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あなたはここにいなくとも

町田そのこ/著

1,705円(税込)

発売日:2023/02/20

  • 書籍
  • 電子書籍あり

ほどいてつないで私はもう一度踏み出せる。出会いも別れも愛おしくなる物語。

恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ――いまは人生の迷子になってしまったけれど、あなたの道しるべは、ほら、ここに。もつれた心を解きほぐす、ぬくもりに満ちた全五篇。

目次
おつやのよる
ばばあのマーチ
入道雲が生まれるころ
くろい穴
先を生くひと

書誌情報

読み仮名 アナタハココニイナクトモ
装幀 水上多摩江/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-351083-3
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,705円
電子書籍 価格 1,705円
電子書籍 配信開始日 2023/02/20

書評

いなくなったからこそ伝わってくること

眞鍋かをり

 町田さんの著作を読むのは初めてでしたが、じわじわ沁みる読後感がとても良かったです。収録された五篇は「ここにいなくとも」というテーマは共通していますが、読んだ後に、みんな自分の経験に照らし合わすことができる部分があるのではないかなと思います。
 私も主人公が自分とぴったり重なるということはなかったのですが、自分の経験とリンクする部分は必ずありました。たとえば、「ばばあのマーチ」では主人公が会社でいじめられ退職した設定で、自分にそういう過去はなくても、社会に出てから挫折した時のことをしきりに思い出したり、私の家族は「おつやのよる」に出てくる、紹介するのが恥ずかしいような家族ではないけれども、でもどんな家族でも人間なので、どこかしら歪みのようなものはあるだろうと感じたりしました。共感の種が少しずつ蒔かれていて、他の人が読むと全く違うところで惹かれるだろうし、そこも面白いです。
 この本では北九州にルーツのある主人公が多いですね。私は愛媛県出身で、話しかけられたら絶対に無視しないという風土で育ったので、東京に出てきたときに人と関わらないという選択を最初はできなくて、すごく困ったことがありました。渋谷のキャッチの人にもひとりひとり話を聞いて、断るにも真面目に説得してしまったり。地元だと幼稚園から高校まで同級生がずっと一緒だったりして、自分から縁を切るという発想があまりないので、「入道雲が生まれるころ」のリセットしたい衝動はその反動なのかも、と感じるところもありました。
 私はあまり人に悩みを相談するほうではなかったので、昔は若さゆえの忍耐力で乗り切ったところはありつつも、全く異なる価値観を持つ人のなにげない一言で助けられたこともあって、それを「先を生くひと」を読んで思い起こしました。仕事のことで悩むと、特殊な業界のことなので理解してくれる人が少なかったりして、結局決めるのは自分なのですが、20歳の頃に知り合った8歳年上のヘアメイクの友だちには自分の気持ちを整理するために相談に乗ってもらったり、違う角度からのアドバイスに救われたりしたこともあります。
 逆に、何年かぶりに年下の後輩から連絡が来て、「あの時の眞鍋さんの一言がなかったら、私はいまこんなふうにできていません」と言われたことがあって、同じ年代や環境にいる人とは共感できるし、同じ立場で考えてあげることはできるかもしれないけれど、先を行っているからこその一言は、ちょっとしたきっかけになるんだなと思います。
 年齢が上がるにつれて相談されることが増えましたし、自分から言いたくなっちゃうことも増えました。だから、『あなたはここにいなくとも』は主人公側とおばあさん側双方の視線で読んでいました。「先を生くひと」の主人公は10代の女の子なので、78歳の澪さんが言うように、これからの可能性が眩しいし、それを直接教えてあげたくなっちゃいますし、同時に、30歳くらいの時に「あなたの人生は始まったばかりよ」と88歳のおばあさんに言われた記憶を掘り起こされたりもしました。
 彼女は祖父のお姉さんで、家族と絶縁してしまいハワイに住んでおり、私は子どもの頃に会ったきりでした。会いに行ったのは祖父が亡くなった後だったのですが、それも祖父の繋いでくれた縁だなと思ったり、その後、亡くなった彼女の遺灰や形見を分けてもらい、地元の海に撒いてあげることができました。亡くなってから動き出したり教えてくれることはあり、そして、みんなそうやって死んでいくのかもしれません。
 いなくなってしまってからいなくなる前に言っていたことの本当の意味を実感したり、亡くなった後に残されたものからその人の人生を想ったりする。亡くなる前に会って話しておけばよかったという後悔は誰しもあると思うのですが、でもそれ以上に、いなくなったからこそ伝わってくることもあるのだな、と読みながらしみじみと思い浮かべました。
 この本では、なにか悩みを抱えている主人公が、そこにはいない人にヒントをもらうというストーリーが多いので、同じく悩みを抱えている人には五篇の中で支えになる話が見つけられると思いますし、悩んでいる人に対して何かをしてあげたいと考えている人にも、ただいるだけでも光になることがあるし、言葉でなくても影響を与えることができるかもしれないんだよ、と教えてくれると思います。(談)

