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驚異の反復文体に中毒必至の傑作登場!

ダンシング・ヴァニティ

筒井康隆/著

1,540円(税込)

本の仕様

発売日:2008/01/31

読み仮名 ダンシングヴァニティ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 276ページ
ISBN 978-4-10-314529-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,540円

この小説は、反復し増殖する、驚愕の文体で書かれています。この作品を読んだあとは、人の世の失敗も成功も、名誉も愛も、家族の死も、自分の死さえもが、全く新しい意味をもち始めるでしょう。そして他の小説にも、現実生活にさえも、反復が起きる期待を持ってしまうかもしれません。この本を読むには相当の注意が必要です!

著者プロフィール

筒井康隆 ツツイ・ヤスタカ

1934(昭和9)年、大阪市生れ。同志社大学卒。1960年、弟3人とSF同人誌〈NULL〉を創刊。この雑誌が江戸川乱歩に認められ「お助け」が〈宝石〉に転載される。1965年、処女作品集『東海道戦争』を刊行。1981年、『虚人たち』で泉鏡花文学賞、1987年、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、1989(平成元)年、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、1992年、『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。1996年12月、3年3カ月に及んだ断筆を解除。1997年、パゾリーニ賞受賞。2000年、『わたしのグランパ』で読売文学賞を受賞。2002年、紫綬褒章受章。2010年、菊池寛賞受賞。2017年、『モナドの領域』で毎日芸術賞を受賞。他に『家族八景』『敵』『銀齢の果て』『ダンシング・ヴァニティ』『アホの壁』『現代語裏辞典』『聖痕』『世界はゴ冗談』など著書多数。

筒井康隆ホームページ (外部リンク)

書評

波 2008年2月号より 繰り返しの笑いと戦慄

川口晴美

読み始めて数ページで、ん!? と思わず最初のページに戻って確認したくなる。やっぱり。美術評論家の「おれ」が書斎にいると妹が呼びに来て家の前で起こっている騒ぎを見に行く……という冒頭のシーンが、文章もそっくりに繰り返されているのだ。いったい何が起こっているのだろうと戸惑いつつ、またしばらく読み進むと、なんと三たび冒頭のシーンへ戻る。しかも、繰り返す毎に細部が微妙に変わっていく。油断ならない。キズついた録画テープが勝手に巻き戻って映像を再生するのを見ているような目眩に襲われて、筒井康隆の新たなたくらみに満ちたスリリングな世界にもう巻き込まれてしまったのだと、読み手は覚悟するしかない。
家の前の騒ぎが三バージョン描かれ、どれが本当かわからないまま、つまり枝分かれしたどの先が伸びてつながったのかあいまいなまま、「おれ」は書斎で執筆を再開。その後も、一つの場面をズラしながら何度かリピートして次の場面へぽんと跳ぶ、というやり方で物語は進む。繰り返すなかでディテールが書き加えられ、登場人物の姿かたちや暮らしぶりがくわしくわかってきたり、逆に省略されてすっきり見えたり、大胆に改変されてしまったり、変幻自在の語りである。だが、考えてみれば、私たちもふだん何度も言い直したりつけ加えたりしながら話をしている。とすると、この語り方は生理的なところで自然なのかも。死んだはずの父親が現われるシーンでは、同じ会話と動きを繰り返すうちに感情と展開のスピードが加速して、スラップスティックなだけでなく心の深みがあらわになっていくような面白さがあった。やがて、「おれ」の本がベストセラーになる(ならないバージョンもある)頃には、ねじられ、うねるようにつづく場面のドライヴ感・グルーヴ感がすっかり体になじんで、快感になっているのである。
この語りは、記憶を反芻する感じにも近い。現実の出来事を思い出すとき、私たちは無意識に記憶に演出をほどこしているらしい。夢を見ながら、うっすらとそれが夢だと気づいて思い通りに変えようとするみたいに。よりドラマチックに、あるいは自分の都合のいいように、思い返すたび少しずつ改変され、いつのまにかズレが大きくなって、ついには実際にあったこととまるで違う記憶になったりもする。そうなると、本当はどうだったのか確かめようのないことの方が多いし、唯一の「本当」などないようなもの。私たちは一本の線としての時間の上を生きているのではなく、記憶と願望と妄想とが織り交ぜられたあやふやな幅のある過去から、次の瞬間である現在へとたえず押し出されているのだともいえる。夢か幻想か現実の過去なのかわからない戦争で傷を負い、「おれ」が足を引き摺って歩き始めるのを読みながら、そのような人間の生のありようを可笑しくもおそろしく感じた。
いろんなシーンで繰り返される幾つかのシュールな動作は笑いを誘い、あらゆる場面に顔をのぞかせる「白いフクロウ」は不気味な存在感を持つ。それらの手がかりを楽しみつつ、読み手もまた「おれ」と同じように何度もページを遡り、読み直しながら読み進むことになるだろう。自分の生の場面をリピートするだけでなく、「おれ」は浮世絵について調べるために江戸時代へ出かけたり、家族ぐるみで歌舞伎の物語に入り込んだり、映画に出演して永遠に繰り返される死を経験したりもする。想像力と言葉にとって、時空を越えるのはなんとたやすく痛快なことか。
しかし、時空も記憶も自分自身も、本当は修復できないキズを含みながら積み重ねられているのだ。物語と「おれ」の終わりが近づくにつれ、同じようなことを繰り返し、同じような日々を積み重ねて老いていくしかない人間の切実なリアルが迫ってきて、胸打たれてしまう。モザイクのようにちりばめられた場面の記憶と言葉、詩のようなラストシーンだった。


(かわぐち・はるみ 詩人)

判型違い(文庫)

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