孫物語
1,430円(税込)
発売日:2015/04/21
- 書籍
「子どもより孫(まご)の方がかわいい」と言うけれど、そんなことは……ありました!
あまり大きい声じゃ言えないけれど、こんなに楽しいことはない! 突如、男女男の孫がシーナ家のすぐそばに越してきた。はるか昔に書いた『岳物語』の息子・岳の子たちは小学生。本好き、おませさん、活動派の3人は、家の外でも室内でも、今日も何かをやらかしてくれる。71歳、イクジイ・シーナの奮闘スーパーエッセイ。
屋根裏部屋で待っていた絵本
小さな命を眠らせながら
海賊船作戦
アメリカのねぇねぇがきた
ニンゲンはなぜたたかうのか
別れの一本桜
特別な日
ラクダさんの旅の準備
旅へ、そして帰ってきて
土星とカボチャ
台風を飛び越えて
北の国へ
黄金の夏休み
書誌情報
読み仮名 | マゴモノガタリ |
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雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 小B6判 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-345623-0 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | エッセー・随筆 |
定価 | 1,430円 |
書評
縦糸と横糸の妙技
実は先日私は二女夫婦と孫、そしてわが夫婦の5人でハワイに行って来た。ハワイではホテル暮らしではなく、友人の所有するコンドミニアムを借りての日々だったので安上がりだったが、最大の利点はわが唯一人の孫と合宿状況で暮らせることだった。
日本を出て来るまでに椎名誠さんの著書『孫物語』のゲラを読んでいた。本欄に書評を書く、という“任務”を負ってのハワイ旅行だったのだが、そのせいか殊更、私の孫――椎名さんの場合は「本人の了承を得ていないので」別の名前で書いてあるが――りう君(本名)の一挙手一投足が気になって仕方がなかった。
椎名さんの場合は長男の子供たち3人で、上から波太郎(長男)、小海(長女)、流(二男)の、椎名流で言うと「三匹の孫たち」との数年に亘る交流がメインのテーマとなっている。
椎名さんも著書の中で度々触れられているが、孫を見ていると時間の流れの速さにあっと驚かされることがしばしばある。
私の場合、ハワイでの合宿状況の中で、ちょっとでも何も予定がなくぶらぶらしていると、りうが素っ飛んで来てせがむ。
「ねぇ、ねぇ、おじいちゃまぁ、しり取りしよう!」
今から考えると、ハワイでの生活の中で印象的だったのは観光ツアーでもなく、アラモアナショッピングセンターでの買い物やフードコートや白木屋、はたまたごま亭でのラーメンでもなく、紛れもなく、このしり取りの作業だった。しり取りをしていて気がついたのはりうが想定外の言葉を繰り出してくる瞬間だった。
「えっ? どうしてそんな言葉知ってるの?」
大人の周囲を巡っている時間はそれなりにゆったりしている部分もあるのだが、子供の成長という時間の経過にはいつも驚かされる。
椎名さんの最年長の孫、波太郎君は父親(椎名さんの長男)の住んでいるサンフランシスコで生まれた。暫くシスコで暮らした後、幼少時、長女の小海ちゃんともども日本にやって来た。成田空港から都内の自宅へ戻るときの様子がこう描かれている。
「一時間ほどしてレインボーブリッジを渡った。
『おい、波に海、これは日本のベイブリッジなんだぞ』
ぼくは言った。
『そうかなあ。サンコンカンのベイブリブリッジはもっと大きいよ。柱の高さが』
波君はまだサンフランシスコといえずサンコンカンになってしまう」
そういうサンフランシスコが満足に言えなかった波太郎君も日本で暮らす内に読書好きの少年に成長し、本の終りの方では北海道にある椎名さんの別荘で、
「少年はこの山の上の星々の多さに驚き、天体望遠鏡を持ってくればよかった、としきりに悔やんでいたのだ」
斯くして日本にやって来た“三匹の孫たち”の成長ぶりをじっと見詰めるじいじい(椎名さん)の観察眼も読んでいて楽しいし、孫たちが繰り広げる子供らしいエピソードの数々も面白い。その意味でこの本は題名通り『孫物語』であることは間違いないし、それが本書の縦糸になっていることは確かである。
しかし、実はこの本には数多くの横糸のエピソードが隠し味となって秘められていて、それらが読後感に豊饒な思いをもたらしてくれるのだ。
それは椎名誠の人生そのものであり、世界中の秘境を冒険という名で渉猟したエピソードの数々である。はたまた作者が若い頃、さしたる理由もないのに街で知らないチンピラなどとストリートファイトを繰り広げ、あげくには現場を見た人に警察に通報され逮捕されてしまう武勇伝だったりする。
やはり、この本の横糸で読んでいて楽しいのは、世界中を渡り歩いて来た作者の文明観や人間観が本書の随所にちりばめられていることだろう。世界を見る眼は当然ながら比較文化論として日本の歴史や文化を椎名誠の眼ですくい上げている。つまりは日本の文明批評にもなっている。
「モンスタートイレ」という章を例にあげておこう。波太郎君5歳の折の言葉だ。
「じいじいの家のトイレにはモンスターがいる」。日本のハイテクトイレのことだ。
「ぼくは日本の『異文化性』のひとつを知ったように思った。しかも自宅で知ったのだ」
(とりごえ・しゅんたろう ジャーナリスト)
波 2015年5月号より
インタビュー/対談/エッセイ
孫はすべてが宝もの
――じじバカ(あとがき)のド直球エッセイですね。
椎名 そうですなあ(笑)。孫は下から、小学1年生、3年生、6年生。男女男。息子の岳は最初、アメリカで所帯を持っていたんですが、3人目の子供が生まれるのをきっかけに日本に移住、ぼくのウチの近所に越して来ました。
――本ではいろんなエピソードが書かれています。最後に北海道にある別荘に男の子2人を連れて行きますが、「黄金の夏休み」と表現していましたね。
椎名 庭の原っぱはバッタだらけで、捕虫網持って走り回ってた。あんな経験、東京じゃないですからね。長男の波太郎は帰りの日が近づくとブルーになってましたよ。山あり海ありで子供にはたまらなかったでしょ。
――本には夏までのことを書いていましたが、その後は?
