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会いたい人に会いに行くツアー 第一回

 こんにちは! ひで山です。『薄妃の恋』楽しんでいただけていますか? 
 僕僕先生シリーズは、各地を回って多くの人に出会い、様々な事件に巻き込まれていく物語でございます。人であったり物の怪であったり、はたまた神仙であったり……。そんな出会いが彼らにほんの少しの変化をもたらします。学ばず娶らず働かずでおなじみのひで山も、ひきこもりライフに息が詰まると庵を這い出して、誰かに会いに行くことがあります。今回は僕僕先生の物語からはちょっと離れて、某日お会いした一人の格闘家について、ご紹介いたしましょう。

 京成沿線は船橋競馬場駅近くの踏み切り、午後七時。
 都心と郊外を結ぶ列車がひっきりなしに通り過ぎ、忙しく遮断機が上下する傍らに、その建物はあります。もともと小さな工場であったのか、コンクリと鉄筋がむき出しになったごく質素な建物です。
 まだ誰もいない白々とした蛍光灯の下ではタイ人のトレーナーが表を掃いていました。彼はぎょろりと目を光らせてひょろい私たちを一瞥し、「ナカヘドウゾ」と声をかけてくれました。
 道場というのは不思議なところで、誰にでも門を開いているにもかかわらず、どこか新参者を拒むような空気を帯びています。私と道連れはそんな空気の中、所在無げに建物の端に腰をおろしました。
 狭いところです。リングもなく、トレーニング器具もほとんど見当たらない。鉄筋に縁取られた無愛想な空間にはカラーマットが敷かれ、三本の大きなサンドバッグが吊り下がっています。約束の時間が近づくに連れて少しずつ人の数が増え、最後に、その人が九歳になる息子を伴って姿を現しました。
 キックボクサー、立嶋篤史。中学卒業とともにタイに渡り、日本のキックボクサーとして初の年俸選手となった彼は、私たちの世代で格闘技をするものにとって、スターの一人でした。
 雑誌の表紙となり、特集記事が何度も組まれ、強豪と戦い続け、彼のようになれないとわかっているからこそ彼のようになりたい、と空手を始めたばかりの私は強く願ったものです。
 しかし、多くの人が子供から大人になって偶像から離れていくように、大学卒業後の私も彼の存在を忘れるようになりました。私が憶えていなくても、彼はきっとスターでい続けているんだと無邪気に考え思い出の箱に放り込んでいたのでしょう。一昨年、自宅に侵入した泥棒を捕まえてニュースになったときに初めて、彼が格闘家として苦しい状況にあることを知りました。かつてトップにいたからこそ、傍目には無残に見える。そんなアイドルの姿は見たくないものです。一度か二度彼の名前をネットで検索して、以降やめてしまったことを憶えています。
 立嶋さんのジムに行ってみませんか。知り合いからそう声をかけられた時、二つ返事で同意したものの、どこかで恐怖心もありました。高校時分に好きだった女の子に二十年ぶりに会うような、興味があるけど怖くもある、あの感覚です。
 そんな気持ちを抱きながら、私はジムの練習生たちと共にサンドバックを叩き、ミットを蹴り、そしてごく軽いスパーリングをしました。その中で立嶋さんは、単なる来訪者であり他の格闘技を学んでいる自分にもごく自然な優しさで接してくれました。人に何かを伝達したいという丸みを帯びていながらも強い意志が感じられ、何とも居心地の良い空間でありました。そこには指導者としてジムを引っ張る、大人の立嶋篤史がいました。
 
 立嶋さんは『ざまぁみろ!―僕は、まだ生きている』と『死にぞこない』という二冊の本を上梓されています。そのタイトルを初めて聞いた時、ちょっと違和感のようなものを覚えたものです。力みすぎだよ、と。しかし道場におじゃまして、ミットを持ってもらって、現在の立嶋篤史“選手”と接して、そのタイトルで良かったのかなとも考えるようになりました。「ざまあみろ」と「死にぞこない」を経ているからこそ、立嶋さんの今がある。父となり、ジムの経営者という大人になった今も、戦える。
 キックボクサー・立嶋篤史は近々リングに帰ってくるそうです。いや、帰ってくるという表現はきっとふさわしくない。彼がもっとも映える場所へ、かつてのように登っていくだけなんですから。そしてリング上から、世界に向かって声の限りにざまあみろと叫んで欲しい。
 何度も挫折を味わいながら戦いへと向かい続ける男は恰好いいのかどうか、そこは議論の分かれるところだと思います。諦める方が幸せな場合もありますものね。しかしそんな男の姿が、理屈抜きに私の心を震わせるのです。船橋を後にしたひで山も、まだまだやったるでと褌の紐を締め直したのでありました。


立嶋篤史オフィシャルジム ASSHI-PROJECT
http://asshiproject.web.fc2.com/


アッシープロジェクト風景
アッシープロジェクト風景


背中で語れ
背中で語れ

2008年11月21日