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心に龍をちりばめて

白石一文/著

1,650円(税込)

発売日:2007/10/31

書誌情報

読み仮名 ココロニリュウヲチリバメテ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 262ページ
ISBN 978-4-10-305651-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,650円

女は生まれた時から女なのか。それとも男に汚された瞬間、女になるのか――。ドラマティックの頂点を極めた、注目の著者の新境地! 

自らの美貌をもてあます美帆と、彼女をめぐる二人の男。慈しみ、傷つけ合い、裸の互いを見つめた末に浮かび上がったのは、封印したはずの過去の記憶だった……。出生の秘密、政界への野望、嫉妬と打算に塗れる愛憎、痺れるほどの痴情、そして新しい生命の誕生――。

書評

波 2007年11月号より 美帆という名の女性が奏でるカンテ  白石一文『心に龍をちりばめて』

金子ありさ

 読書とは、ふたりの人間が高めていく会話である。と、私は思っている。作り手と受け手。作家と読者。ふたりの人間が絶えず刺激し合い、あるひとつの世界観を会話で構築していく。だから楽しいし、だからこそ皆、読書に熱中する。
 そしてこの嬉しい協同作業には、必ずと言っていいほど「タイミング」が重要になってくる。例えば1冊の本と出会う時。それがどこで自分はどんな状態で、人生のどんな交差点に差し掛かっているか。
 私の場合、スペインだった。
 ちょうどこの本――34歳の女性、小柳美帆が人生の谷底に嵌まり揺れる物語を読み終えた時、私は偶然、スペインはアンダルシアにいた。
 正直言うと、最初は心配だった。ページを読み進めるうちにどうやらこのヒロイン、「誰もが振り返るほどの美貌の持ち主」「そんな自分が嫌い」な新進気鋭のフードライター、南青山在住、年収は2000万……とくれば、「喧嘩売ってんのか!」と腕まくりのひとつもしたくなる。
 そしてそんなヒロインに求婚を迫る恋人丈二と、元ヤクザの頼れる幼馴染み優司が出現までした日には、『この女、やっぱり何だかとってもイケ好かないわ!』と嫉妬心100%、妄想ヤッカミ200%で憤りながらページを読み進めた。
 だが――徐々に私は作り手の術中に落ちていく。いや、もしかしたら多分、最初のページから。
 一見、何もかも恵まれた女性かのように思える美帆は、実はその生い立ちに深い闇を抱えている。かつてその腿にあったという赤い痣の記憶が、逃れようとする彼女を執拗に追い詰める。
 おぼろげな実母の面影。ぎこちない義母との距離。実父への疑念、それに勝る愛情。そんな美帆を覆う闇が、次から次へと現れては消え、ぐいぐいと物語は進む。
 作者は語り掛ける。「美帆は、本当に恵まれた人間か?」と。いいえ、すごく哀しそう。「彼女の哀しみを癒すのは?」そうね、一体誰なのだろう……と気がつけば私は、作者と無数の会話を交わしている。
 そしてまるでカテドラルの壁に細工を施すがごとく、その筆は彼女の人生の裏表を彫り上げる。哀しさ、いやらしさ、弱さ、はかなさ全て。
 そんな美帆をかつて救ったのは優司だ。ある事故がきっかけで、彼は彼女にこう言う。「俺は、小柳のためならいつでも死んでやる」
 こんな面映ゆい言葉が素直に私の心に刺さったのは、作者は他に溢れるような痛い言葉をも紡いでいるから。
 美帆の義母は言う。「男の人はね、みんな生命力が弱いの。あの人たちはね、女が子供を産んで生きていくための道具なのよ」
 料理研究家、珠代は言う。「人間は自分のためだったらどんなことでもできるの。言ってみれば命と引き替えにできるのって自分のことだけ」。
 なのに優司は言う。「俺は、小柳のためならいつでも死んでやる」
 そんな彼の体には、一匹の龍が刺青となって宿っている。美帆はそんな彼と故郷を、そして東京を巡り歩き、数々の苦難を乗り越え、やがてひとつの真実を見出す――その結末を読み終えた時、私はスペインにいた。そして想像した。
 もしかしたら美帆は、このアンダルシアで流浪の旅に出た哀しい美女、カルメンのような女性なのではないか? 彼女が見つけた『龍』は、情熱や生命の歓びを歌い、空高く舞い上がっているのではないか? そして彼女は今、幸せなのではないか? かつてないほどに。
 紅い大地に響くフラメンコの歌を、スペイン語で「カンテ」というのだそうだ。
 美帆が奏でるカンテ――確かに聴いた気がした。またひとつ、大切な物語を受け取った。


