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深追い

横山秀夫/著

737円(税込)

発売日:2007/04/25

  • 文庫

横山ミステリーの最高峰! ある警察署に勤務する7人の男。彼らの人生を変えた7つの事件。

不慮の死を遂げた夫のポケットベルへ、ひたすらメッセージを送信し続ける女。交通課事故係の秋葉は妖しい匂いに惑い、職務を逸脱してゆく(表題作)。鑑識係、泥棒刑事、少年係、会計課長……。三ツ鐘署に勤務する七人の男たちが遭遇した、人生でたった一度の事件。その日、彼らの眼に映る風景は確かに色を変えた。骨太な人間ドラマと美しい謎が胸を揺さぶる、不朽の警察小説集――。

  • テレビ化
    横山秀夫サスペンス(2011年3月放映)
目次
深追い
又聞き
引き継ぎ
訳あり
締め出し
仕返し
人ごと

書誌情報

読み仮名 フカオイ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 384ページ
ISBN 978-4-10-131671-0
C-CODE 0193
整理番号 よ-28-1
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 737円

インタビュー/対談/エッセイ

波 2007年5月号より [横山秀夫『深追い』刊行記念]  その一歩を踏み出せるか?  横山秀夫『深追い』

横山秀夫

現在、最も注目される作家である横山秀夫さんの作品集が、新潮文庫に初収録されます。ある警察署に勤める七人の男たちの人生を変えた七つの事件を描く『深追い』。その魅力に迫ります。


――横山さんの警察小説には、今回の作品集のように、地方の県警を舞台にされているものが多いですが、なぜでしょうか?

 私は大学を卒業するまでは東京で育ち、群馬で社会人として働き始め、現在もそこで生活しています。個人的な背景から地方に目が向くということもありますが、最も大きな理由は、地方のほうが組織や共同体の構図をズバリ提示できるからです。県警でも警視庁でも、突き詰めてゆけば、組織の仕組みは同じ。それが大きいか、小さいかの違いがあるだけです。あまりに組織が巨大だと、ストーリーも人物もセクショナリズムに囚われて全体像が見通しにくくなる。主人公の視界を広くし、思考も深くしたい。そうした意味で、地方にこだわって書くのは必然なんです。

――この作品集では、苦悩するひとりの人間としての警察職員が描かれていますね。


 私は十二年間、新聞社に属し、その後フリーになったので、内側からも外側からも「組織という存在」を見つめる時間を十分に持つことができました。組織と個人の軋轢や組織から個人へかけられる負荷を「事件」として捉えるのは、私自身の心情からにじみ出た手法です。共同体と無縁でいられる人間はいません。今回の『深追い』も、そんな視点で描いた作品集です。

――表題作「深追い」には、ポケットベルという過渡期のメディアが効果的に使われていますが。

 デビュー作となった「陰の季節」を執筆したときにも、警察に防犯部(現・生活安全部)という名称があったことを残したくて、数年前にさかのぼった舞台を設定しました。「深追い」の雑誌発表当時の一九九九年初頭には、外回りの仕事をする人にとって体の一部にまでなっていたポケベルが、瞬く間に携帯電話に駆逐され、見る影もなくなってきていた。何とか活字に残したいという思いがありました。今年の三月いっぱいでポケベルのサービスが完全に廃止になったというニュースを聞いて、感慨深かったですね。

――続く「又聞き」では、幼い頃にある事件の当事者になった人間が、警察官となったという設定です。

 警察小説を書くときにはいつも、「主人公はどうして警察官になったのか?」と考えます。その動機は実にさまざまなものがあるわけで、考えているうちに本編のストーリーができてゆくことがあります。「又聞き」はその典型的なケースですね。
 ミステリーの仕掛けから発想するもの、警察の特殊性から発想するもの、自分の心の中に思いがけない感情を発見して筆が動き出すもの、作品が生まれるきっかけはさまざまです。

――最終話として置かれた「人ごと」は、他の作品とテイストが少し違いますね。

 この作品の主人公は署の会計課長で、警察官ではない普通職の人間です。私がサツ回りをしていたときに見た、警察署の片隅の小さな花壇の映像がふと浮かんで、そこから作品イメージが膨みました。組織べったりではない普通職員の目を通して、この作品でそれまで登場した警察官たちをやさしく包みたいというか、別の生き方の可能性を暗示したい意図があって、発表順ではなく、最後に配置しました。

