闇の黒猫―北町奉行所朽木組―
649円(税込)
発売日:2013/11/28
- 文庫
- 電子書籍あり
「なぜお江戸に悪党がいないのか。それは朽木の旦那がいるからだ」縄田一男氏大絶賛! 文庫書下ろし。
闇の黒猫。水際立った手口で大金を奪い去る盗賊は、いつしかその異名で呼ばれていた──。腕が立ち、情にも厚い定町廻り同心・朽木勘三郎と、彼に心服する岡っ引たちは、商家の盗難騒動、茶問屋跡取り息子失踪事件を鮮やかに解き、いよいよ江戸の闇夜に跋扈する「黒猫」の正体へと迫ってゆく……。文芸評論家・縄田一男氏に大器と絶賛された、野口卓、入魂の書き下ろし時代小説。
目次
冷や汗
消えた花婿
闇の黒猫
消えた花婿
闇の黒猫
解説 縄田一男
書誌情報
読み仮名 | ヤミノクロネコキタマチブギョウショクチキグミ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 352ページ |
ISBN | 978-4-10-125661-0 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | の-16-1 |
ジャンル | 歴史・時代小説 |
定価 | 649円 |
電子書籍 価格 | 649円 |
電子書籍 配信開始日 | 2015/05/29 |
書評
波 2013年12月号より 時代小説の新たなる旗手
活況を呈している感のある文庫書き下ろし時代小説。次々と新たな書き手も加わり、続々と新たな作品が店頭に溢れている。溢れるという表現が適切かどうかわからないが、次々と出版される作品が、店頭において流れるように消費されてゆく。その流れに流されず、店頭に留まり続け、後世に読み継がれる作品は、意外なほど少ないのかもしれないという寂しさを感じている。
そんな中、時代小説界に、野口卓という新たな旗手が現れた。南国の園瀬藩という架空の藩を舞台とし、隠居剣士・岩倉源太夫を主人公とした連作短編集『軍鶏侍』を読み終えた時の衝撃を今でも覚えている。人づき合いが苦手な源太夫。人間関係の煩わしさから、優れた剣の腕を持ちながら四十歳を目前に隠居し、軍鶏の飼育と釣りで余生を過ごすことに決めて日々暮らしていたが、図らずも藩の政争に巻き込まれてゆく。根底に流れる人の情。武士としてこだわり続けた誇りと面目。つまらぬ見栄に命をかける武芸者の悲哀を感じさせる端正な独特の語り口には、正統派を継承するのだという著者の強い信念がにじみ出ている。
『軍鶏侍』には、もう一つの魅力がある。なんといっても生き物の描写の素晴らしさだ。野口卓は、その生物達に仮託しながら、人間の心の襞の深さを浮き立てて語りたかったのだろう。軍鶏の闘いや巨大な鯉との格闘の場面など丁寧な描写がもたらす臨場感は、抜群のリアリティと余韻を感じさせてくれる。
『軍鶏侍』は、シリーズ化され現在四作目まで刊行されている。デビュー作を含むこのシリーズは、間違いなく後世に読み継いで欲しい作品である。
さて、話題を『闇の黒猫―北町奉行所朽木組―』に移したい。『軍鶏侍』で見せた王道の剣豪小説に対するこだわりを、今後も続けるのかと思っていた野口卓が次に選んだのは、なんと心躍る連作捕物帳だった。北町奉行所定町廻り同心、「口きかん」こと朽木勘三郎率いる朽木組が、市中に潜む謎に立ち向かうのだ。朽木組の人物造形がじつに魅力的だ。岡っ引の伸六、その手下の安吉や弥太、見習いの和助や喜一と個性的なメンバーで構成されている。
朽木組が追い求めているのは、暗闇に潜む黒猫のように、姿を見せず、盗みに入られても数日後に気がつくような仕事をする賊「闇の黒猫」。「闇の黒猫」は、二十年前、勘三郎の父定九郎も追っていた賊なのだ。収録されている「冷や汗」「消えた花婿」「闇の黒猫」、いずれの物語にも黒猫の影が見え隠れする。果たして朽木組は、「闇の黒猫」に辿り着けるのか。
各章の読みどころを詳しく書くと、朽木組と共に謎を解く楽しみを減らしてしまうので、ここではもう一つのテーマに触れたい。朽木組の面々の活躍はもちろんなのだが、ぜひ勘三郎と息子・葉之助の親子関係に注目していただきたい。家族関係が希薄になりつつある現代において、勘三郎の息子への接し方に、子育てのヒントが詰まっている。
「子供というものは、必ずしも一定の角度で直線的に成長するのではないらしい。不揃いな高さや幅の石段を乗り越えて行くように、ぎくしゃくと揺れ、ときには後退し、道草を喰いながらも、大きくなるものなのだ」
