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かけがえのないもの

養老孟司/著

506円(税込)

発売日:2009/01/01

書誌情報

読み仮名 カケガエノナイモノ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-130835-7
C-CODE 0140
整理番号 よ-24-5
ジャンル エッセー・随筆
定価 506円

決定版人生論。人間がつくったものを信用してはいけない……。養老先生がもっとも伝えたかったこと、全九章。

かけがえのないもの、それは人の手のはいっていないもの、すなわち自然、子ども、からだ……。予測のつかないそれらとの付合い方を、日本人は知っていたはずだ。結果を予測し、何事にも評価を追い求める生き方はつまらない。何が起きるか分からないからこそ、人生は面白い。自分で考え、まずやってみよう。養老先生が一番言いたかったことをまとめた、養老流人生論のエッセンス。

目次

第一章 自分のことがわからない

前提は生きていること/パイロットの才能の見つけ方/ダーウィンとミミズ/長嶋流の物理学/何億年もかけて受け継がれてきたもの/運動ができること、運動を調べること/ヨコ型の西洋、タテ型の日本

第二章 人間の構造

動く構造/機械としての構造/ピアノと聴覚細胞/機能としての構造/機能と枠組み/個体発生による説明/歴史的な説明/情報による構造の説明/脳という情報系統/目が構造をつくりだす/自然のものと人工のもの/意識と無意識/心と身体の折り合い

第三章 かけがえのない未来

未来を食う社会/時間泥棒/不幸な契約/子どもの財産/手入れという思想/手入れのコツ/無意味な質問/生老病死をなぜ嫌う/アメリカも日本も同じ/不安の違い/覚悟と死語/みずから選びとる人生

第四章 わけられない自然

言葉が自然を切り分ける/男と女/男とも女ともいえない性/社会的な性、社会的な死/考えない前提/男性社会の起源/人間の自然性

第五章 かけがえのない身体

人工身体と自然の身体/暴力はなぜ禁止されるのか/脳が現実を決める/国体という言葉/いろいろな現実/脳は機能の共有/社会というものの定義/唯一客観的な現実があるという信仰/身体の現実/中世人の鋭い目/脳化した江戸時代/尺度としての脳/自然の身体を取り戻す

第六章 からだは表現である

その人がその人であるところのもの/死体は身体の典型/生と死を明確に切る文化/塩をまく習慣/いないことになっている子ども/らい予防法のこと/数字に化けた透明な身体/正常値と異常値/アタマは平均を外れろ、身体は平均に寄れ/血圧三〇〇?の東大生/置き換え可能な身体/健康保険の論理/かけがえのない自然の身体/ケアとキュア/都市化と人工身体/裸が許されない理由/都市の平和/「首から上」「首から下」/型と文武両道/無意識の表現/以身伝心/マスコミと軍隊/身体の意味

第七章 自然と人間の共鳴

人間がモノに見えるか/胎児の大きさ/ホラー映画の世界/二人称と三人称の死体/死者の人権/人工物は名前が変わる/人間の尺度、自然の尺度/荻生徂徠と二宮尊徳/宗教の役割/黄河をつくった中国人/豊かな自然と日本の文化/自然と人間の共鳴

第八章 かけがえのない自然

頭上を舞うチョウ/山林の種類/手入れと里山/一周遅れのマラソンランナー/カニやホタル/サツマイモとカボチャ/子どものものを削り取る/都市化と銀座/都市の約束事/子どもという自然/セリエの遺言/お墓に持っていけるもの/奨学金の矛盾/過去を否定してはならない

終章 意識からの脱出

GNPでなくGNH(ハッピネス=幸福)/暗黙のルール/外は異境異界/鎌倉時代の人の自然/古代宮廷人は現代人/自然と共存する仏教/昆虫の合目的的行動/ノイローゼになる人間/ゴキブリと近代文明/予定通りにならない人生/手帳に書かれた現在/未来の素晴らしさ/無意識という大きな世界/死語の背景/ブータンと日本の交換留学/意識からの脱出

あとがき
解説 玄侑宗久

立ち読み

第一章 自分のことがわからない

前提は生きていること

 自然の一部としての人間は、まさにかけがえのない存在です。しかし、この「かけがえのない」という言葉も、自然を抜いて人間関係だけに絞ると意味が微妙に変わってきます。たとえば、余人をもって替えがたし、かけがえのない人といった言い方がありますが、そこには人への評価がつきまとっています。この「人をどう見るか」(どう評価するか)というのはなかなか難しいものです。人をどう見るかということ自体が、本当はよくわからないからです。
 人をどう見るかというとき、相手が生きているという前提に立っています。しかし、私がこれまで解剖学で見てきた人というのはみんな死んでいました。これでは人をどう見るかもなにもなく、はっきりとそこに見えています。
 人は死ぬと、一視同仁、どんな人も同じように見えてきます。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という感じがします。祈園精舎というのはインドのお寺で、そこに無常堂というお堂がある。祈園精舎のお坊さんが死にそうになると、この無常堂に運ばれます。堂の四隅にそれぞれ四つの鐘が下がっていて、お坊さんがいよいよ死ぬとなると、鐘が勝手に鳴るのだそうです。
 その鳴り方が決まっていて、最初の鐘は「諸行無常」で次の鐘が「是生滅法」、三番目の鐘が「生滅滅已」で、最後の鐘が「寂滅為楽」。そんなふうに鳴るという。