(まなべ・かをり タレント)
波 2023年3月号より
単行本刊行時掲載

心強いおばあちゃんたち

白鳥久美子

 幼稚園児だった頃、私は「早くばあちゃんになりたいなぁ」と言ったことがあるそうです。大人たちは大笑い。今でも語り草になっているのですが、確かに私はばあちゃんに憧れていました。ばあちゃんの手で作り出される料理は、あまりにも美味しくて魔法のようでしたし、無口な私の気持ちを読んでいる時のばあちゃんは、どことなく魔女のようで魅力的でした。私もそんな能力が欲しい。魔法使いサリーちゃんより、ばあちゃんでしょ。そんなことを思っていたのです。
『あなたはここにいなくとも』には、現実に行き詰まっている女性たちが登場します。私とは違う境遇にいる主人公たちなのに、とても人ごととは思えないモヤモヤを抱えています。……何か私に問題があるのかもしれない。こんな現状を作り出したのも自分の生き方のせいかもしれない。かといって、何をすれば正解なのかも分からない。
 もしかしたら、女の人はみんなそんな気持ちを抱えているのかもしれません。恋人、結婚、出産、家族、友人、仕事。年齢と共に求められる姿や、自分自身が求めている姿や環境も変わっていく。いや、変わらざるを得なくて苛立つ。どうして、どうしよう。
 そんな彼女たちのある日に、「おばあちゃん」があらわれるのです。
「入道雲が生まれるころ」では藤江さんというおばあちゃんが登場します。藤江さんの葬儀の手配を進めていたところ、実は38年前に亡くなっていると役所には記録があり、家族は大騒ぎに。いったい藤江さんは何者なのか。
 主人公の萌子は、妹の芽衣子と一緒に彼女の家の片付けを始めます。二人が思い出すのは、彼女が焚火をしていた姿。束になった写真や手紙、手の中の思い出を全て炎にくべていく藤江さんの姿が、少し怖い。
 藤江さんは芽衣子に、自分の死後は全ての物を捨てるようにお願いをしていました。芽衣子は言います。
「……何もかも捨ててきた藤江さんやけど、何かひとつくらい、誰かひとりくらい、繋がりは残してたかもしれん。大事に守ってきたものがあったかもしれん。それを知りたいんよ。……」
 自分という存在まで捨ててきたような藤江さんがそれでも残したもの。萌子と芽衣子が見つけたそれが、哀しくて愛おしくて、でもどこか清くもあって忘れられません。それでも残るのなら大丈夫なのかもしれない。いや、残るのなら苦しみながらでも手放してはいけないのかもしれない。萌子も、微かな手がかりを見つけていきます。
 捨てるおばあちゃんがいれば、拾うおばあちゃんもいる。
「ばばあのマーチ」には、私の近所にも一人はいた、怖いけれど謎すぎて無視できないばばあが出てきます。ばばあは家の庭にコップやらグラスやらを並べては、それを叩いて意味不明な音を鳴らします。ばばあの目は灰色に濁っていて、その理由を彼女は、こう語ります。
「……怒りやら哀しみやらで、体中の血液が沸騰したのさ。まるで、感情が煮え湯になって、内側でぐつぐつ揺れてるみたいだった。そしたら、目ん玉が煮えちまったんだよ。……」
 この短篇集に出てくるおばあちゃんは、みんなどこかしら魔女めいているなと思いました。私のばあちゃんもそうだった。行動や眼差し、言葉の端々に不思議な力があって、惹かれてしまうのです。
 でも気付きます。それは魔法の力なんかじゃなくて、長い人生を歩んできた中で積もった、哀しみや苦しみが昇華した姿なんだと。諦めたことや、涙を流した過去があるから、現状で行き詰まっている人を否定しない。慈しんで、どうしようもない荷物も引き受けてくれる。
「先を生くひと」のおばあちゃん、澪さんが言います。
「……きっといつか、何もかもを穏やかに眺められる日が来る。ありのままを受け止めて、自分なりに頑張ったんだからいいじゃないって言える自分が、遠い未来にきっといる。……だから大丈夫よ。この私が、保証する」
 このやるせなさを丸ごと抱きしめて、保証してくれる人がいる。大丈夫。未来が待っている。そんな景色を思い描いたことすらなかった私は、泣きました。
 私はこれから先もたくさん諦めて、捨てていくのだろうけど、その痛みもしっかり受け止めて、いつか誰かの荷物も引き受けられるようになりたい。『あなたはここにいなくとも』で描かれたおばあちゃんたちは、そんな私の道しるべになってくれることでしょう。なんて心強い。
 町田さん、素敵な作品をありがとうございました。立ち止まる時に手にする一冊に出会えました。読みながら、亡くなったばあちゃんを何度も思い出しました。そんな豊かな時間を過ごしながら、新しい5人のおばあちゃんに出会えた私は、ますます「ああ、早くばあちゃんになりたいなぁ。その日が待ち遠しいなぁ!」と、笑っています。

(しらとり・くみこ お笑い芸人)
波 2023年3月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

町田そのこ

マチダ・ソノコ

1980(昭和55)年生れ。福岡県在住。2016(平成28)年「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。選考委員の三浦しをん氏、辻村深月氏から絶賛を受ける。翌年、同作を含むデビュー作『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』を刊行。2021(令和3)年『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞。他著書に『ぎょらん』『うつくしが丘の不幸の家』『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』『星を掬う』『宙ごはん』などがある。

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