(かねこ・ありさ 脚本家。「電車男」「牛に願いを」など)

刊行記念インタビュー

波 2007年11月号より
[白石一文『心に龍をちりばめて』刊行記念インタビュー]


心と魂の原理について

二〇〇〇年に『一瞬の光』でデビューして七年、白石さんの十一作目となる本書は、絶世の美貌を持て余す三十四歳のフードライター・小柳美帆が、政治部記者との結婚を控えたある日、十八年ぶりに幼馴染みの優司と再会するところから始まります。過去と未来を巡る劇的な物語について伺いました。

――急流を運ばれるようなドラマティックな筋立てで、息つく暇もなく読者が引き込まれるストーリーです。これまでの作品と較べると方向転換のようにも思えますが。
白石 今回は、担当者がとても率直な人達で、要するに「あなたが頭がいいのは分かってるけど、私達は、計算じゃない白石さんの本能が書いた小説が読みたい」とはっきり言われた(笑)。この言葉を常に思い出しながら筆を進めました。
――美帆と優司、丈二という三角関係が物語の中心に据えられています。
白石 一人の女性が正反対の立場にある二人の男のあいだで心を揺らすという設定はいかにも古典的ですが、書く側にとってやはり尽きせぬ魅力がある。一度そういう三角関係を描いてみたいと思っていたんです。
――本書の主人公・美帆は誰もが振り返るほどの美貌を持て余す三十四歳の女性です。白石さんは、これほどの美人に出会ったことがありますか? あるならどんな方か、差し支えない範囲で教えてください。
白石 女性の美しさというのはある意味で圧倒的なものです。ただその力はとても儚い。それでも美帆のような美しい女性は、周りを見回せば案外たくさんいると思いますよ。
――白石作品では、偶然や運命的な出来事が、ある必然性をもって描かれます。この点と、「私は何者なのか?」という白石作品に通底する大テーマとの関連性を教えてください。
白石 自分という存在が徹頭徹尾偶然の産物だと確信しつづけることのできる人はほとんどいないでしょう。過去や現在、自分の身に起きているさまざまな現象を、一つの大きな意味の一部として捉えれば人生には悲劇も孤独もなくなると思います。僕の書く物語には必ずそうした要素が含まれていますし、今回の作品でもそうですね。
――今までの人生で、最も「運命」を感じた出来事は?
白石 うーん、どうでしょう。僕にとっては毎日がすべて「運命」だという感じでしょうか。
――龍を魂にたとえて、その龍が心の一粒一粒に入っている、というくだりが印象的です。
白石 最近は心と魂の違いについてよく考えています。確かに人間は脳に大きな損傷を受けてしまうと心の統制を失います。そこで脳科学者は心理作用はすべて脳の産物であり、魂などあり得ないと考える。僕はそうした思考の危うさ、愚かさをいろんな形で表現したい。そういう点で、龍というのは僕にとって昔から特別な感じを与えられる存在なんです。
――本書には国政を狙う政治部記者が登場しますが、白石作品にはエリートサラリーマン、政治家秘書など「きわめて高い能力を持ちながら、何かが決定的に欠けている」人間がよく登場します。世の中の実相は存外こんなものかと思いますが、どうお考えですか。
白石 その通りですね。何らかの能力を余計に持っている人間は別の何かを大きく欠落させているものです。これは人生全体にもあてはまります。過大な成功は、富や名声といった華やかなものだけでなく、残酷な悲劇をも必ず招きよせる。我々に最も必要なのは、いかに成功するかではなく、そうした原理からいかに逃れるかということだと思います。
――美味しそうなシーンが多数登場します。料理がお上手だと思いきや、まったくされないと伺って驚きました。
白石 僕は食べることの大切さを四十になるまでまったく知りませんでした。その大反省もあってきっとこんなに食べることを書いているんだと思います(笑)。

著者プロフィール

白石一文

シライシ・カズフミ

1958(昭和33)年、福岡県生れ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、2000(平成12)年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。他に『不自由な心』『すぐそばの彼方』『僕のなかの壊れていない部分』『草にすわる』『どれくらいの愛情』『この世の全部を敵に回して』『翼』『火口のふたり』『記憶の渚にて』『光のない海』『一億円のさようなら』『プラスチックの祈り』『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』『道』など著書多数。

判型違い(文庫)

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