ホーム > 書籍詳細:少年H〔上〕

「まだ読んでいない」というあなたへ。200万部のベストセラーに写真とイラストを追加した決定版!

  • 映画化少年H(2013年8月公開)

少年H〔上〕

妹尾河童/著

724円(税込)

本の仕様

発売日:2000/12/01

読み仮名 ショウネンエイチ1
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-131106-7
C-CODE 0193
整理番号 せ-4-6
ジャンル 文芸作品
定価 724円

神戸の海辺の町に「H」と呼ばれた少年がいた。父親は洋服の仕立て職人。母親は熱心なクリスチャン。二つ歳下の妹の四人家族。Hが小学五年生のとき、戦争が始まった。父親がスパイ容疑で逮捕され、Hが大好きな映写技師のお兄ちゃんも、召集を逃れて自殺する。戦争の影が不気味に忍びよってくる。Hは何を見て何を感じたか? 戦争を子供の視点で描いた感動の超ベストセラー。

著者プロフィール

妹尾河童 セノオ・カッパ

1930(昭和5)年、神戸生れ。独学で舞台美術を修め、1954年、「トスカ」でデビュー。以来、演劇、オペラ、バレエ、ミュージカルなどの舞台美術を初め、テレビ美術など映像デザインの分野においても活躍中の、現代日本を代表する舞台美術家。“凝り性”のエッセイストとしても知られ、『覗いた』シリーズ他、『河童のスケッチブック』(文藝春秋)等。小説『少年H』では1997(平成9)年度「毎日出版文化賞・特別賞」を受賞。他に著書多数。

書評

それぞれの「戦争体験」

冨士眞奈美

 何年か前の六本木の夕暮れ時、4、5人連れで車に乗った河童さんとすれ違った。
「小説っていうの書き上がった?」とこちらは道を歩きながら大声で訊ねると、「うん。書き終わったばっかりだよ。楽しみにしていてね」と窓から手を振り、笑いながら走り去った。
 河童さんはいつどこで会っても変わらない。イキイキしている。少年のまま、大人になったような人である。その好奇心とイキのよさは周囲の人たちを楽しませてくれるが、時に困らせもする。
 彼がまだ若くて威勢が今以上によかった頃、本当に女性好きだった。そして、好きになった女性を家に連れ帰り、妻の茂子さんに、「彼女、素敵だろう。僕、好きなんだ」と紹介したという。それを聞いた友人は、口々に「そりゃないよ!」と怒ったが、本人は、「どうして? カミサンはそんなことしないでと言わないよ」と答えたそうだ。ぜんぜんわかっていないのである。茂子さんがおおらかなので続いているようなものだが、河童さんは子供より始末に悪い部分もある人だ。とにかく、これぞと思ったことに向かってまっしぐら。とても、70歳だとは思えない“典型的なB型オトコ”である。
 そんな河童さんが志を立て、小説を書いた。『少年H』である。少年の肇(はじめ)ことHが、自分の眼でしっかり見、体験し、感じ、考えた“戦争”のことを、次の世代に伝えたいと書き残した情熱と努力に感服した。この小説の中のHと呼ばれた少年が、いまの河童さんと全く同じなのが面白いし、その一途さに共感も覚える。
 先日法事で帰省した折。お経を唱え終えた坊さんが私の方へ向き直り「あんた妹尾河童と知り合いだって? いい人を知ってるねえ。わたしゃ『少年H』を読んでえりゃあ感心したよ」とお念仏より力を込めて話しかけてきた。「同い年だしいろいろ感じる所が多かった。だけんど神戸とここらじゃ、同じ戦争体験でも違ぁもんだねぇ」
 そうなのだ。戦争は国民すべてにとって悲劇であり悪であるが、その形態・影響はさまざまで異なった結果や災禍をもたらす。伊豆半島の坊さんにも「私の戦争体験」があり、神戸の須磨地区にも「私の戦争体験」をした舞台美術家がいたのである。
 私はスペインで酒場をやっている友人に『少年H』を送った。広島で原爆の地獄を見た彼にも「私の戦争体験」があるのだ。
 マネの裸婦を模写したノートを軍事教官に咎められ、鉄拳制裁を受け続ける少年H。身を守るため教練射撃部に入部した中学1年生のHを待つものは……。上巻を読み終えた時、私は涙を堪えながら、すぐに下巻を読み継ぎたいと思った。作者初めての書き下ろし小説だが、小説でありフィクションもないまぜになっているはずだという客観性を読む者に許さない面白さだ。作者自身である少年Hを活写して読者をぐんぐん引っぱってゆく。
 戦争という投網にがんじがらめにされながら、ピチピチと手足をいっぱいに伸ばし、好奇心の赴くところ跳ね回ることをやめない少年H。Hの成長と日常を追いながら、作者は時代背景や状況を克明に描いている。本職である舞台美術や細密イラストにみる正確さ緻密さ。物語性(エピソード)をたっぷり織り込んで。記憶の確かさは色彩感覚にも顕著で驚かされるが、当時の神戸の地理や時局など記録の綿密な取材にも感嘆させられた。記憶と記録の見事な合体だ。半世紀前の日本が鮮やかに甦っている。
 少年Hはクリスチャンの家庭に育ち、リベラルな父は外国人の客が多い洋服屋(テーラー)である。「愛やねえ」「神にザンゲなさい」が口癖のユニークな母。当時としては神戸ならではの特殊な家庭環境かもしれない。可愛い妹や級友、近所の人々との交流などがいきいきとユーモラスに描かれてゆく。非常時に於ける家族の絆、友愛、そして残酷な現実をみつめる少年Hの視点は鋭くシニカルだ。
 須磨の海に遊ぶ少年達の姿が平和の象徴のように心に残る。漢字の殆どにルビをふってあるのは嬉しい配慮で、現代の少年少女達に読んでほしいという作者の願いであろう。

(ふじ・まなみ 女優)
波 2000年12月号より

関連書籍

感想を送る

新刊お知らせメール

妹尾河童
登録する
文芸作品
登録する

書籍の分類

この分類の本