
ギリシア神話〔下〕
825円(税込)
発売日:1979/11/22
- 文庫
Q.巨石を背負うシーシュポス、カミュの名作でも知られる男の罪は? 西欧文芸を深々と理解するために。
妃の目をぬすんで恋人と逢引を重ねるゼウス大神とそれを嫉妬するへーラー。美を競う三女神、アプロディーテー、アテーナー、へ一ラーは審判役のパリスに賄賂を贈る。人間味あふれるギリシアの神々の物語は、古代ギリシア民族の生活をそのまま写しとったものであろう。西欧文芸の理解に欠くことのできないギリシア神話を、著者独特の文体で読みやすく書きおろした待望の書。
書誌情報
| 読み仮名 | ギリシアシンワ2 |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮文庫 |
| 発行形態 | 文庫 |
| 判型 | 新潮文庫 |
| 頁数 | 448ページ |
| ISBN | 978-4-10-122402-2 |
| C-CODE | 0114 |
| 整理番号 | く-6-2 |
| ジャンル | 宗教 |
| 定価 | 825円 |
書評
神話とおとぎ話に学ぶこと
星占いを看板に掲げる奴がギリシャ神話の本を選書するなんて、なんて芸のない……読者の方のそんな声が聞こえてきそうだ。なんせ星座と神話は密接な関係にあるのだから。ところが、である。「星占い≒ギリシャ神話」というのは、それ自体が一つの「神話」なのだ。17世紀ごろまでの伝統的な占星術の本を開いてみるといい。ロマンチックな星空の神話がたくさん出てきてさぞ楽しいだろうという期待は大きく裏切られる。金星や木星など星の名前としての神々はもちろん登場するが、神々のドラマはほとんど出てこないのだ。その代わり、火地風水の四元素とその性質である熱・冷・乾・湿の働きが強調される。実は主流の占星術の基礎となっているのはアリストテレスの自然学なのだ。考えてみて欲しい。一神教たるキリスト教が圧倒的な力を持っていた西欧世界で、星の影響を多数の神々の働きとみなすのは危険極まりないことだった。トマス・アクィナスら大神学者たちは占星術を容認しているが、あくまで自然の働きを理解する営み、すなわち「自然占星術」の範囲内においてであった。言ってみれば天気予報の延長のようなものだ。一方で個別的な人生の出来事を正確に言い当てることがあるとすれば、それはデーモンたちの働きのせいだとされたのだ。
ではなぜ占星術を生業とする自分が神話の本を真っ先にあげたのか。矛盾したことをいうようだけれど、やはり占星術や占いに神話は必須だからだ。20世紀に入ってから占星術は心理学、とくにユング心理学の影響を受けて大きく変容した。ユング心理学では神話はファクトではない、単なる噓の話(「星占い≒ギリシャ神話」が「神話」であるというような!)ではなく、深い心の動きを描き出す象徴であるとみなすのである。英雄が強大な敵と戦って得難い宝を獲得する物語は世界中にみることができるが、英雄神話は個々の人生における大きな試練と響きあう。神話は人間経験の典型的な型だというのだ。となれば星の神々が織りなすホロスコープは、一人一人の人生の神話、物語の現れだとみなせる。ユング自身、占星術を神話とともに深く研究したのはこういう考え方ゆえであった。
おとぎ話や童話も同じである。たわいなくみえる童話は、深い無意識の働き、いうなればたましいの「最も純粋で簡明な表現」であるとユングの高弟であった心理学者フォン・フランツは言っている。実際、童話にはときに驚くほど占星術的な象徴を見て取ることができる。
例えばグリム童話の「いばら姫」では生まれたばかりの王女に12人の「女うらない師」たちは次々に富や美といった祝福を与えるのだが、招かれなかった13番目の女が、王女は15歳のときに糸車のつむに刺されて死ぬだろうという呪いの予言をかけた。が、幸い12番目の女がその死の呪いを眠りに弱めてくれた。結果、姫はいばらの生い茂る城の中で100年の眠りにつく。ここでは12と13の対比が印象的だ。象徴的に12は太陽の数、13は月の数とみなせる。1年の間に太陽は12の星座宮を通過し規則的に運行するからだ。太陽は秩序、意識の光、人生を自身で切り拓こうとする力の象徴である。一方、月は1年でおよそ13公転する。太陽と違って月は夜の支配者であり無意識的なものを象徴する。人は人生を12の意識の力で統御しようとするが、そうはうまくいかない。人生をコントロールしようとするほどに、「忘れていた」(無意識的であった)13番目の魔女が登場するわけである。その魔女の呪いが成就するのが15歳のときだというのも実に占星術的。だって、15は「十五夜」、月満ちるときなのだから。
こんな具合に現代の占星術師は神話やおとぎ話に深い人生の暗喩を読み取っていく。だから神話やおとぎ話の知識は必要不可欠なのだ。「いばら姫」を収録した本書はインスピレーションを得るための宝箱のようなもの。
こうした物語解釈の天才がいわずとしれた河合隼雄だ。『猫だましい』にはその妙技、名人芸がいかんなく披露されている。なお、数ある河合隼雄の物語解釈の本の中でもこれを取り上げたのには理由がある。本書冒頭にはこうある。「何らかの『だまし』なしに『たましい』を語るのは不可能である、あるいは、危険である」。象徴である神話が「だまし」であることを忘れ文字通りに受け取ったとき何が起こるか。「神国日本」「大和魂」といった「神話」が引き起こした悲劇を忘れてはならないだろう。神話から学ぶことは実に大なのである。
(かがみ・りゅうじ 占星術研究家・翻訳家)
著者プロフィール
呉茂一
クレ・シゲイチ
(1897-1977)東京生れ。東京大学英文科卒業後、オクスフォード大、ウィーン大に学ぶ。「思想」に発表したギリシア・ローマ文学に関する随想と『ギリシア抒情詩選』の訳業で、西洋古典学者としての地歩を定めた。東大、名大教授のほか、在ローマ日本文化会館の初代館長として日伊文化の交流に尽した。主な訳書に、『イーリアス』『オデュッセイア』『アガメムノーン』などがある。


