――それぞれの作品に登場する主人公たちは、われわれとかけ離れた存在ではありません。

 読者としては見たこともない場所に連れていってくれる小説を読むのも好きですが、実作者としては、仕事場の窓から見える家やビルの中で起きていそうなことを考えるタイプですね。
 私は、信念というものを信じていません。危機に陥った時、凝り固まった何かを持っていて、それによって即座に重大な決断を下せる人間がいると思うのは幻想です。一つの決断に至るまでには、過去の体験がどうあれ、保身や邪心などさまざまな負の感情が胸に渦巻くはず。それらを振り切り、あるいは、追い詰められてそうするしかなく次の一歩を踏み出す人間の姿こそが生々しい。「なけなしの矜持」とでも言うんでしょうか、その積み重ねが結果的に信念のように見えることもある、と考えています。
 ですから作品の中では、主人公やその対抗者に結晶化した性格を与えずに「余白」を持たせることが多い。「彼は今、保身にベクトルが向いている」といった瞬間を大切にしたいからです。この作品集はとりわけその傾向が強いですね。主人公が自分の弱さや浅ましさをあらかた見つめてしまった上で、「さて、どうする?」を書きたかった。いきおい主人公にはかなりの負荷をかけることになりました。人にはそれぞれ、職種や立場によって「これだけは起きてほしくない」と密かに恐れていることがありますよね。そんなものをあえて彼らに背負わせました。我ながら本当に嫌な奴です(笑)。

――表題作をはじめそれぞれの作品が、個人と組織というテーマと絡み合いながら、ミステリーとしての面白さも十二分に備えています。

 もともとミステリーを読むのは好きでしたが、なぜミステリーを書いているかといえば、結末に「最初とは異なる絵」を見せたいからです。隣の席に座っている人は当然、自分と同じ現実を見ているであろう、という思い込みを壊したい。私は五十年生きてきましたが、年を重ねるほどに分からないことが増えていく実感があります。同じ環境に置かれていたとしても、自分とは全く異なるかたちで世界を把握している人がいる。その認識の欠如がスレ違いを生む。自分のまわりを見渡しても、死ぬまで解けないだろうなという謎がたくさんありますしね。

――短編小説の作家という印象も強いですが。

 ここのところ、長編の執筆が続いています。短編を書く時間がとれず、ストレスを感じています。短編は「何を書いて何を書かないか?」という選択が、とてもスリリングなんです。この話を書きたいと思ったときに、削らなければならない部分と残さなくてはならない部分を見極めるわけですが、「この部分はあえて書かない」という選択も作品の一部になります。
 情景描写はあまり描かないほうですが、どれほど空が晴れ渡っていたとしても、心に深刻な問題を抱えていれば風景は無彩色にみえますよね。枚数が限られた短編小説という形態においては、文章のひとつひとつが主人公の主観的世界であり、ミステリーの伏線でもあると考えています。

――今回も文庫化にあたり、文章ひとつひとつから見直されました。

 作家は本を売って食べているからです。文庫化で新たな対価を得る以上、その対価を超える作品を送り出すことができて初めて職業人の面目が立つ、と考えています。それが現実に達成できているかどうかは読者の判断に委ねるほかありませんが、ともかく、送り手としての努力を惜しんではならない、と。
 今回も一行一行、じっくり点検しました。心理描写の過不足を調整し、言い回しの変更や段落の組み替えなどもかなりやりました。ただ、それぞれの作品に打ちこんだ魂というか、作品の心棒をなす部分には触らず、最初に書いた時のまま生かしています。『深追い』の収録作品を書いてからずいぶん年数が経ち、その間、私自身もさまざまな経験をしてきました。物事についての考え方が変化したところもあります。でも、作品に打ち込んだ魂はいじらないというのが、自分なりの手直しのルールです。そこをいじってしまったら、もう別の作品ですし、なにより、新たな魂は新たな作品に注ぎ込むべきでしょうから。
 その時点でやれることをすべて行って、クオリティを少しでも上げたい。それが、刊行形態が変わるたびに多くの時間を手直しに費やす、たったひとつの理由です。なかなか新作が出ないので、のんびりしているとお叱りを受けることもありますが、一日の休みもなく働いてはいるんです(笑)。


(よこやま・ひでお 作家)

著者プロフィール

横山秀夫

ヨコヤマ・ヒデオ

1957(昭和32)年、東京生れ。国際商科大学(現・東京国際大学)卒。上毛新聞社での12年間の記者生活を経て、作家として独立。1991(平成3)年、『ルパンの消息』がサントリーミステリー大賞佳作に選出される。1998年「陰の季節」で松本清張賞を受賞する。2000年、「動機」で日本推理作家協会賞を受賞。2021年11月現在、最も注目されるミステリ作家のひとりである。『半落ち』『顔 FACE』『第三の時効』『クライマーズ・ハイ』『看守眼』『臨場』『出口のない海』『震度0』『64』『ノースライト』などの作品がある。

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