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菊之助の礼儀

長谷部浩/著

1,650円(税込)

発売日:2014/11/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

特別な輝きを放つ若き役者の言葉、演目を通して描く、その奥深き美の根源。

歌舞伎の現代を担う役者は、日々何を考え、舞台に上がるのか──音羽屋の直系として育ってきた日々、子役の時代と襲名、祖父梅幸と父菊五郎、女方と立役、シェイクスピアの歌舞伎化、先輩役者との交友、踊り……。伝統を着実に受け継ぎながら、創意工夫に満ちた再創造の道を歩む、菊之助の人生の態度。

目次
1 美しさの謎  『京鹿子娘二人道成寺(きょうがのこむすめににんどうじょうじ)』
2 京・四条・南座  『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』
3 初対面の日  『グリークス』
4 アッピアの夜  『弁天娘女男白浪』
5 立役への道  『児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)』
6 海老蔵襲名  『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』
7 早朝のパリ  『鳥辺山心中(とりべやましんじゅう)』
8 菊之助の礼儀  『NINAGAWA 十二夜』
9 仲違い  『加賀見山 旧 錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』
10 去りゆく人と  『二人椀久(ににんわんきゅう)』
11 アスリートの体力  『春興鏡獅子』
12 ブロマイドのなかの親子  『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』
13 大顔合わせ  『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』
14 赤坂・ロンドン・銀座  『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』
15 平成中村座の菊之助  『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』
16 立女方への道  『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』
17 立役への挑戦  『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』
18 真実の恋  『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』
19 東日本大震災を受けて  『うかれ坊主』  『藤娘』
20 初役の一年  『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』
21 歌舞伎座新開場  『熊谷陣屋(くまがいじんや)』
22 哀れな女  『東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』
23 弁天小僧を生きる  『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』
24 桜の花の舞い散る頃に  『京鹿子娘道成寺』
25 新しい命  『勧進帳(かんじんちょう)』
あとがき

書誌情報

読み仮名 キクノスケノレイギ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-336751-2
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション、日本の伝統文化、演劇・舞台
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,320円
電子書籍 配信開始日 2015/05/08

書評

波 2014年12月号より 舞台に咲く美の秘密

矢野誠一

尾上菊之助を語るのに、演技者としての行儀の良さを褒めるのは、しごくやさしいことだし、当り前にすぎる。役者のなかには、羽目をはずした行儀の悪さを、独自の魅力に昇華してのける才を発揮する例がなくもなく、その伝で言うなら父菊五郎から受けついだにちがいない菊之助の「たしなみ」の良さは、面白味のなさに傾きかねない危険をはらんでいるのに、そうさせることなく固有の色感にますます厚味の加わった、昨今の充実ぶりは見事と言うほかにない。
長谷部浩『菊之助の礼儀』は、菊之助と二〇歳ちがいの著者が、ホテルのラウンジで、喫茶店で、祇園の座敷で、ステーキハウスで、稽古場で、そしてときに楽屋で、手がける芝居の役の性根について意見を交換しあったさまを記述したものだ。雑誌に乞われたインタビューもあるが、ほとんどが私的な会話で、菊之助の発言は真摯につきている。
歌舞伎俳優菊之助にとって、劃期的大仕事となった『NINAGAWA 十二夜』の上演に際し、著者は企画の段階から参画している。実際に幕のあくまで、脚本家今井豊茂、演出家蜷川幸雄、制作松竹、そして菊之助のあいだには、当然のことながら紆余曲折があった。この世界で言う「おさめる」にあたって、父菊五郎の発言も交えたある種の政治性もうかがえ、制作現場の雰囲気がひしひしと伝わってくる。それは、『NINAGAWA 十二夜』という舞台誕生に、役者、演出家、制作者と制作にタッチした評論家による、バランスのいい理想的な関係がその背景にあったことを教えてくれる。
ところで菊之助の父菊五郎が七代目を継いだのは一九七三年のことだが、襲名当初は女形の舞台がつづいた。当時の歌舞伎界にあって随一の美男役者であっただけに、女形主体の菊五郎に多少の不満をいだいたものである。いまにして思えば、それがこんにち立役としての色気をともなった音羽屋の藝伝承のかてとなったのだ。すでに立役も視野にとらえている菊之助だが、女形と立役を兼ねる役者としてすすむべき宿命を背負わされた身として、この著で取りあげられている父尾上菊五郎、故中村勘三郎の言辞から、これからの指針がうかがわれる。さらに姉寺島しのぶや坂東玉三郎、市川海老蔵など共演者から照射される菊之助像に、合せ鏡に写し出されたような効果がもたらされている。
冒頭に菊之助を行儀の良い役者と書いたのだが、その行儀の良さは祖父の尾上梅幸ゆずりと、単純にそう思っていた。だが、梅幸のあの過不足ない行儀の良さは、息子を菊五郎にするためおのれを捨てた献身からきていたと知り、いささか驚いている。菊之助の行儀の良さは、そうした精神的な制約とまったく無縁な、繊細な神経、自己規制と良識、勤勉さのもたらしたものであることを、著者は見抜いてみせる。
「美しさの謎」に始まり、「新しい命」まで全二五章に、それぞれ『京鹿子娘二人道成寺』『勧進帳』のように歌舞伎の外題が併記されている。その演目にからめての菊之助断想で、趣向を凝らした構成だ。純然たる評論でも、ノンフィクションでもなく、「これまでの物書き人生のなかで、はじめて読みものが書きたくなったのかもしれません」と書いた「あとがき」で、菊之助が「年少期から今までに、大変な自制心を以て身につけた人生の態度を、『菊之助の礼儀』と呼びたいのです」としている。
こと歌舞伎に限らず、役者にとっては舞台がすべてで、舞台外での行動や生活姿勢は役者の評価に関係ないとするのは間違っていない。だがすべてと言われる舞台には、おのずとその役者の人格があらわれるもので、あらためて「尽くすべき敬意表現と、超えてはならない言動の壁」という「礼儀」の語義を辞書で確認して、いい題名だとしみじみ思った。

(やの・せいいち 評論家)

著者プロフィール

長谷部浩

ハセベ・ヒロシ

1956年埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒。演劇評論家。現在、東京藝術大学美術学部教授。東京新聞の歌舞伎評を担当。紀伊國屋演劇賞審査委員。著書に『菊五郎の色気』『野田秀樹論』『傷ついた性 デヴィッド・ルヴォー 演出の技法』『4秒の革命 東京の演劇1982-1992』など。蜷川幸雄との共著に『演出術』。また、編著に、『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』などがある。

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