私にふさわしいホテル
693円(税込)
発売日:2015/11/28
- 文庫
文学史上もっとも不遇な新人作家、それが私。爆笑と震撼の実録(!?)文壇小説。
文学新人賞を受賞した加代子は、憧れの〈小説家〉になれる……はずだったが、同時受賞者は元・人気アイドル。すべての注目をかっさらわれて二年半、依頼もないのに「山の上ホテル」に自腹でカンヅメになった加代子を、大学時代の先輩・遠藤が訪ねてくる。大手出版社に勤める遠藤から、上の階で大御所作家・東十条宗典が執筆中と聞き――。文学史上最も不遇な新人作家の激闘開始!
第二話 私にふさわしいデビュー
第三話 私にふさわしいワイン
第四話 私にふさわしい聖夜
第五話 私にふさわしいトロフィー
第六話 私にふさわしいダンス
書誌情報
読み仮名 | ワタシニフサワシイホテル |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 288ページ |
ISBN | 978-4-10-120241-9 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | ゆ-14-1 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 693円 |
書評
永遠に叶わない目標
ずっと「性格が悪い役」をやりたいと思って、公言もしてきました。それに、小説家の役にも憧れていて。だから『私にふさわしいホテル』の主人公・加代子役のオファーをいただいたときは「やった!」と。性格が悪い小説家の役、待ってました(笑)。でも、彼氏ができた途端に以前のような小説が書けなくなる、かわいいところも描かれています。映画には出てこないのですが、大好きな場面です。
小説の新人賞を受賞したのに、いっこうに単行本が出せず、文豪気分に浸るために自腹で山の上ホテルにカンヅメになる加代子は、大御所作家の東十条先生を策略で陥れたり、編集者の遠藤に食ってかかったりと大暴れしますが、ただひとつ純粋なところがあります。
それは「いい小説を書きたい」という目標に一直線なところ。いい小説を書いて、たくさんの人に認めてもらいたい。その思いだけはとびきり純度が高いんですよね。そこに共感しました。実は自分と似ているところが多々ある役柄だと思います。
私も、俳優として「誰も到達できないような演技をしたい」というのが最終目標で、それを達成したい一心で突き進んでいるようなところがあって……。世の中には素晴らしい役者さんがたくさんいて、一人ひとり個性も土俵も違うので、すごく抽象的で、永遠に叶わない目標だとわかってはいるのですが、どうしてもそこを目指したくなってしまうんです。
現場で演じているときは、そんな演技が出来たんじゃないか、と思う瞬間もあります。撮影してカットがかかった途端に「私、やってやった。誰よりも輝いてた」と(笑)。でも完成したものを見ると「あれ、こんなだった?」とがっかりしちゃって……。でもずっとへこんでいるのではなく、目標に向かって立ち上がるところも加代子に似ているかも。
へんてこな仕返しをするところも加代子と私の共通点です。加代子のド派手な仕返しには敵わないですが、私も嫌なことを言われたりすると「え~、ちょっとうるさいですね~」とか言い返しちゃいます。秘訣は発声をファルセットにすること! 高めのトーンでふわあっとした感じで言うと相手にはあまりピンとこないみたいで、険悪な雰囲気にならずに、でも言いたいことは言えます(笑)。
江國香織さんの「デューク」(『つめたいよるに』所収)は、2017年に「LINEモバイル」のCMに出演する際に、監督さんから「この作品を読んで撮影に臨んでほしい」と言われた作品です。
飼っていた犬の「デューク」を亡くした女性の前に、デュークらしき少年が現れるというお話ですが、女性の心情には戸惑いもあれば嬉しさも切なさもあって、すごく複雑な気持ちになっていくんですよね。一つではない、重層的な感情を表現するときのほうがやる気が漲ってくるので「頑張るぞ!」と気合いが入りました。
私も中学生の頃、飼っていたハムスターに逃げられてしまったことがあって、大切な存在との辛いお別れでした。「ひとりで生きていけるんだろうか」と心配したんですけど、むこうはよっぽど嫌だったんだろうな……。ハムスターを飼っているあいだに、ダックスフントの成犬を預かった時期があったんですが、その犬が檻から出て、ハムスターを口に入れてしまったことがあって。唾液だらけで仮死状態みたいになって。すごく悲しくて、泣きながらハムスターをお風呂で洗ったんです。そうしたら動き出したんです! でも結局その後、逃げられてしまいました。もし今、そのハムスターが人間の姿で現れたら、謝りたいです。
京極夏彦さんもずっと大好きな作家さんで、ラジオにゲストで来ていただいたこともあります。「薔薇十字探偵社」の榎木津礼二郎が活躍する「百器徒然袋」シリーズや、「京極堂」こと中禅寺秋彦の妹・中禅寺敦子が主人公の「今昔百鬼拾遺」シリーズを愛読しています。
現実の事件を解決するのだけど、霊的な能力を使うところと、現実的な方法とのバランスが魅力です。京極先生の作品の実写化にいつか出られたら……嬉しすぎます。
映画「私にふさわしいホテル」は2024年12月27日全国公開!
