
女の一生 二部・サチ子の場合
935円(税込)
発売日:1986/03/27
- 文庫
- 電子書籍あり
戦時、子供で、女で。私にできるのは、祈ることだけだった――。身体が痛くなるほどに感涙誘う大恋愛長編。
第二次世界大戦下の長崎で、互いに好意を抱きあうサチ子と修平。しかし、戦争の荒波は二人の愛を無残にも引き裂いていく。修平は聖書の教えと武器をとって人を殺さなくてはならないことへの矛盾に苦しみつつ、特攻隊員として出撃する。そして、サチ子の住む長崎は原爆にみまわれる。激動の時代に、信仰をまもり、本当の恋をし、本当の人生を生きた女の一生を鮮やかに描き出す。
書誌情報
読み仮名 | オンナノイッショウ2サチコノバアイ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 592ページ |
ISBN | 978-4-10-112324-0 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | え-1-24 |
ジャンル | 文芸作品、文学賞受賞作家 |
定価 | 935円 |
電子書籍 価格 | 814円 |
電子書籍 配信開始日 | 2013/03/01 |
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コラム 新潮文庫で歩く日本の町
これは長崎人必読(私は島原出身)の小説でした。もっと言えば、日本中のみんなに読んで貰いたい本。静かに語り合いたくなります。「一部・キクの場合」「二部・サチ子の場合」というそれぞれ六百頁前後もある二冊本ですが、あっと言う間に読み終えることができます。
幕末の長崎、従妹のミツと外で遊んでばかりいた活発な少女キクは、近くの隠れ切支丹の村で生まれた清吉に心惹かれていく。思いが実りそうになった時、彼は信仰ゆえに捕まってしまい激しい拷問にも遭う。キクは彼を救おうと奉行所の役人伊藤に言われるままカネを渡し、身を売るようになり……。やがてキクは胸を患って死に、世の中は明治となって、日本でもアメリカの圧力でキリスト教が解禁される。
二部は時代が飛んで昭和五年から。ミツの孫サチ子は、長崎へ布教にきたコルベ神父と知り合う。戦争の時代が来て、ポーランドに戻った神父はアウシュビッツへと送られ、日本では再びキリスト教徒が白い眼で見られ始めて、サチ子が気持ちを寄せる修平は兵隊に取られる――。
私のよく知る長崎の海山、街、言葉、文化、気候、食物(六兵衛って知ってますか?)などが的確かつ鮮明に描写されていき、キクもミツも清吉も伊藤も、サチ子も修平もコルベ神父も隣人のようになります。
しかし何より、「天才的!」と興奮したのは、清吉たちを取り締まった
と同時に、作者の遠藤さんが一番訴えたかったであろう、キリスト教的な場面の美しさにも打たれました。清吉が恍惚として拝むマリア像に、キクは嫉妬し、訴え、すがりついていきます。悪辣で卑劣な伊藤は作者から決して断罪されず、むしろ救われるように、老いさらばえた身を清吉の前へ現します。「彼のような男こそ、神さまは憐れみ、寄り添っていかれる」という作者の考えがよく伝わってきますが、キクにすっかり感情移入していた(映像か舞台で彼女を演じてみたい!)私は、実はいまだにこの伊藤を許せていません。そして、粛然とさせる、コルベ神父の収容所での死。
物語は昭和二十年八月九日午前十一時二分を迎えます。この原爆投下の時間はどんな長崎人でも知っているでしょう。そして修平が出水の航空隊に配備された時、九州の読者ならすぐ「特攻隊になるんだ」と気づくでしょう。特攻と原爆――私は祈るようにして読み進み、かつて清吉たちを救ったアメリカの手によって、今度は長崎が破壊され尽くすという小説の構造に、ここまで行くんだ、と圧倒されました。
長崎では小学校から平和学習があり、中学高校では八月九日は登校日です。小説の末尾、サチ子の子供たちは原爆にも戦争にも興味を持たず、母親を索然とさせますが、長崎ではそうでもないよと言ってあげたくなりました。
(みやざき・かれん 女優)
波 2015年7月号より
著者プロフィール
遠藤周作
エンドウ・シュウサク
(1923-1996)東京生れ。幼年期を旧満州大連で過ごし、神戸に帰国後、12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶応大学仏文科卒。フランス留学を経て、1955(昭和30)年「白い人」で芥川賞を受賞。一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品、歴史小説も多数ある。主な作品は『海と毒薬』『沈黙』『イエスの生涯』『侍』『スキャンダル』等。1995(平成7)年、文化勲章受章。