新潮社

TRY48中森明夫

[第一回 4/4]

「アンディ・ウォーホル……知らない?」
 サブコはすかさずスマホを操作する。
 銀髪でメガネでひょろっとした、どこか病的な感じの白人の画像が出る。
「これがウォーホル」
 キャンベルのスープ缶をシルクスクリーンでプリントしたポスター。
「こんなのをアートと称して、1960年代に爆発的にブレークした。ま、ポップアートの帝王だね」
 銀色を貼りめぐらした建物の中に立つウォーホル。
「これが彼のスタジオ、ファクトリー……そう、工場と称してね、ポップアートを大量生産した」
 キテレツな格好の若者たちに囲まれるウォーホル。
「誰でも15分間だけは有名になれる――とうそぶいて、“有名人”を生産した。スーパースターと名づけてね、彼の周りの若者たちを有名にした。映画も撮れば、写真も撮る、雑誌も作る、ロックバンドもプロデュースする。何でもやったんだ。あ、なんか寺山修司に似てるかなあ」
 赤縁メガネが光った。
「ま、ウォーホルも14歳で父親を亡くした母親っ子で、寂しがり屋の子供だしね。うん、よし、ちょっとやってみっかな」
 サブコの顔が、きりっとする。と、うつむき、猛烈な速度でスマホのモニターに指を走らせ、次々とネットサーフィンし、何やら書き込み、図表のようなものを作成していた。
「アンディ・ウォーホルも、寺山修司も、寂しがり屋の父なし子で“空虚ポップな中心”……ホイホイとそこに人々を吸い寄せる。ウォーホルがリスペクトしてファンレターを書いた作家が、トルーマン・カポーティで、寺山のほうは、三島由紀夫と。後見するビート詩人がウィリアム・バロウズで、寺山は谷川俊太郎。拠点がファクトリーと、天井桟敷と。作った雑誌が『アンディ・ウォーホルズ・インタビュー』と、『地下演劇』。二人とも、実験映画もメジャー映画も撮ってるしね。プロデュースしたロックバンドがヴェルヴェット・アンダーグラウンドで、そのボーカルがルー・リード、寺山が歌手デビューさせたのが東大生時代の小椋佳。片や歌姫ニコ、こなたカルメン・マキ。ウォーホルのスーパースター、60年代のヒロインはイーディ・セジウィック。こちらはサブカル女王・鈴木いづみかな? 二人ともポルノ映画に出たし、後にその生涯が映画化もされたし。イーディはボブ・ディランと恋をして、28歳でドラッグ死。鈴木いづみは阿部薫と結ばれて、36歳で首吊り自殺した……と、ふ~」
 よっしゃ、でけたでけた、とにんまり笑い、サブコはスマホのモニターを見せ、スクロールする。