(のん 俳優)
私にふさわしい書評
わたしが柚木麻子(以下柚子)と知り合ったのは、2011年の夏、電子書籍として販売(のち新潮文庫)した東日本大震災復興支援のチャリティ同人誌「文芸あねもね」にともに参加したことがきっかけだった。同じ頃、あねもね仲間で鳴子温泉にでかけたのが初対面。そのときの印象は、「常時、鬼の首をとったかのようなドヤ顔をしている女だなあ」というものだった。あと、とにかくやたらとよくしゃべっていた。自分がこれから書こうとしている小説のあらすじを、誰も聞いていないのに延々しゃべり続けるので、「なんでそんなうるさいの? 家の中でもうるさいの? 旦那さんうざがらない?」とわたしが訊いたら、それまでヘラヘラしていたのに一転、「うるさいのがわたしのアイデンティティなの!」と鬼の形相になって怒鳴りつけてきた。油断ならない恐ろしい女だと一瞬思った。しかし「文芸あねもね」に柚子が寄せた短編「私にふさわしいホテル」を読むと、彼女の楽しげな人柄(とちょっとした毒)がにじみ出ていて、とても好感を持った。彼女はこの先、人気作家としての階段を順調に駆け上がっていくだろうというのが、あねもね仲間の一致した見解だった。はたして、あれからたった四年で、彼女は日本文芸界のトップスターになってしまった。
今回『私にふさわしいホテル』の文庫化にあたって書評を依頼され、久しぶりに本書を読み返した。この本の主人公加代子は、文学の新人賞を受賞したものの、同時受賞したタレントばかりが注目されるという不運なデビューを果たしてしまう。そこから、あの手この手で文壇をのし上がっていくサクセスストーリーがはじまる。
読者の人はどう感じたのだろうと、作中にも頻出する読書メーターでこの本をチェックしてみた。「元気をもらった」「励まされた」等々、ポジティブな言葉ばかりが並んでいる。
しかし、わたしは今回再読してみて「やっぱりこの本、怖いっ」としか思えなかった。どう読んだって、これは紛れもないサイコスリラーだ。最終的に主人公の加代子が登場人物全員を丸呑みしてしまうのではないかとマジで思ったのだ。丸呑みというのは比喩ではない。加代子が大口をあけて編集者の遠藤の頭にかぶりつく様子がありありと浮かんだ。すべての出会いと経験を栄養にして成長する妖怪、それが加代子。
そしてそれは、温泉旅行の際にわたしにブチ切れたときの柚子の顔と重なった。あの突然の豹変ぶり、あの恐ろしさ……。
ハッとわたしは思い至る。もしかすると、この本の恐ろしさに気づけるのは、作家としての柚子を直接知っている人間だけかもしれない、と。作家としての彼女を知る者――要するに出版関係者だ。
しかも、彼女が真の意味で恐ろしいのは、そこまですべて計算ずくということだ。
だから、出版関係者ではない読者の方には安心して本書を楽しんでほしい。加代子のプリミティブな野心、あふれ出るアイディア、イノシシのような行動力に心がスカッとし、自分もいっちょやるか! と前向きな気持ちになること間違いなし!
しかし出版関係者、とくに文芸編集者は今一度心して読むべきだ。なんだったら自宅で音読してほしい。彼女と関わることは、いつか丸呑みされるリスクを伴うこと。それでも文芸編集者たるもの、柚子に仕事を依頼し続けなければならない。なぜなら読者が求めているから。怖いとか食べられそうとか言っている場合ではないのだ。柚子は命を削って人々が読みたい物語を紡ぎ続ける。たぶん、死ぬまで。彼女の才能で儲けようとする者は丸呑みリスクを引き受けるべきなのだ。柚子はこの本でそう訴えかけている。
しかし、わたしは柚子に食われたくないし、柚子が売れてもとくに恩恵もないので、ほどよいお友達関係を続けていこうと思っている。ま、この文を読んだら激怒するかもしれないので、近々菓子折りでも持って彼女の自宅にはせ参じる覚悟である。ちなみに、一回いったことあるけど、結構汚かった。
(みなみ・あやこ 作家)
著者プロフィール
柚木麻子
ユズキ・アサコ
1981年東京生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『本屋さんのダイアナ』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『ついでにジェントルメン』『オール・ノット』などがある。