パイロットの才能の見つけ方

 では生きている人をどのように見るか――。終戦時に日本海軍の大佐だった源田実が書いていますが、戦時中、パイロットがどんどん討ち死にしていくために、補充しなければなりませんでした。パイロットを育てるには費用もかかるし、急いで育成しなくてはならない。しかし、誰でもいいというわけにはいかない。そこで、選別のために、パイロットとしての適性を調べようとしたそうです。ところが、どうやってもうまくいかない。最終的にどうしたか――。なんと、よく当たると評判の人相見を連れてきて、候補者を見せて選ばせたら、それがいちばんうまくいったということです。
 じつはアメリカでもまったく同じ問題が起きていました。しかし向こうは心理学者を動員して、パイロットにふさわしい人間の選別をやらせました。その中にギブソンという心理学者がいました。のちにアフォーダンス理論を提唱するジェームズ・ギブソンです。この人がどうやったら効果的な選別を行えるのか、いろいろ研究しました。
 最初にやったのは、目のいい人を選ぶこと。ところが、目がいいからといってもパイロットの適性があるとは限りませんでした。考えてみればわかることですが、飛んでいるときは空しか見ていないので目の良し悪しは関係ない。
 そこで、パイロットに適した目のよさとは何かを考えました。事故が多いのは着陸のときで、パイロットにとっていちばん重要なのは、じつは飛行場に降りる時です。着陸のとき、パイロットはいったい飛行場や滑走路をどう見ているのか。
 飛行場というのは、芝生や雑草が一面に生えている中に、コンクリートの滑走路がふつう一本走っている。遠近感がはっきりしません。そんな中でパイロットは一体なにを、どのように見ながら降りていくのでしょうか。
 ここで気がついたのが、「肌理」の違いでした。高度を下げて滑走路に近づいていくと、ベターッと一面の緑だった草地が、一本一本まで見分けがついてくるようになります。つまり緑の肌理が変わってくるのです。そこで、ポイントは肌理の動きではないかという仮説を立てて、実験をしました。ところがそのうちにパイロットの選別はどこかに行ってしまって、新しい心理学の理論ができました。
 文化的伝統なのかどうか知りませんが、ともかく同じパイロットの選別という人の見方の話から、日本の場合は人相見に頼る話になり、アメリカでは新しい心理学理論が生まれた。人の見方がこれほど違うのはおもしろいと思います。ちなみにこの新しい心理学は、今では専門に研究している人までいる、大きな分野になっています。

ダーウィンとミミズ

 では動物は世界をどう見ているのか。かつて、そういう研究をした人がいるかどうか調べてみると、やっぱりちゃんといました。あの進化論で有名なチャールズ・ダーウィンです。彼はミミズの研究でも有名です。ミミズが土を耕やすことを発見したのはダーウィンです。ミミズというのは、自分で穴を掘ってその穴の中に入っている。その入り口を葉っぱで塞ぐのですが、さらにダーウィンが調べたのは、穴を塞いでる、その葉っぱでした。
 ミミズはどうやって葉っぱで穴を塞ぐのか。葉っぱには先の尖った端と丸い端がありますが、たいがいのミミズが、尖ったほうの端を引っ張りこんで蓋をする。ダーウィンはいろいろなミミズの穴を調べて、そのことを発見しました。
 暇な人もいるものですが、そこでやめないのがダーウィンのえらいところで、今度は自分でミミズを飼いました。そして、箱の中にミミズと土を入れて、葉っぱの代わりに紙を切って入れてみたのです。
 尖った端と丸い端を紙でつくって、どっちの側から引っ張りこむかを観察したら、やっぱり尖ったほうから引っ張りこんでいる。なんでミミズが葉っぱの一方が尖っていてもう一方が丸いことをわかっているのか、いまなお謎のままです。科学は謎を次々に解明していると思われがちですが、そうではないという一例です。この例のように、動物が世界をどう見ているのか、わからない部分のほうが多いのです。

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著者プロフィール

養老孟司

ヨウロウ・タケシ

1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。心の問題や社会現象を、脳科学や解剖学などの知識を交えながら解説し、多くの読者を得た。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。新潮新書『バカの壁』は大ヒットし2003年のベストセラー第1位、また新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。大の虫好きとして知られ、昆虫採集・標本作成を続けている。『唯脳論』『身体の文学史』『手入れという思想』『遺言。』『半分生きて、半分死んでいる』など著書多数。

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