我は景祐―幕末仙台流星伝―
1,100円(税込)
発売日:2022/12/23
- 文庫
- 電子書籍あり
義を貫き、儚き命を燃やす。東北の雄藩に生きた知られざる英雄。著者新境地、感涙の時代長編!
仙台藩にもおぬしのような切れ者がいるとはな――。桂小五郎にそう言わしめた若き藩士・若生文十郎景祐(わこうぶんじゅうろうかげすけ)。六尺の長身に柔和な瞳、豪胆でいて細心な気質は自藩を真摯に憂えていた。鳥羽伏見の戦いの後、朝敵・会津藩追討を命じられた仙台藩は窮地に。会津進攻を唱える世良修蔵殺害を機に藩士たちは奥羽越列藩同盟を導き、戊辰戦争へとひた走ってゆく。幕末の新たな英雄を描く感涙の時代長編。
戊辰の春
武備恭順
奥羽鎮撫使
藩主出陣
同盟の萌芽
破局と同盟
暗雲
攻防
瓦解
敗走
謀略
解兵
混乱
騒擾
解説 安部龍太郎
書誌情報
読み仮名 | ワレハカゲスケバクマツセンダイリュウセイデン |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | ヤマモトマサアキ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 672ページ |
ISBN | 978-4-10-134154-5 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | く-31-4 |
ジャンル | 歴史・時代小説 |
定価 | 1,100円 |
電子書籍 価格 | 1,100円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/12/23 |
書評
知られざる北の戦い
面白い男が京に上ってきた。
鴨川で羽を休める翡翠を見て、
「あの翡翠、広瀬川でも見た気がするのだが……」
というので、男の連れが、
「まったく同じ翡翠ということにござりますか」
と問うと、
「さよう」
と答える。
翡翠が雁のように渡ってくることはないので呆れていると、この生涯、翡翠を愛した男は、我関せず、という面持ちで川面を眺めている。
男の名は若生文十郎景祐。仙台藩筆頭奉行(家老)の命を受け、京の情勢を探りにきた人物である。六尺の長身、柔和な色の瞳を持ち、ために人に威圧感を与えることはない。連れの男は従者の小島寅之進。が、彼は、文十郎が、温厚そうに見えるが、実は豪胆な性格の持ち主であることを知っている。
この春風駘蕩然とした男は、この一巻ではじめて歴史小説の主人公となり、仙台藩ははじめて戊辰戦争を描く軸となり得た。そして作品はまさに巨篇といっていい。
そして京に着くとその足で藩邸へ行くかと思いきや、さまざまな情報が集まる島原の置屋・田澤屋に居座り、偽名を名乗ってやってきた男を一目で桂小五郎と見破る。
京の町は、池田屋騒動の直後で、かえってこれで倒幕派の意気がたかまったとされ、小五郎が辛くも救かったのは、読者諸氏も御承知の通り。
文十郎は、引き続き情報収集につとめるが、彼が仙台に帰藩したあたりから、話は俄に風雲急を告げるようになる。
奥羽鎮撫使としてやってきた悪名高き世良修蔵の横暴ぶりに、仙台藩では怒りが頂点に達していたからだ。
ここで作者ははじめて文十郎の凄味を描く。
「即刻、叩き斬る」
憤りも怨念も、およそ情念らしきものをかけらも含まない醒めた声色が、かえって十太夫の背筋に冷たいものを走らせた。
が、世良の首を落とすことは、奥羽討伐の口実を薩長の新政府に与えてしまうことになる。
そして会津や長岡を含んだ奥羽越列藩同盟拡大へと物語は続く――。
その仙台藩の中で主力となり得るのは、
・質実剛健で冷静沈着な若生文十郎率いる折衝隊。
・天衣無縫で直情径行の星恂太郎率いる額兵隊。
・大胆不敵で海千山千の細谷十太夫率いる鴉組。
といった面々である。
そして文十郎は、
「薩長の本音は、あくまでもおのれが政治の中枢にいて天下を意のままに操ること。衆議公論のもとに共和の政治を目指す我々とは、根元の部分で相容れぬ」
と、結論を出す。
そして、後半は遂に泥沼の戦闘に――。
そんな中、訪れた幸運は、上野から逃れ、仙岳院に入った輪王寺宮が、仙台城に入城し、遂に奸賊たる薩長討伐の令旨を発し、さらに、会議所から公議府と名前を変えた白石城に入り、奥羽越列藩同盟の盟主に就任する段取りとなったのである。いわば、北方政権の誕生である。
が、その一方で秋田藩の離反からはじまる同盟のなしくずし的崩壊がはじまる。
その中で文十郎は、多くの民百姓の辛苦を顧みぬ武士の面目を保つための戦いになりつつあることを深く後悔。これが結末近くの感動への伏線となって活きてくるのである。
しかし、このような有様と成り果てつつも、新政府軍に救けてもらおうと、奸党派=主戦派狩りを行う背信の徒が横行する。
そして、最後まで、人間の善悪と欲望が交錯する戦いの果てに空高く飛ぶものは何か――。
知られざる史実を描破し切った労作に頭を下げずにはいられない。
(なわた・かずお 文芸評論家)
波 2019年12月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
熊谷達也
クマガイ・タツヤ
1958(昭和33)年、宮城県生れ。東京電機大学理工学部卒業。1997(平成9)年『ウエンカムイの爪』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2000年『漂泊の牙』で新田次郎文学賞、2004年『邂逅の森』で山本周五郎賞、直木賞を受賞。ほかの著書に『翼に息吹を』『調律師』『潮の音、空の青、海の詩』『明日へのペダル』『孤立宇宙』などがある。仙台在住。