![]() | 24:13 銀座駅 |
自分が非常に危険な行動を取っているという自覚も、沖崎にはあった。 平岡メイが横にいる。手錠を掛けているわけではないし、ただ、軽く腕を押さえているだけだ。しかし、身代金を受け取るために現れた犯人は、メイの横にいる沖崎を見て何を考えるだろうか。明らかに、メイは怯えきったような不安な表情をしているのだ。 「2番線、お下がり下さい」と構内アナウンスが響く。「浅草行が参ります。黄色い線の内側まで下がってお待ち下さい。2番線に浅草行が参ります」 「いないのか? 平岡さん、彼はどこにいる?」 沖崎は重ねて訊いた。 メイは、雑然としたホームを見回しながら、ただ首を振っている。 兼田勝彦は、男女2人の刑事に挟まれるようにして、階段に近いホーム端に立っていた。その胸には青いクーラーバッグが抱かれている。男の刑事のほうは名前を知らなかったが、女性のほうは狩野亜希子だった。狩野刑事が、ゆっくりと何かを兼田に伝えている。その内容を、沖崎も知りたかった。 彼らから少し中央寄りに、やはり3人の男が立っている。中の1人は竹内重良だ。ようするに、このホームでは竹内が陣頭指揮を執っている。彼なら、安心して任せられるだろう。 竹内も、沖崎に気がついたらしく、小さくうなずきながら2番線に注意しろ、と言うように顎を上げて見せた。 そのとき、ちょうどホームの後方から浅草行の電車が入線してきた。 2番線? 沖崎は、横のメイにチラリと目をやった。 2番線に浅草行が到着……。 あっ、と気づいて自分の背後でドアを開けている渋谷行の電車を振り返った。 そういうことか──。 スピードを落としながら、浅草行が2番線に滑り込む。 ゆっくりと停車すると、浅草行の先頭車両が、沖崎たちが降りてきた渋谷行の最後尾車両に向かい合うようにドアを開けた。 「彼は、どこだ? あの電車から降りてくる中に、彼がいるんだな?」 沖崎は、横のメイに訊いた。 メイは、口を手で押さえるようにして、前方の車両に目をやっていた。 「どれだ? 平岡さん、彼はどれだ?」 「…………」 メイが小さく首を振ったように見えた。 つまり、筋書きはこうだったのだ。 兼田勝彦が銀座で降りた場合には、メイは電車を降りずにそのまま渋谷まで行く。それは、身代金を受け取った犯人が、そのままメイのいる渋谷行の車両に乗り込んでくるからだ。 逆に、兼田が電車に乗っていなかったり、銀座で降りなかったような場合は、メイが電車を降りて浅草行に乗り込むのだろう。そして、犯人と一緒にこの場を離れる。 沖崎は、浅草行の先頭車両から降りてくる乗客に注意を向けた。3ヵ所のドアのうち、向かって左側からは、男女のペアが降りてきた。中央のドアから降りる者はおらず、右側の──つまり最前部にあるドアからは、男が1人降りてきた。 どちらかと言えば、左側のドアから降りてきたペアの男のほうが、気になった。女のほうは、どこにでもいるような感じのお嬢さんだったが、男は明らかに挙動が不審だった。妙に周囲を気にしているような雰囲気がある。 「押田さん──」 と、メイが横で小さく声を上げた。 え、と沖崎はメイを振り返った。 メイは、最前部のドアのほうに目をやっていた。 そのとき、左側のドアから降りてきた大きな男が、乗り込もうとしている老人をホームに突き飛ばした。老人が倒れ、その周辺に緊迫した空気が流れた。 「押田さんって?」 老人と大きな男のほうが気になりながらも、沖崎はメイに訊き返した。 メイが胸の前で小さく指を上げる。その指の先には、最前部のドアから降りた男がいた。 押田と呼ばれた男が、背後から兼田を見つめているのに気づき、沖崎はメイの腕を引いた。 「一緒に来てください」 え、とメイが見返してきたが、それにかまわず沖崎は彼女を引っ張るようにして竹内たちのほうへ向かった。 竹内刑事が老人を突き飛ばした男から、こちらに顔を向けてきた。その竹内に、近寄りながら沖崎は首を振った。 「違います、ホシは向こうです。押田という名前のようです。この人は、押田から兼田さんの監視を言いつけられていました。和則君は、この平岡さんのアパートで寝ているそうです」 一気に言った。 竹内刑事は、押田のほうへ目を上げながら「和則君は無事に保護された」と言った。 そのとき──。 沖崎の背後で、鈍い爆発音のようなものが轟き、同時にメイが「キャーッ」と悲鳴を上げた。 ホームの中央で男性が全身を火だるまにして立っていた。崩れるように男の身体が倒れ、「ギャーッ」という叫び声を上げながら、男はホームを転がり回り始めた。 「…………」 いったい何が起こったのか、判断できなかった。 「沖崎、ここを頼む。お前たち2人は、そいつを救出しろ」 竹内が大声で言い、火だるまになっている男とその前で仁王立ちしている大男の脇をすり抜けるようにして、ホームの後方へ向かった。 呆然としていた2人の刑事が、竹内の言葉にはじかれたように、燃えて転がり続けている男のほうへ駆け寄った。1人がジャケットを脱ぎ、燃えている男の火を消そうとそれで叩きはじめた。 メイが、腕にしがみついていることに、沖崎はようやく気がついた。同時に、先ほど竹内の言ったことを思い出した。 和則君は無事に保護された──。 メイの肩を抱きながら、沖崎は燃えている男とそれを消そうと必死になっている2人の刑事を見つめた。 ふと、その前に立ってこちらに背を向けている大男が気になった。燃えているのは、ホームを転がっている男だけではなかった。大男の右の袖に火がついている。 「…………」 男の様子が奇妙だった。 仁王立ちになっているが、その全身が小刻みに震えている。袖に火がついていることにも気づいていないようだった。 こいつは、なんだろう? どうして突然こんなところで焼身自殺をするヤツが現れたのか? とにかく、このメイを連行しなければ……と、彼女の肩を抱いている手に力を入れた瞬間──。 いきなり、目の前で大男の身体が燃え上がった。 いや、燃えたのではなく、凄まじい光を放ちながら爆発したのだ。その爆発は、沖崎とメイの身体を背後の車両に叩きつけた。その電車のボディとともに、沖崎の身体も一瞬で蒸発した──。 |
![]() | 平岡メイ | ![]() | 兼田勝彦 | ![]() | 男の刑事 | |
![]() | 狩野 亜希子 |
![]() | 竹内重良 | ![]() | 女 | |
![]() | 男 | ![]() | 大きな男 | ![]() | 老人 | |
![]() | 押田と 呼ばれた 男 |
![]() | 1人 |