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紋切型社会

武田砂鉄/著

693円(税込)

発売日:2019/02/28

  • 文庫

「会うといい人だよ」「そうは言っても男は」……言葉の欺瞞を見逃すな! 衝撃の処女作。

何気なく耳にするフレーズには、実は社会の欺瞞が潜んでいる。「うちの会社としては」の“うち”とは一体誰なのか。「育ててくれてありがとう」が貧相にする家族観。「国益を損なうことになる」は個を消し去る。「会うといい人だよ」が生む閉鎖性。「なるほど。わかりやすいです。」という心地よい承認の罠。現代の紋切型を解体し、凝り固まった世間を震撼させる、スリルと衝撃のデビュー作。

  • 受賞
    第25回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞 文学賞
目次
はじめに
01 乙武君 障害は最適化して伝えられる
02 育ててくれてありがとう 親は子を育てないこともある
03 ニッポンには夢の力が必要だ カタカナは何をほぐすのか
04 禿同。良記事。 検索予測なんて超えられる
05 若い人は、本当の貧しさを知らない 老害論客を丁寧に捌く方法
06 全米が泣いた 〈絶賛〉の言語学
07 あなたにとって、演じるとは? 「情熱大陸」化する日本
08 顔に出していいよ セックスの「ニュートラル」
09 国益を損なうことになる オールでワンを高めるパラドックス
10 なるほど。わかりやすいです。 認め合う「ほぼ日」的言葉遣い
11 会うといい人だよ 未知と既知のジレンマ
12 カントによれば 引用の印鑑的信頼
13 うちの会社としては なぜ一度社に持ち帰るのか
14 ずっと好きだったんだぜ 語尾はコスプレである
15 “泣ける”と話題のバラード プレスリリース化する社会
16 誤解を恐れずに言えば 東大話法と成城大話法
17 逆にこちらが励まされました 批評を遠ざける「仲良しこよし」
18 そうは言っても男は 国全体がブラック企業化する
19 もうユニクロで構わない ファッションを彩らない言葉
20 誰がハッピーになるのですか? 大雑把なつながり
文庫版新章
21 生産性 誤解を招いたとしたらお詫びします
おわりに
文庫版おわりに
解説 辻村深月

書誌情報

読み仮名 モンキリガタシャカイ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 加藤賢策(LABORATORIES)/カバー装幀
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-121661-4
C-CODE 0195
整理番号 た-124-1
ジャンル ノンフィクション
定価 693円

書評

感染恐れ封印、読んで後悔!?

山田ルイ53世

 決まりきったフレーズを惰性で使う例と言えば、“食レポ”などはその典型である。
 スイーツを食べて、「女性が大好きなヤツですね!」は定番だし、濃厚コッテリな豚骨ラーメンなら、「あーでも、思ったよりしつこくない!」あっさりした料理であれば、「結構コクもありますね!!」と、“逆張り”するのは必勝法。
 大人向けの一品は、「お子様でも大喜び!」子供向けなら、「大人も十分満足出来る!」といった具合である。珍味の類は、「白いご飯が欲しくなる!」「お酒が飲みたくなりますね!」と米か酒に“丸投げ”しておけばオッケー。かように、紋切型が蔓延している。
 武田砂鉄を知ったのは、今から4年ほど前のこと。僕はその頃、毎週土曜の昼間、文化放送で、とあるラジオ番組のパーソナリティーを務めていた。
 あるとき、番組スタッフで、構成作家の大村君から、「男爵さんが、絶対好きなやつです!」と手渡されたのが、本書『紋切型社会』である。
 帰宅し、早速読み始める。しかし、“乙武君”の章の半ばまで目を通し、僕は本を閉じた。全部で10ページほど。以来、この原稿を書くために今回“渋々”読破するまで、机の隅で他の書籍と一緒に積まれたまま数年間、只の一度も手に取ることはなかった。
 理由は簡単……面白かったからである。
 お笑いの世界で“ネタ被り”は御法度。たとえそれが、漫才中のたった一つのボケ、ちょっとした言い回しの類であっても、「じゃあ、これはもう使えない……」と赤面し却下する。それが、プロの芸人の矜持と言えよう。
 しかし、圧倒的に面白く、独創的な芸に出くわした場合、その影響から逃れるのは中々難しい。近年で言えば、ブラックマヨネーズの漫才がそれだろうか。彼らがM-1グランプリに優勝して以降、ブラマヨ風の若手芸人が急増した時期が確かにあった。あのムーブメントは、盗用パクリというより、“感染”の方がしっくりくる。「ブラマヨっぽくない?」と揶揄されるリスクを背負ってでも取り入れたい……抗しがたい魅力があった証左であろう。
 武田砂鉄の文章も同じである。
 当時の僕は、“書く仕事”が舞い込み始めたころ。ゆえに、彼の精密でウィットに富んだ筆致を目にしたとき、「これ、確実にうつるな……」と感染し被るのを恐れ、封印したのだ。……で、やっぱり読んで後悔した。
 真似したくなる箇所を見つけては、「一応ね……参考までに……」と自分に言い訳しつつ、ページの隅を折り続けた結果、大量の“ドッグイヤー”で、本が発酵したのかと目を疑うほど、ボリュームアップ。
 その形状は、もはや書物というより、“ハリセン”である。
「これが本当の文筆だ!」と頭を叩かれているような気分になり、落ち込んだ。「音は派手だが痛くない」というのが、良いハリセンの条件だが、武田のは「静かで痛い」ので性質が悪い。
 本書で取り上げられる、“紋切型”の数々。「誤解を恐れずに言えば……」、「逆にこちらが励まされました」、「会うといい人だよ」……普段、人々が何の疑問も抱かない言葉に眉を顰め、「24時間テレビ」に遠慮なく苦言を呈し、斉藤和義のヒット曲のサビに頻出する歌詞、「ずっと好きだったんだぜ♪」の“ぜ”について執拗に考察を重ねる。
 先日、武田とトークライブで共演した際は、終始、LDH所属の若者達の超体育会系言語、「○○させていただきます!」について語り、爆笑をさらっていた。一応芸能人の端くれである筆者は、「歯に衣着せぬ」どころか、「歯にダウンジャケットを羽織る」こともしばしば……眩しい光景であった。
 過剰な自意識、自己保身や欺瞞は、どれほど巧妙に覆い隠そうとしても言動の何処かに違和感を生じさせるもの。武田は、“砂鉄”が磁場に吸い寄せられるように、歪められた言葉に纏わりつき、黒く太文字にしてしまう。
 いや、そもそも巧妙ですらないのに、隠し果せていると高をくくる、「受け手の感性を懇切丁寧に蔑んでいるとしか思えない」態度に、「舐めるな!」と静かに憤る。
 そんな本書の感想を食レポ風に述べるなら、「意外とあっさりしてる!」となるだろうか。つまり、濃厚である。

(やまだ・るいごじゅうさんせい 芸人)
波 2019年3月号より

著者プロフィール

武田砂鉄

タケダ・サテツ

1982(昭和57)年、東京生れ。大学卒業後、出版社勤務を経てライターに。2015(平成27)年、初の著作『紋切型社会』でBunkamura ドゥマゴ文学賞を受賞。他の作品に『芸能人寛容論 テレビの中のわだかまり』『コンプレックス文化論』『日本の気配』などがある。

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