ホーム > 書籍詳細:無所属の時間で生きる

無所属の時間で生きる

城山三郎/著

605円(税込)

発売日:2008/03/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間としての時間。城山三郎が遺した心に響く提言。没後一年。

どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間としての時間──それは、人間を人間としてよみがえらせ、より大きく育て上げる時間となるだろう。「無所属の時間」を過ごすことで、どう生き直すかを問い続ける著者。その厳しい批評眼と暖かい人生観は、さりげない日常の一つ一つの出来事にまで注がれている。人と社会を見つめてきた作家の思いと言葉が凝縮された心に迫る随筆集。

目次
お叱りの手紙
日帰りの悔い
子猫とナポレオン
慶弔積立金なんて
ヴェネツィアと黒衣
組織を超え、光の中へ
自分を見物する心
東京での一日
一日四分割法
途方もない夢
熱い拍手
どん尻が一番
渡世の掟
いまの世の仙人たち
にがい笑い
パートナー志願
ハッダと冷麦
箱根の夜は更けて
旅さまざま
三十代最後の年には
この日、この空、この私
一日の明暗
四十代最後の年に
ハート・トラブル
冬を送り出す
四十代最後の年に(続)
人間の奥行き
五十代半ばにて
アラスカに果てた男たち
人生、当たり外れ
六十代をふり返る
湘南、二十四時
ある朝、東京で
孫の来る家
楽しみを求めて
定住意向
あとがき――一日一快のすすめ
解説 高杉良

書誌情報

読み仮名 ムショゾクノジカンデイキル
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-113333-1
C-CODE 0195
整理番号 し-7-33
ジャンル エッセー・随筆、文学賞受賞作家
定価 605円
電子書籍 価格 484円
電子書籍 配信開始日 2012/10/01

書評

波 2008年4月号より もう一度読み返す城山文学――一周忌に寄せて

高山文彦

城山三郎さんが亡くなって、一年が過ぎた。はやいものだ。もう一年か。
いや、こう書いてみて、実感としてそうでないことに気づいて、はっとなる。城山さんはもう随分まえに亡くなっているような気がする。まだ一年しかたっていないのか。
なんだか不思議な気持ちである。
そうか、もう君はいないのか』という奥さんとの出会いから別れまでを綴った文章を雑誌で読んだとき、私はこころから感動をおぼえながら、その一方で複雑な気持ちを抑えることができなかった。ほんとうに書きたかったことを城山さんは書いているのだろうが、文章に歯止めがきかなくなっていて、読むほうが恥かしくなるようなところがいくらもある。ご本人はゲラを見ることもできず第一稿のまま世に出されたわけだから、本意ではなかっただろう。
それはこのたび文庫化された『本当に生きた日』についても言える。城山さんが亡くなってまもなくこの小説が出版されたとき、私はいやな感じがした。生前出版されなかったのは、ご本人の意志によるものであろう。死んで急遽出版されたということは、これもゲラがご本人の目を通っていないということではないのか。
でも城山さんほどの作家ならば、しようがないのかもしれぬ。多くの読者が死を悼み、なにか書き遺したものがないか待ち望んでいるのだろうから。かく言う自分だって、城山さんとの対談集を、彼の死後になって出しているのだ(むろん城山さんはゲラを見ることができなかった)。
ながい時間をかけて話をさせていただいたとき、とりわけ強く印象に残っているのは、「正しい人」という言葉である。人まかせにしないで自分の足で真実を求めて歩きつづけてゆけば、かならず真実を知る「正しい人」に出会えるという意味のことを城山さんは言った。きれいで清潔な言い方をなさる人だな、と私は思った。
自分は出会えているだろうか。出会えていなければ、自分の書いたものは偽物になってしまう。
それからもうひとつ、「無所属の時間」という言葉。なににも、どこにも属さない、真空の時間。たったひとりの時。いままさに城山さんは全き「無所属の時間」におられるのだろうが、私には羨ましいように思われる。
このたび『本当に生きた日』とともに『無所属の時間で生きる』というエッセイ集が文庫化されたが、なにか私は、はるか遠くから城山さんに耳元でささやかれているような気がする。「ゴルフ、やる? やるなら仲間に加えてあげるよ」と誘っていただいたのだった。
城山さんにとって「無所属の時間」とは、たとえばゴルフをしているときであったらしい。無心に打ち、無心に歩く、その時間のことだったらしい。
いつまでたってもゴルフをはじめようとしない私が、城山さんの言葉に背中を押されるようにしてゴルフ道具一式を買ったのは、今年の正月だった。ところが、それから一度も練習場に行っていない。振ってもいない。そしていまこそ自分にも「無所属の時間」が必要になっていることを痛感させられている。
ゴルフ道具を買って二週間あまりたったころ、まったく突然、故郷のつぶれかけた会社の社長を引き受けることになったのだ。無給、交通費は自腹。各方面に挨拶まわりをし、支援者との対話集会を連日連夜つづけていった。テレビや新聞にもとりあげられて、道を歩けば声をかけられる。休みがない。
故郷にも練習場はある。おんぼろの道具を借りて、山に向かって打たなければならない。しかし行く時間がない。
何者でもない私になりたいという願望から物書きをしてきた自分としては、考えられぬ事態におちいってしまった。
もう一度、城山さん、読み返してみます。ビジネスなんて自分にはとんと縁のない世界だと思いこんでおりましたので。

(たかやま・ふみひこ 作家)

著者プロフィール

城山三郎

シロヤマ・サブロウ

(1927-2007)名古屋生れ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎える。一橋大学を卒業後、愛知学芸大に奉職し、景気論等を担当。1957(昭和32)年、『輸出』で文学界新人賞を、翌年『総会屋錦城』で直木賞を受賞し、経済小説の開拓者となる。吉川英治文学賞、毎日出版文化賞を受賞した『落日燃ゆ』の他、『男子の本懐』『官僚たちの夏』『秀吉と武吉』『もう、きみには頼まない』『指揮官たちの特攻』等、多彩な作品群は幅広い読者を持つ。2002(平成14)年、経済小説の分野を確立した業績で朝日賞を受賞。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

城山三郎
登録
エッセー・随筆
登録
文学賞受賞作家
登録

書籍の分類