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闇市―ヤミ市―

作成者:糸糸

 闇市、それは戦後の都市部で始まった一種の商業形態であり、その時代を生きた人々に不可欠な違法空間であった。
 食糧管理制度の下で配給以外のものを入手することは違法だったが、配給だけで生きぬくことは困難だった。野菜や魚、生活用品が並び、うどんやお酒を提供する飲食店があった。そこは生きぬくために必要なものを求める人で溢れていた。
 闇市で流通するものは基準価格の何倍もの価格(闇値)で売買され、それでも売れたという。それだけ、人々の生活は困窮状態であり、配給だけでは事足りなかったのである。闇市は戦後の経済復興を支えた人々の活力の象徴であり、商業発達の原点になったことだろう。
 文士たちが混沌とした時代を描いたマイク・モラスキー/編『闇市』をはじめ、作中で闇市が描かれている作品をご紹介します。

終戦時の日本人に不可欠だった違法空間・闇市。

■マイク・モラスキー編『闇市』に収録されている作品
【貨幣】

【蜆】

■作中で闇市が描かれている作品

 お母さまは「ヤミ」で買い出しに行くことが増えた。着物などを風呂敷に包んで、世田谷の外れあたりまで行っては、お百姓さんの家を回って、少しばかりの食料と取り替えてもらってくるのだ。お母さまと鈴子と千鶴子の三人だけの暮らしになったというのに配給される食料だけではどうにも足りない。

(本書より)

 一方、大森駅の向こうには青空市というか露天マーケットのようなものが姿を現して、即席の品台や屋台のようなものが並んだ。大人たちはそこを「闇市」と呼んだが、とにかくそこに行けば、すいとんや麦焦がし、小豆がゆなどを食べさせる店もあれば、端布だの食器だの電球だの、ありとあらゆる雑貨が売られていた。

(本書より)

 当時の日本には未曾有の飢餓が蔓延し、裕福な家庭ですら食べ物が底をついている状態だった。少年は骨と皮だけの痩せこけた体になりながら、野良犬とともにゴミを漁って腐った残飯を食らったり、闇市の屋台から命がけで食べ物を盗んだりすることでなんとか餓えをしのぐ日々を過ごした。

[本書より →立ち読みへ]

ほとんど戦後日本史の原型ともいうべきものを捉え、焼跡闇市派文学の原点を示す佳品『くらい片隅』。

大阪の焼跡闇市から実業家として再起をはかる松坂熊吾。

九月に入るとすぐに、まず焼けた砂糖水にとかしてドラム缶に入れ、コップいっぱい五十銭にはじまった三宮ガード下の闇市、たちまち蒸し芋芋の粉団子握り飯大福焼飯ぜんざい饅頭うどん天どんライスカレーから、ケーキ米麦砂糖てんぷら牛肉ミルク缶詰魚焼酎ウイスキー梨夏みかん、ゴム長自転車チューブマッチ煙草地下足袋おしめカバー軍隊毛布軍靴軍服半長靴、……

[本書より →立ち読みへ]

 吉本は終戦になって帰還すると、いち早く、どこからともなくぼろオートバイを見付けだし、第三国人と組んで岡山県辺りからどんどん米を運び、大阪駅前の闇市にカレーライス屋を開いた。

(本書より)

 三ノ宮闇市は、日中韓の三ヵ国の闇商人が全国から集まっている国際的なブラック・マーケットだった。神戸港を控えて国産品はもちろん、外国品もここへさえ来れば何でも集められた。

(本書より)

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