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ロゼッタストーン解読

レスリー・アドキンズ/著 、ロイ・アドキンズ/著 、木原武一/訳

990円(税込)

発売日:2008/05/28

  • 文庫

その瞬間、若き天才は気を失った。失われた古代文学解読――興奮の歴史ドラマ。吉村作治氏推薦!

「とうとうやった!」兄に向かって叫んだ彼は意識を失った。謎の古代文字、ヒエログリフ解読の瞬間だった――。18世紀末、ナポレオンのエジプト遠征が持ち帰った碑石ロゼッタストーンは解読競争を過熱させた。源流は漢字だ、などの珍説奇説や政変、窮乏のなか、真実に近づく若きシャンポリオンに英国のライバルが迫る……。異能の天才学者と、失われた文字を巡る興奮の歴史ドラマ。

目次
時間の起源
第一章 エジプトの大地
第二章 生徒
第三章 大都会
第四章 教師
第五章 医者
第六章 クレオパトラ
第七章 王の知人
第八章 秘密を解いた者
第九章 翻訳者
第十章 言葉と文字を与えし者
謝辞
訳者あとがき
解説 吉村作治

書誌情報

読み仮名 ロゼッタストーンカイドク
シリーズ名 Science&History Collection
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 496ページ
ISBN 978-4-10-216831-8
C-CODE 0120
整理番号 シ-38-15
ジャンル 考古学
定価 990円

立ち読み

時間の起源

 ジャン=フランソワ・シャンポリオンがヒエログリフの研究を行っていた、マザラン通り二十八番地の家は、兄のジャック=ジョゼフが勤めていたフランス学士院から二百メートルもはなれていないところにあった。一八二二年九月十四日の昼近く、シャンポリオンはそのわずかな距離を全速力で駆け抜けていた。論文とノートと図版をかかえ、狭くて暗い道を学士院めざして突っ走った。体の不調からまだ十分に回復せず、また、極度に興奮していたためもあって、兄の部屋に飛び込んだときには息もたえだえだった。机の上に論文を投げ出し、彼は叫んだ。「わかったよ!」と。早朝からアブ・シンベルの碑文に取り組んでいた彼は、解読不能だったエジプトのヒエログリフの謎を解く鍵をついに発見したのだった。いまやすべてのヒエログリフ・テキストを読み解くのは時間の問題にすぎなかった。彼はジャック=ジョゼフに自分の発見を説明しはじめたが、二言三言いうと意識を失って床に倒れた。一瞬、彼が死んでしまったのではないかと兄は思った。