椎名 つい最近(インタビュー時)、春休みになったけども、3人とも忙しいんだ。長男は中学受験するんで塾、長女の小海はクラシックバレエに熱を入れていて、流も公文に通ってる。親は子供の自主性にまかせているんだけど波太郎は勉強が好きらしい。末っ子は正反対で肉体派だけど。
――波太郎君は本好きで、椎名さんの書庫が宝物だと。
椎名 特に、伝記や歴史書、自然科学系の本が好きみたい。ホント物知りだよ。
――次男がわんぱくで、女の子が工作・造形が好きらしいですが、きちんと椎名さんの血を受け継いでますね。
椎名 次男はとんでもないやつで、2歳の時テーブルから落ちて骨折した。初めて海に行った時も、泳げもしないのに海に向かって走って飛び込んで行った。白眼は紙みたいだから何か書いてやろうと、鉛筆を入れようとするんだから(笑)。
――お孫さんとはどのくらい頻繁に会っています?
椎名 週末に一度くらいかな。彼らはウチの鍵を持っているから、自分たちで勝手に上がって来る、3人で「わーっ」って叫びながら。流は、ぼくのいる部屋に入ってくると、決まって入口でピストルをバーンと撃つ。なんだろうね、あれ。うちには使った校正ゲラとか不用な紙が多いから、そこに絵を描いたり、丸めて剣にして、戦いを挑んできたり。
――子供と孫は、どうちがいますか?
椎名 責任感のちがいでしょ。それと孫の場合、こっちもむこうもお互い一番機嫌のいい状況で会っているから、双方でいい時間を過ごすことができる。
――孫と接することによって、ご自身が変わったことは?
椎名 自分の健康に気をつけるようになったね。残りの人生あと何年生きるのかな、などと決してネガティブじゃなく考えるようにもなった。そんな思考、今までなかったからね。
(話の途中で奥様の渡辺一枝さんがお茶を持って来てくれる)
一枝さん 時々、「あいつら今日は来ないのかなあ」って。前日に「明日行く」と電話があって来なかったりすると、ガクッと落ちこんで、そういう日は眠れないようよ。
椎名 そういうことはあんまり言わないように(笑)。
――好々爺ですね。
椎名 孫はすべてが宝ものだと感じます。オレにとっては動くおもちゃですよ。外出先から帰って玄関を開けて、そこに小さい靴が並んでいると、素直にうれしい。急に明るくなったりして(笑)。
彼らがアメリカにいた時は、半年に一度くらいしか会わなかった。会うたびに成長していて、表情がちがう。本にも書いたけど、帰りは決まって空港まで送って来てくれたんだけど、別れがつらかったね。バイバイ、バイバイって、大きな声で手を振ってくれる。別れた後、気を紛らわせるため、搭乗前にウイスキーをガンガン飲んでた。
――ところで、旧友には孫持ちはいますか?
椎名 弁護士の木村晋介のところは女の子かな。沢野ひとしには、双子の孫がいる。沢野がどういう顔をして、その2人と遊んでいるのか、想像できないんだよ、オレは。
――家族の成長は早いともお書きになっていますが?
椎名 孫もジイちゃんと遊んでくれるのは10歳くらいまでだと思ってる。そのくらいが、父親から自立する頃ですからね。
――下の流君は6歳だからあと4年くらいですね。
椎名 あと4年たったらぼくもだいぶ体力落ちるだろうし。今だって、流は手加減せずにキックしてくるけど鍛えていないと骨折しますよ。
波太郎の受験が終われば、またみんなで北海道に行こうと思う。それが今から楽しみですね。
(しいな・まこと 作家)
波 2015年5月号より
著者プロフィール
椎名誠
シイナ・マコト
1944(昭和19)年、東京生れ。東京写真大学中退。流通業界誌編集長を経て、作家、エッセイスト。『さらば国分寺書店のオババ』でデビューし、その後『アド・バード』(日本SF大賞)『武装島田倉庫』『銀天公社の偽月』などのSF作品、『わしらは怪しい探検隊』シリーズなどの紀行エッセイ、『犬の系譜』(吉川英治文学新人賞)『岳物語』『大きな約束』などの自伝的小説、『犬から聞いた話をしよう』『旅の窓からでっかい空をながめる』などの写真エッセイと著書多数。映画『白い馬』では、日本映画批評家大賞最優秀監督賞ほかを受賞した。