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やぶれかぶれ青春記・大阪万博奮闘記

小松左京/著

825円(税込)

発売日:2018/09/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

SFと万博が青春だったおかしくもエネルギッシュな日々がいま甦る! 文庫オリジナル版。

『果しなき流れの果に』『復活の日』『日本沈没』――。日本SF史に輝く傑作の数々を遺した小松左京の原点は、戦中戦後の動乱期を過ごした旧制中学・高校時代にあった。また京大人文研とのつながりから、大阪万博にブレーンとして関わった顛末とは。幻の自伝的青春小説と手記によって、そのエネルギッシュな日々が甦る。若き日の漫画家デビューなど、新事実も踏まえた文庫オリジナル編集版。

目次
はじめに
第一部 やぶれかぶれ青春記
やぶれかぶれ青春記
「青春記」に書かれなかったこと
――漫画家としての小松左京……小松実盛
第二部 大阪万博奮闘記
ニッポン・七〇年代前夜
万国博はもうはじまっている
小松左京と走り抜けた日々……加藤秀俊
年譜

書誌情報

読み仮名 ヤブレカブレセイシュンキオオサカバンパクフントウキ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 400ページ
ISBN 978-4-10-109712-1
C-CODE 0195
整理番号 こ-8-12
ジャンル エッセー・随筆、エッセー・随筆
定価 825円
電子書籍 価格 693円
電子書籍 配信開始日 2019/03/29

書評

大切なことはSFに教わった

長山靖生

 エデンの園にあった禁断の果実は林檎だといわれているが、本当だろうか。知識の実には葡萄のほうがしっくりくると私はずっと思っていた。でもなぜそう感じるのか、自分でも分からなかったが、新潮文庫のマークに由来することに気付いた。初めて自分で買った文庫は新潮文庫だった。北杜夫星新一。面白くて次々買って全冊読破。さらに北杜夫からは背伸びして辻邦生トーマス・マンへと読書を広げ、星新一からは小松左京筒井康隆へと向かっていった。日本SF第一世代の作家たちだ。

星新一『妄想銀行』 たくさんある好きな新潮文庫のなかから三冊を選ぶのは難しいが、読書案内と追憶を兼ねるなら、まずは星新一の『妄想銀行』をあげておきたい。この本にはショートショート三二編が収録されている。星さんのショートショートはスタイリッシュで読みやすく、宇宙人やロボット、世界の終末や異次元など、突飛な設定があってもすらすら読める。設定の奇抜さや意表をつく展開にもかかわらず、人間の本質的性格や人生の真理に根差しているから、すんなり心に入ってきて腑に落ちるのだ。中学・高校生時代には意外性の高いものや風刺性の強い作品が特に好きだった。それらは今読み返しても面白く、説教臭さが微塵もないのに教訓に満ちている。そして歳を取ってみると、人生の悲哀と暖かさを感じさせる「鍵」や「古風な愛」のような作品が、とても好ましく思える。

筒井康隆『家族八景』  筒井康隆はドタバタ短編も好きだが、『家族八景』には唸らされた。人の心が読める超能力者の七瀬が、お手伝いさんとして様々な家庭を渡り歩く設定で、人間の様々な心理のありようを描き出していた。テレパスが登場するSFは少なくないが、『家族八景』では人間の心象風景の描写がきわめて重層的に精緻に描かれていた。当人も気付かない深層心理や思考と分離された状態でただ放置されているだけの記憶や感情。その記述の巧みさにしびれた。そこには筒井さんのドタバタにも通じる人間の滑稽さや恐ろしさがある一方、後に全面的に展開されることになるマジック・リアリズム的な作品を予感させるものでもあった。七瀬を主人公としたシリーズは『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』と展開していったが、『エディプスの恋人』から『夢の木坂分岐点』や『パプリカ』への距離は案外近い。
 私は多くのことをSFから学んだが、何より大きかったのは、絶対的な真実や正義なんてものは地上にはなくて、時代や立場が変われば善悪も逆転するという相対的な見方を教わったことだ。それを星さんからは世間や自分の感情を一歩引いて眺める視点の大切さとして教わり、筒井さんからは人間心理の重層的な襞とその思わぬ表われを通して学んだ。

竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』  ではもう一人の日本SFの大家、小松さんから何を学んだかというと、「希望」だった。人間はいい加減なもので、社会は欺瞞に溢れているが、それでも希望はあるということ。高所に立って世界を俯瞰していながら、決してニヒリズムに陥らない小松さんが描く作中人物たちは、ともすれば怠惰に流れたくなる私を叱咤激励してくれた(そのわりに怠け者ですけど)。
『やぶれかぶれ青春記・大阪万博奮闘記』はそんな小松さんの自伝的作品二編に息子さんによる「『青春記』に書かれなかったこと――漫画家としての小松左京」、共に大阪万博に奔走した加藤秀俊さんの「小松左京と走り抜けた日々」を収めた文庫オリジナル編集版。小松さんは旧制中学時代に終戦に遭遇し、社会の激変ぶりを目撃することになった。戦時中は軍国主義を唱えて威張っていた教師が、急に「私はもともと民主主義者で」と言い出す逸話が出て来るが、一夜にして社会が変わり、人間性の卑賤さが露になる醜態を目の当たりにしたことは、まさにSF的体験として心に刻まれただろう。それでも小松さんは人間の善性への信頼を失わず、未来を信じ、希望を抱き、精力的に活動した。小松さんの長編大作や思弁的なSF短編は今も人気が高い。でも私はそれらと同じくらい『戦争はなかった』や『闇の中の子供』『夢からの脱走』などに収められていた社会派SFの短編が大好きだ。世界情勢も人間関係も不安定な現代だからこそ、小松さんの社会派SFの復刊を心から願っている。

(ながやま・やすお=1962年生れ。評論家。2019年4月、『日本SF精神史【完全版】』で第72回日本推理作家協会賞〔評論・研究部門〕を受賞。)

波 2019年10月号より

著者プロフィール

小松左京

コマツ・サキョウ

(1931-2011)大阪生れ。SF作家。旧制神戸一中、旧制三高、新制京都大学文学部卒(イタリア文学専攻)。経済誌記者、放送作家などを経て、1962(昭和37)年『SFマガジン』誌に登場。代表作に『復活の日』『果しなき流れの果に』『日本沈没』(日本推理作家協会賞)『首都消失』(日本SF大賞)など。『未来の思想』『歴史と文明の旅』ほかノンフィクション作品も多数。大阪万博ではサブテーマ委員、テーマ館サブプロデューサーを務めた。最近の研究で、高校大学時代に漫画家として活躍したことも判明している。

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