 唖然とした。
 この短い時間でこんな精緻な図表を作成するなんて! 猛烈な集中力だ。それにハンパない知識量。もっともそこに書き込まれた内容がいかほどのものか、百合子にはさっぱり理解できなかったけれど。
「すごいね、サブコちゃん。すごい!」
「すごい……わけないじゃん」
 ドヤ顔を、ふっと崩すと、赤縁メガネ女子は冷やかなをした。
「あのねえ、ユリコさん、こんなのは、ほら……さっきウザケンがやったようなことをバージョンアップしたにすぎない」
 バージョンアップ?
「うん、寺山をウォーホルになぞらえて、何と何が一致して、模倣され、反復されてるかを、ずらずら並べただけ。ま、スマホがあれば、こんなの子供にだってできるよ」
 ふーん。
「構造の一致は歴史的反復をもたらす――それこそ柄谷行人が、そう言ってる。寺山もウォーホルも、自分たちが意図して模倣したり、反復してるわけじゃない。単に互いの構造が一致しているから、結果的に反復した……よく似た表現形態を取り、そっくりの人脈を構成したにすぎない」
 赤縁メガネを光らせた。
「……な~んてね。けど、どーなんかな、マジ、さっきウザケンが言ってた、ほら、寺山がパクった柄谷の歴史の反復説……そう、昭和が明治を模倣してるってやつねえ……」
 ふいに黙って、無表情になる。遠くを見るような瞳をした。サブコの脳内で、どうやら思考が高速回転しているようだ。
「ユリコさん、ほら」
 彼女が指さす先を見る。店内の黒い壁に、ぽつんと白い光があった。
「……北極星」
 えっ?
 さらに、その指先を移動させる。
「北斗七星」
 なるほど、たしかに七つの星が、ひしゃくの形に並んでいた。
 百合子は壁全体を見渡す。
 満天の星だ。
 そうか、この店の壁面はプラネタリウムのようになっていたのか。
「ひしゃくを思い出したでしょ? 今、北斗七星を見て」
 うなずく。
「けど、おかしいね。星は単にばらばらに存在してるだけなのに。それを見る人間が、補助線を引いて、ひしゃくに見立てる。すると、もうそれは、ひしゃくにしか見えなくなってしまう。星座って、そうでしょ? いて座とか、みずがめ座とか、はくちょう座とか、わたしたちの目が架空の補助線を引いて……そう、ばらばらの……星をつなぐ」
 星を、つなぐ?
「うん。それが……批評でしょ。小林秀雄なら“宿命”に“ホシ”とルビを振ったかも」
 メガネの奥の瞳が光った。何か、ひらめいたようだ。
「たしかに北斗七星と、ひしゃくは似てる。けど、似てるものに着目すると、その背後にある膨大な似てないものを見落としちゃう。人は鳥ばかり見て、背後の空を見落としてしまう――って寺山修司も言ってるよ。似ているものという鳥を見ると同時に、似ていないものという空に、じっと目を凝らすこと……」
 いったい何を言いたいのだろう。サブコは北斗七星から目をそらすと、何もない真っ黒な壁のあたりを見つめていた。
「ユリコさん、ノストラダムスの大予言って知ってる?」
「ああ、なんかうっすら……。1999年に人類が滅亡するとか」
「そう、大ハズレしたけどね。あの予言を読んでみたんだ。そしたらねえ、なんての、曖昧な詩みたいなのがずらずら並んでてさ、偉人が真っ昼間に雷に打たれる……民衆の面前で高き天より、遠くない人物の血が流されるであろう……これがケネディ大統領の暗殺を的中させた予言だっていうんだよ。ええっ、そんなアホな!? なんとでも解釈できる曖昧な詩が膨大にあってさ、後になって、ああ、あれはこの事件を予言していた! って、チョイスされるわけ。そう、予言は事後的に発見される。そんなだったらさあ、百人一首だって大予言として読めるよねえ。
  淡路島通ふ千鳥の鳴く声に
  いく夜寝覚めぬ須磨の関守
 源兼昌のこの一首だって、阪神淡路大震災を予言した歌じゃんって」
 笑ってしまう。
「だけどさ、昭和が明治の反復だってのも、おんなしだと思うんだ。明治にも昭和にも、膨大な出来事があったはずじゃん。そん中から、似てる出来事のみをチョイスして並べてみせる。すると、もう明治と昭和がそっくりに見えて、昭和が明治の反復としか思えない。ちょうど、そう、曖昧な詩が的中した予言に見えるように。の星から七つを選んで、架空の線でつないだら、ひしゃくにしか見えなくなるように。うん、それは美しい鳥だよね。だけど、空は? 膨大な数の似ていない出来事や、当たらなかった予言や、選ばれなかった星々や……そんな背後にある広大な空は、みんなみんな見落とされてしまうんだ」
 ああ、そうか、これが言いたかったのか。
「まあさ、閉じられたシステムの中で、モナド……つまり単子を取り出すように、任意の事象をチョイスすれば、似ている、整合するに決まってる……ってのは、柄谷行人がライプニッツ症候群と呼んで、批判した態度なんだけどね。ほら、西田幾多郎とか、吉本隆明とか。けどねえ、するとなんか柄谷自身がさ、ライプニッツ症候群に陥ってるんじゃね? な~んて気もしちゃってさあ」
 途端に難しくなった。ちんぷんかんぷんだ。百合子は目を白黒させる。サブコちゃんって……16歳だっけ? 信じられない。この子、いったい何者? 空恐ろしくなってきた。
「おばちゃーん、お茶のお代わり、くださ~い」
 ふいにあどけない少女の顔に戻って、メガネ女子は声を上げる。
「はいはい」と返事があって、老いた白い猫のような女店主がまた姿を現した。足音もなく。
 湯呑み茶碗を両手で包み込んで、ふうふうと息を吹きかけ、猫舌なんだろうか? 熱いお茶をサブコはちびちびとすすっている。赤縁メガネのレンズが湯気で曇っている。
 百合子は壁の満天の星を見て、それからお店の入口のほうへと目を走らせた。扉に記された文字に、じっと見入る。
“喫茶・銀河鉄道”とあった。

(つづく) 

(協力・寺山偏陸) 

 第二回

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