ホーム > 書籍詳細:贖罪

990円(税込)

発売日:2018/12/22

  • 文庫

少女の嘘が、愛し合う二人を引き裂いた。償いは可能なのか――現代英文学の最高傑作。

13歳の夏、作家を夢見るブライオニーは偽りの告発をした。姉セシーリアの恋人ロビーの破廉恥な罪を。それがどれほど禍根を残すかなど、考えもせずに――引き裂かれた恋人たちの運命。ロビーが味わう想像を絶する苦難。やがて第二次大戦が始まり、自らが犯した過ちを悔いたブライオニーは看護婦を志す。すべてを償うことは可能なのか。そしてあの夏の真実とは。現代英文学の金字塔的名作!

目次
第一部
第二部
第三部
ロンドン、一九九九年
 謝言
 訳者あとがき
 解説 武田将明

書誌情報

読み仮名 ショクザイ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 Chiris Frazer Smith/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 640ページ
ISBN 978-4-10-215725-1
C-CODE 0197
整理番号 マ-28-5
ジャンル 文芸作品
定価 990円

書評

原作を携え、映画館へGOのこと!

豊崎由美

 一人の少女がついたひとつの嘘。それが、ひと組の若いカップルの人生を狂わせていく――。今回「つぐない」として映画化された『贖罪』は当社比的にいえば、現代イギリス文学を代表する作家イアン・マキューアンの最高傑作なんであります。
 物語は1935年夏、十三歳の少女ブライオニー・タリスが休暇で帰省する兄とその友人を自作の芝居で迎えるべく、朝から大忙しという牧歌的なシーンから幕を開けます。タリス家に預けられた従姉弟(十五歳のローラと九歳の双子の兄弟)を巻き込みながら、しかし、芝居の準備は遅々として進みません。一方、大学卒業後の身の振り方が定まらない姉のセシーリアは、自分をこの退屈な屋敷に引き留めているものの正体がわからず苛ついているのですが、やがてそれは明らかになります。それは使用人の息子で幼なじみのロビーの存在。ぎこちない会話と小さな諍いを経て、二人は互いの気持ちを確かめあうのです。ところが家出した双子を探している最中に、ローラが強姦される事件が発生。淡い恋心を抱いているがゆえの幾つかの誤解を通して、ロビーに愛情と背中合わせの憎しみを抱くようになったブライオニーは、虚偽の告発をしてしまいます。「犯人はロビーだ」と。
 たった二日間の出来事を描き尽くし、美しくも残酷な余韻を残す第一部。三年半にも及ぶ刑務所暮らしの後、第二次世界大戦に従軍し、フランスで敗走しているロビーと、彼に手紙を出し続けるセシーリア。二人の強い愛を、戦争という悲劇の中にくっきりと浮かび上がらせる第二部。見習い看護士になり、かつて自分がついた嘘、その罪の意識にさいなまれ、贖罪を心の底から願うブライオニーの心の葛藤を描く第三部。ローラを襲った真犯人は誰なのか、ブライオニーが狂わせてしまったロビーとセシーリアの人生は修復可能なのか、果たしてブライオニーは罪を贖うことができるのか。あの“たった二日間”の後の人生を描く第二・三部がもたらすサスペンスは、滋味と痛みと感動を伴って読者を文字通り震撼させます。そして願わずにはいられなくなるはずなのです、贖罪の成就を、三人の幸せと和解を。
 が、わたしたちはその後、とても残酷なエピローグを迎えなくてはなりません。1999年、七十七歳になり、医師から脳血管性痴呆を宣告され、自分の人生の終幕を予感しているブライオニー、この物語の語り部たる彼女は読者にある事実を明かすのです。その告白がもたらす衝撃と哀しみ、やがてもたらされる諦念は、わたしたちを第二・三部の物語へと立ち返らせずにはおきません。
 罪を贖うことの可能・不可能性を深く追求して容赦ない物語であると同時に、十九世紀末から現代に至る小説の骨法を注ぎこむことで文学の可能・不可能性をも追求したこの傑作を映画化ぁ? 正直いって、観る前からがっかりしていたのです。というのも、傑作であればあるほど小説は言葉でなくてはできない表現、つまり映像化不能の表現をとっているわけで、それを理解せず、ただ物語を愚直に追いかける、もしくは無神経にはしょる映画があまりにも多いので。が、しかし――。嬉しいことに、杞憂だったのです。ジョー・ライト監督はこの小説の魅力を、わたしなんかよりずっと深く理解していたのです。幾つかのシーンをブライオニーとロビー&セシーリア双方の視点から描くことで、事実はひとつではなくそれを見る者の心の数だけあるという、原作の中の重要なモチーフのひとつを見事に表現。かつ、英語にして十三万語を有するこの長篇作品を、“言葉にしない”という逆説的な手法で克服。台詞を極力抑え、あくまで映像での表現にこだわる寡黙な演出を選択することで、逆に原作のテーマを純化した形で抽出することに成功しているのです。
 いや、ほんとに、これほど原作と映画化作品の魅力が拮抗している例もあまりありません。観る前に読むか、読む前に観るか、大いに悩むところではありますが、いずれにせよ両方楽しむが大吉。これを機にめでたく文庫化なった原作を携え、黄金週間は映画館へGOのこと!

(とよざき・ゆみ 書評家)
波 2008年3月号より

著者プロフィール

1948年、英国ハンプシャー生まれ。シンガポール、トリポリなどで少年時代を過ごす。イースト・アングリア大学創作科で修士号を取得後、第一短篇集『最初の恋、最後の儀式』(1975)でサマセット・モーム賞を受賞。『アムステルダム』(1998)でブッカー賞受賞。『贖罪』(2001)で全米批評家協会賞など多数の賞を受賞。2011年、エルサレム賞受賞。現代イギリスを代表する作家のひとり。他の作品に『初夜』『ソーラー』『甘美なる作戦』『未成年』『憂鬱な10か月』など。

小山太一

コヤマ・タイチ

1974年、京都生れ。ケント大学(英国)大学院修了。立教大学教授。マキューアン『愛の続き』『アムステルダム』『贖罪』『土曜日』、ピンチョン『V.』(共訳)、オースティン『自負と偏見』、ジェローム『ボートの三人男』など、訳書多数。

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