「子供は得た知識を人に話すことで、それを確実に自分のものにしてゆく。また考えを整理し、まとめることができる。周りの大人はあれこれ口を挟まずに、黙って聞いてやるのが一番いい」
作中、このように勘三郎の子育てに対する想いが書かれている個所が随所に見られる。人を育てるということにおいて、大切なものは、時代を超え受け継がれていくべきなのだろう。
野口卓の初の捕物帳は、まだ始まったばかり。朽木組の活躍と葉之助の成長をずっと見続けたい。
そんな中、時代小説界に、野口卓という新たな旗手が現れた。南国の園瀬藩という架空の藩を舞台とし、隠居剣士・岩倉源太夫を主人公とした連作短編集『軍鶏侍』を読み終えた時の衝撃を今でも覚えている。人づき合いが苦手な源太夫。人間関係の煩わしさから、優れた剣の腕を持ちながら四十歳を目前に隠居し、軍鶏の飼育と釣りで余生を過ごすことに決めて日々暮らしていたが、図らずも藩の政争に巻き込まれてゆく。根底に流れる人の情。武士としてこだわり続けた誇りと面目。つまらぬ見栄に命をかける武芸者の悲哀を感じさせる端正な独特の語り口には、正統派を継承するのだという著者の強い信念がにじみ出ている。
『軍鶏侍』には、もう一つの魅力がある。なんといっても生き物の描写の素晴らしさだ。野口卓は、その生物達に仮託しながら、人間の心の襞の深さを浮き立てて語りたかったのだろう。軍鶏の闘いや巨大な鯉との格闘の場面など丁寧な描写がもたらす臨場感は、抜群のリアリティと余韻を感じさせてくれる。
『軍鶏侍』は、シリーズ化され現在四作目まで刊行されている。デビュー作を含むこのシリーズは、間違いなく後世に読み継いで欲しい作品である。
さて、話題を『闇の黒猫―北町奉行所朽木組―』に移したい。『軍鶏侍』で見せた王道の剣豪小説に対するこだわりを、今後も続けるのかと思っていた野口卓が次に選んだのは、なんと心躍る連作捕物帳だった。北町奉行所定町廻り同心、「口きかん」こと朽木勘三郎率いる朽木組が、市中に潜む謎に立ち向かうのだ。朽木組の人物造形がじつに魅力的だ。岡っ引の伸六、その手下の安吉や弥太、見習いの和助や喜一と個性的なメンバーで構成されている。
朽木組が追い求めているのは、暗闇に潜む黒猫のように、姿を見せず、盗みに入られても数日後に気がつくような仕事をする賊「闇の黒猫」。「闇の黒猫」は、二十年前、勘三郎の父定九郎も追っていた賊なのだ。収録されている「冷や汗」「消えた花婿」「闇の黒猫」、いずれの物語にも黒猫の影が見え隠れする。果たして朽木組は、「闇の黒猫」に辿り着けるのか。
各章の読みどころを詳しく書くと、朽木組と共に謎を解く楽しみを減らしてしまうので、ここではもう一つのテーマに触れたい。朽木組の面々の活躍はもちろんなのだが、ぜひ勘三郎と息子・葉之助の親子関係に注目していただきたい。家族関係が希薄になりつつある現代において、勘三郎の息子への接し方に、子育てのヒントが詰まっている。
「子供というものは、必ずしも一定の角度で直線的に成長するのではないらしい。不揃いな高さや幅の石段を乗り越えて行くように、ぎくしゃくと揺れ、ときには後退し、道草を喰いながらも、大きくなるものなのだ」
「子供は得た知識を人に話すことで、それを確実に自分のものにしてゆく。また考えを整理し、まとめることができる。周りの大人はあれこれ口を挟まずに、黙って聞いてやるのが一番いい」
作中、このように勘三郎の子育てに対する想いが書かれている個所が随所に見られる。人を育てるということにおいて、大切なものは、時代を超え受け継がれていくべきなのだろう。
野口卓の初の捕物帳は、まだ始まったばかり。朽木組の活躍と葉之助の成長をずっと見続けたい。
(たぐち・みきと 書店員)
著者プロフィール
野口卓
ノグチ・タク
1944(昭和19)年、徳島県生れ。さまざまな職業を経て、編集者・ライターとなる。その傍ら、ラジオドラマの脚本や戯曲を執筆。1993(平成5)年、一人芝居「風の民」で第3回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、『軍鶏侍(しゃもざむらい)』で小説家として鮮烈なデビューを果たし、評論家、メディアから絶賛を浴びる。2012年、同作で歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。『闇の黒猫 北町奉行所朽木組』をはじめ、「軍鶏侍」シリーズ、「ご隠居さん」シリーズ、「手蹟指南所『薫風堂』」シリーズなどが好評を博している。著書多数。
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