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武蔵野

国木田独歩/著

649円(税込)

発売日:1949/05/24

  • 文庫

100年前の吉祥寺♪ 今も昔も「住みたい町」No.1!! 詩情溢れる筆致で自然美を綴った表題作ほか18編を収録。

浪漫主義と抒情に出発した初期の名作18編を収録した独歩の第一短編集。詩情に満ちた自然観察で武蔵野の林間の美をあまねく知らしめた不朽の名作「武蔵野」、自然を背景にした平凡な人間の平凡な生活のうちに広大な一種の無限性を感じさせる「忘れえぬ人々」。ほかに「源叔父」「河霧」「鹿狩」など、簡勁で彫りのふかい文体と、内容にふさわしい構成の秀抜さを示す作品を収める。

目次
武蔵野
郊外
わかれ
置土産
源叔父

たき火
おとづれ
詩想
忘れえぬ人々
まぼろし
鹿狩
河霧
小春
遺言
初孫
初恋
糸くず
注解 三好行雄
解説 滝藤満義
年譜

書誌情報

読み仮名 ムサシノ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-103501-7
C-CODE 0193
整理番号 く-1-1
ジャンル 文芸作品
定価 649円

書評

本の中で生きる武蔵野

本橋信宏

 武蔵野の存在を知ったのは、松本清張の『高校殺人事件』(カッパ・ノベルス版)だった。
 1969年春、中学1年生の私はちょっと背伸びしようと、高校生が登場する学園推理小説を手にしたのだった。
 大発見があった。
 小説の舞台は、調布・府中あたりの武蔵野台地だった。社会科の地図帳を開くと、なんと、わが所沢市も武蔵野台地の中央に位置するではないか。普段見飽きた景色がとたんに水彩画になった。
 以降、武蔵野台地の特徴である雑木林が私の心象風景となった。
 清張作品には武蔵野がよく登場する。九州・福岡から朝日新聞東京本社への転勤で上京し、専業作家になったのが46歳、遅咲きのデビューだった。九州から引っ越した先が上石神井周辺だったために、練馬・杉並の武蔵野がよく出て来る。
 雑木林と畑が平行し、狭山茶の茶垣が縁取る景色がよほど気に入ったのだろう。
 短編「地方紙を買う女」(新潮文庫『張込み 傑作短編集〔五〕』収録)も武蔵野が描かれる。

松本清張『張込み 傑作短編集〔五〕』書影

「杉本隆治は、頭を振って机を離れて、散歩に出かけた。いつも歩きなれた道で、このあたりは武蔵野の名残りがある。葉を落とした雑木林の向こうには、J池の水が冬の陽に、ちかちかと光っていた」
 杉本隆治は作家で、ある事件に巻き込まれる。清張のタイトルの付け方が本作でも光っている。こけおどしの語句を使うことなく、題名からミステリーがだだ漏れしているではないか。
 清張の武蔵野モノと共に国木田独歩「武蔵野」も読んだ。

国木田独歩『武蔵野』書影

 私が持っている改版前の文庫本では画家・難波淳郎が描く雑木林と民家の淡い水彩画が、武蔵野のイメージをうまく表現している。
「林は実に今の武蔵野の特色といってもい」(「武蔵野」より)
 春夏秋冬を通して木々が紅葉し、落葉、新緑萌え出ずる変化に、独歩は感動をおぼえる。
 その光景の妙は、他の地方では見られない武蔵野特有のものだと書いている。
 雑木林と畑、民家が織りなす平和な景色は、独歩が描いた明治三十年代から武蔵野の特長でもあった。
 大岡昇平『武蔵野夫人』は高校生のときに読んだ。

大岡昇平『武蔵野夫人』書影

 これも私が所有しているカバーが変わる前の文庫本は、不倫がテーマの大人の作品ながら、堀文子が描くススキノをイメージした水彩画である。
 私が歓喜したのは、文中に「武蔵野夫人」小説地図という一ページの絵地図が載っていることだった。
 小説の舞台になった武蔵野を紹介したもので、素朴な絵柄の丘陵が描かれ、「将軍塚」と記されている。
 新田義貞の鎌倉攻めのときに、自軍の旗を立てた地点、という歴史的遺跡を記録するために建てられた石碑である。
 地元の人間なら誰もが知る将軍塚だ。
 石碑の建つ丘陵は、その昔、八州が見渡せたことから八国山とよばれてきた。
 スタジオジブリ「となりのトトロ」(宮崎駿監督作品)に登場する七国山のモデル地といわれる。
「となりのトトロ」で七国山が出てきたときの驚きといったら。
『武蔵野夫人』は映画化(1951年・東宝)され、主演の人妻役を田中絹代が演じている。
 スクリーンには、雑木林がしばしば登場するのだが、どうも違和感が残った。
 武蔵野台地というよりも軽井沢風なのだ。
 武蔵野の魅力は、すべて自然が仕切っているのではなく、畑や防風林、茶垣といった人の手も加えられた、渾然としたところにあるのだ。
 武蔵野(台地)とよばれる舞台に私は暮らしてきた。
 中学校の校舎の窓から授業中に視線を向けたとき、丘陵が横たわる景色は八国山と久米の山だった。このまま時間よ、止まれ、と何度思ったことか。
 雑木林がそうさせるのか、武蔵野は朝靄、夕靄がよく漂う。
 中学校の通学路には雑木林が両側に存在し、湿気の多い夕方になると夕靄が発生して、幻想的な光景になった。
 いまでは大分、変わってしまった武蔵野の風景だが、文庫には雑木林が厳然として生き残っている。

(もとはし・のぶひろ 作家)

波 2026年6月号より

著者プロフィール

国木田独歩

クニキダ・ドッポ

1871(明治4)年、下総銚子生れ。山口県に育つ。東京専門学校中退後新聞記者などを経て、1897年田山花袋らとの合著『抒情詩』で詩人として出発。次いで、1901年短編小説集『武蔵野』を刊行。自然の中に人事を見つめる小説家へと転身した。その後発表した『牛肉と馬鈴薯』『春の鳥』は自然主義文学の先駆として迎えられた。1908年茅ヶ崎で死去。没後、『欺かざるの記』刊行。

判型違い

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