 かねてから思っていた通りとはいかなかったが、これはシャンポリオンの波瀾万丈の生涯におけるもっとも重要な転換点となるものだった。長年にわたってますますのめりこんでいったヒエログリフ研究で彼がめざしていたのはまさにこのゴールだった。自分のライフワークをきめる前から、また、ヒエログリフをまだ目にしたこともない頃から、手さぐりはすでにはじまっていた。彼の運命を引っぱっていたのは、世界の起源に関する飽くなき好奇心だった。幼い頃、両親にかまってもらえなかったため、兄と三人の姉が子守りとなり、甘やかされて育った。兄と姉たちにとって、かなり年のはなれたこの利口そうな弟は溺愛の的だった。シャンポリオンのすぐれた知能と並はずれた言語的才能に気づいた兄は、これらの能力を無駄にしてはならないと考えた。フランス革命の大混乱のために十分な教育を受けられなかったジャック=ジョゼフは、弟にはそんなことがないようにと、みずから教育に当った。学校がすべて閉鎖されていたからである。のちに家庭教師をつけたが、ナポレオンの台頭とともに不安定ながらも政情は回復し、学校は再開された。シャンポリオンは十二歳の頃にはラテン語とギリシア語に非常に熟達し、ヘブライ語とアラビア語、シリア語、カルデア語の勉強もはじめた。ラテン語とギリシア語によってすでにあらゆるテーマの書物に親しんでいたため、フランス南西部の小さな町、フィジャックの本屋の息子であるシャンポリオンにとって、東洋の言語への関心は単なる気まぐれのようにもみえる。しかし、実は、すでに世界の創造と時間の起源を探究するという、壮大なる知的挑戦に取り組む決意をしていたのであった。
 革命によってカトリック教会は禁止され、宗教は弾圧されていたが、世界の起源についての唯一のモデルが記されている旧約聖書は、神によって創造された地球の歴史を語るものと信じられていた。この理論を検証しようとする学者には、初期の聖書の異本や関連する文書を研究するため、東洋の言語について十分な知識が必要だった。天地創造の直後から人間は地球上に住んでいたと考えられていたため、その起源を調べるには、歴史学と文献学に頼るしかなかった。考古学と地質学はまだ未熟で、科学として認められていなかった。シャンポリオンの飽くなき好奇心はさまざまな学問分野へと向けられたが、古代エジプトに何か手がかりがありそうだと気づくや、的は定まった。この神秘の国、ユダヤ人の歴史と交錯するこの聖書の地に彼は心を奪われたが、エジプトの歴史(それに、エジプトに関するすべての知識)は、解読不可能なヒエログリフのなかに封印されていた。そこには想像をこえた秘密、世界の起源に関する正確な説明すら記されているかもしれない。ここにこそ彼の才能にふさわしいやり甲斐のある仕事があった。ヒエログリフを解読できさえすれば、ながいあいだ忘れられていた未知の世界を解明できるかもしれない。
 シャンポリオンが偉業をなしとげるにあたって重要な役割をはたしたものとして、言語にたいする並はずれた才能のほかに、非常にすぐれた視覚的記憶力があった。これによって彼は数千のヒエログリフ文字のなかから同じものを抜き出すことができた。幼い頃、文字の書き方にとまどいを覚えたのも、このような視覚的記憶力のためだったようだ。子供の時、彼の目には文字が絵のように、絵が文字のように見えて、文字を書くことと絵を描くことをほとんど区別できなかった。このような特異で無頓着な習性は、幼い頃、本に書いてある文字をそっくりそのまま書き写して勉強していた結果のようだった。こんなところにも、自分流の独創的な方法で問題に取り組むという彼の才能があらわれている。まだ正規の教育を受けない、自由気ままな幼少時代に育まれた幅広い好奇心が、のちに彼の生涯を突き動かす原動力となるとともに、興味しだいで脇道にそれてしまうという習性をも生み出した。しかし、このような並はずれた幼少時代から受け継がれたものは必ずしも利点ばかりではなかった。革命にともなう社会不安のため、子供の外出は危険で、もっぱら家に閉じこもっていたシャンポリオンは、興味あることなら何でも自由に室内で探検することができた。しかし、このことがのちに学校の授業についていかなければならなくなったとき、支障となった。たとえば数学にはまったく興味を持つことができなかった。普通の生徒に合せようと何年間も努力したが、ついに適応することはできなかった。普通からはるかに懸け離れていたからだった。鋭いユーモアのセンスを持っていた彼は、なんとかきびしい学校生活を切り抜けようと、しだいに痛烈な皮肉や機知で自分を守るようになっていた。と言っても、友人や家族にはいつも思いやりがあり、人当りもよかった。
 学校生活への不満からはじめは反発と嫌悪感でいっぱいだったシャンポリオンも、不当な扱いにたいする憤りを抑え、退屈をまぎらすように精いっぱい努力してからは、わけもわからない、うんざりするような授業にも、また、生徒を鼓舞するというよりむしろ生徒の反感をかうような教師にも、いやいやながら慣れるようになった。だれの目にも歴然としていたのは、好きな課目にはすぐれた能力と情熱を発揮することだった。絵を描くことは、はじめは遊びにすぎなかったが、彼はその腕をみがき、ヒエログリフの研究になくてはならない大切な技術となった。植物学への熱中は終生つづいたが、言語マニアのシャンポリオンはしだいに古代史にはまりこんでいった。

著者プロフィール

イギリス在住の考古学者夫妻。妻のレスリーはブリストル大学で考古学、古代史、ラテン語の学位を取得、夫のロイはカーディフ大学で考古学を専攻した。卒業後、ともにヨーロッパや中東各地で数々の古代遺跡発掘に従事するうち、発掘現場で出会い、結婚する。以後は研究を続ける傍ら、精力的に執筆活動も行っている。共著単著ともに多数。

木原武一

キハラ・ブイチ

文筆家。1941年東京生まれ。東京大学文学部ドイツ文学科卒業。著書に『大人のための偉人伝』『続 大人のための偉人伝』『天才の勉強術』『人生を考えるヒント―ニーチェの言葉から―』『ゲーテに学ぶ幸福術』(いずれも新潮選書)、翻訳書に『聖書の暗号』『ロゼッタストーン解読』(いずれも新潮社)などがある。

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