしみ」は、タイトルだけではその内容が想像しにくいと思いますが、内容について教えて下さい。
 「べしみ」とは、鬼の顔をした能面のことです。口をぐっと真一文字に結んだ、憤怒の表情をしているお面です。言葉の響きが印象的で、ずっと頭に残っていました。

――そんな憤怒の顔がある日突然女性器に現れる、というところから物語は始まります。私たち編集者の間でも、この突飛な発想が話題になりました。
 確かに突拍子もないことですが、私のようなものが日常生活を普通に書いても仕方ないのでは、と思っています。日常に非日常が組み合わさったり、別の角度の見方や表現を取り入れたものが、読者としても好きなのです。

――影響を受けた作家や作品はありますか?
 とにかく大好きなのは、金井美恵子さん、笙野頼子さんです。新刊が出たらすぐ買って、お酒とともに一人部屋に籠もって読みふけるのが、人生の幸せです! また、富岡多惠子さんの「遠い空」という短編が、書き終わってから気づいたくらいなので、自分でも無意識だったのですが、「べしみ」に影響を与えています。授賞式にその本を“お守り代わり”として持ってきたのですが、ここまで人間の業や性欲について書けるのか、と初めて読んだ学生時代、大変な衝撃を受けたのです。思い切って言うと、私のなかでは、「べしみ」は富岡さんの次世代の女が書いた、「遠い空」に対するつたない返歌でもある、と思っています。

――では最後に、これからお書きになりたいものを教えて下さい。
 そうですね、例えば「夫婦仲良く円満に」というようなものではない、少数派の人たちの心をあたためることができるような作品を書いていきたいです。ある人にとっては切実なナニモノかを喚起させるような……。諦めずに書き続けてきたことで、このような賞を頂けたので、これからも自分なりの小説を書いていきたいと思っています。