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『レプリカたちの夜』で大ブレイク!! 唯一無二の異才による、七つの奇妙な物語。

動物たちのまーまー

一條次郎/著

693円(税込)

本の仕様

発売日:2020/03/01

読み仮名 ドウブツタチノマーマー
装幀 木原未沙紀/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-121652-2
C-CODE 0193
整理番号 い-133-2
ジャンル 文学・評論
定価 693円

耳を澄ませ。何かが聞こえる――。テノリネコが膨らむ音が。徘徊するネコビトたちの呟きが。貝殻プールのラッコの水音が。盗んだトウモロコシをゆでる熊のご機嫌な鼻歌が。そして、吸血鬼(バンパイア)の奏でる陽気なラグタイムピアノが……。混沌と不条理の中に、世界の裏側へと読者を誘う魅惑的な企みが潜む。デビュー作『レプリカたちの夜』で大ブレイクした鬼才による、異彩を放つ傑作オリジナル短篇集。

著者プロフィール

一條次郎 イチジョウ・ジロウ

1974(昭和49)年生れ。山形大学人文学部卒業。福島県在住。2015(平成27)年、『レプリカたちの夜』で新潮ミステリー大賞受賞。他の著書に『ざんねんなスパイ』『動物たちのま ーまー』がある。

目次

テノリネコ
アンラクギョ
貝殻プールでまちあわせ
採って穫って盗りまくれ
まぼろしの地球音楽
ヘルメット・オブ・アイアン
ベイシー伯爵のキラー入れ歯
解説 杉江松恋

まーまーのまーまー 刊行記念ショートストーリー

 ゲームもあきたしテレビもあきた。漫画も映画もネットもあきた。酒もあきたし競馬もあきた。パーティーはもとからきらいだし、お祭り騒ぎはうんざりだ。そんな調子で退屈してた午後。はじめは気のせいかとおもったが、窓の外から騒々しい音楽がきこえてくるのに気づいた。ぐねぐねしたリズムに謎めいたメロディ。どこのものだかわからない。きいたこともないボナルーなサウンドだ。どうも気になり画面から顔をあげると、人間サイズのでかいイヌが目に入った。二足歩行。ラジカセをかつぎ、踊るような足どりで通りを行きすぎていく。なんだあれは。どうしたらイヌにあんな芸当ができるんだ。それともあれか、着ぐるみか。おれは窓に顔を押しつけるようにして外をのぞいたが、でかいイヌは木立の陰に消えて見えなくなってしまった。おれはきゅうに不安にかられた。おれはあたまがおかしくなってしまったんだろうか?
 なんだか心配になり、医者のイシャーさんの診療所を訪れた。診察室に呼ばれ、おれは腰をぬかした。白衣を着たでかいネコがいすに腰かけていたのだ。首から聴診器をさげたネコに、イシャー先生はどこへいったのかたずねると、わたしがイシャーですよとネコはこたえた。どう見てもばかでかいネコにしか見えないとつぶやくと、わたしがネコだってことは知っているでしょうといわれた。おれはほんきであたまがおかしくなってしまったのかもしれない。それもすこぶる重症だ。だってそのネコはおれに説教さえするのだ。
「オーレくん。きみは現実を見たほうがいいですよ――」
 ネコはおれに一冊の本をすすめた。
「これは小説というものです」
 小説なら知ってる。よくできた作り話が書いてあるやつだ。やたらと衝撃的だったり、やたらと感動的だったり、やたらと奇想天外だったりするやつが。紋切り型のチープスリル。世界はまったく広がらない。そういう“おはなし”は映画やテレビであきるほど見せられた。あきるほど。どういうわけだか、おれは興味がもてない。ぜんぜんまるで。
「でもこれはただの“おはなし”ではないんですよ。この本にはほんとうのことが書かれてあるのです。こういう形でしか描けない現実の世界がね」
 現実の世界ねえ……。
「なんなら字だけで直接脳に響くバーチャルリアリティとでもおもってごらんなさい。これは言葉でできているのに言葉では説明のできないひとつの体験なんです」
 と、ネコはおれにその本をよこした。とんだ藪医者だ。というか、どうやら医者ではおれを治せないみたいだ。
 夕闇のせまるなか、おれは気晴らしに酒場によった。だがおれは、いよいよほんとにあたまがおかしくなってしまったらしい。バーテンがラッコで、ドラキュラがピアノで陽気にラグタイムを弾いていたのだ。店のなかをコウモリが舞い、馬ががぶがぶ酒を飲んでいた。まったくわけがわからない。昼間見かけたイヌが一杯おごってくれという。おれはやけになり、いつもより多く飲んでしまったかもしれない。
 二日酔いで重力がやけに暴力的な朝。ずるずるおきあがり顔を洗うと、鏡にばかでかいシロクマが映っていた。おれだ。なんてこった。飲みすぎてシロクマになってしまったのか。そんなばかな。完全にあたまがおかしくなり、自分の姿がシロクマに見えるようになったんだ。おれはいったいどうしてしまったんだろう。顔をさすりながら嘆いていたら、
「そりゃだって、おまえシロクマだろ」
 べつのシロクマが出てきて、あきれた顔でいった。
「またいつもの人間ごっこをしてたのかい?」
 なんだよ、母さん。ぶちこわしじゃないか。いちばん盛りあがるとこだったのに!
 母さんシロクマはふっと鼻を鳴らしてキッチンへ行った。だが正直、おれは人間のふりをして遊ぶのにもあきあきしていた。だいたいいつもおんなじなのだ。ネコのイシャー先生も、イヌのワン・ワンワンも、ドラキュラのベイシー伯爵も、みんなおれの遊びになれっこになっていた。おれだっておなじだ。もう人間ごっこは終わりにしよう。ほかにもっとおもしろいことはないだろうか。つぎはいったいなにをしたものか。おれは鏡に映ったシロクマをぼんやりとながめ、しばらくしてからタオルで顔をぬぐう。それから窓の外の木立を白く染める太陽の光に目をほそめながら、昨日もらった本のことをおもいだしていた。

(いちじょう・じろう 作家)
波 2020年3月号より

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