たぶん私たち一生最強
1,760円(税込)
発売日:2024/07/24
- 書籍
- 電子書籍あり
最弱な夜にひらめいた、最強になれる選択肢。
宇垣美里、酒寄希望(ぼる塾)、スケザネ、武田砂鉄、ヒャダイン、マキヒロチ、三宅香帆、宮島未奈、柚木麻子、吉川トリコ、吉田大助が惜しみなく絶賛、書店員からも称賛の声多数の話題作! 全員揃えばいつだってバイブス最高の女四人が泣きたい夜にひらめいた「一生最強」の人生とは!? 圧倒的センスで紡がれる、自由と決断の物語。
2 イケてる私たち
3 ニーナは考え中
4 よくある話をやめよう
5 勝手に踊るな!
6 女と女と女と女
書誌情報
読み仮名 | タブンワタシタチイッショウサイキョウ |
---|---|
装幀 | 牛久保雅美/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-351762-7 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,760円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/07/24 |
書評
繋いだ手は離してはいけないよな
社会性、というのは本当に面倒な能力であり、気取り顔で身につけた自分を呪わしく思うことも多々あります。こんなにダイバーシティが謳われて様々な生き方が容認されている現代だというのに、「こうあるべき」という自縄自縛は今日も私の思想や行動を制限し、不必要なまでに毒ガスを発生させるので困りものです。
44歳男性、パートナーなしという現在の私ヒャダインのスペックは独身貴族なんて言えば聞こえはいいけれど、すれ違う小学生の姿に目を細めるたび漠然とした大きな何かに対しての罪悪感で胸がチクリとします。まさに自縄自縛であり、私は私らしく生きていればそれでいいのにもかかわらず、自分で設定した社会性の呪いに絡めとられている状況です。さて、この呪いは古来の家父長制や旧態依然の社会通念からのみ錬成されたものではなく、様々なミスチョイス(あえてミス、と書きます)の連続による自戒みたいなものなのです。
私の人生の折々で大切な友人が登場します。一緒にいたらあっという間に時間が溶けて心地がいい。自分が自分らしくいられてただ笑って過ごせる。「前世で絶対繋がりあったよな!」みたいな話を互いにしたりして。文字通り気の置けない人物が登場するのですが、時間経過と共に変化するそれぞれのライフステージに戸惑い、そして社会性の名のもとにミスチョイスをしてしまい、せっかく繋がっていた糸を切ってしまうのです。切らないにしても、細く変質してしまった糸を「こんなもんだよな」というオトナの笑いと共に見送ってしまっていたのです、あらがうこともなく。そういったお見送りを続けていくにつれ心の一部が壊死を始め、それでも精神の均衡を保つために自ら呪いをかけるしかありませんでした。しかし本作の主人公4人はあらがいます。本質から目を背けないように必死で立ち向かいます。本質に向き合うことは本当に辛くて逃げたくなる重荷です。作中に出てくる、真剣な話し合いが始まりそうになるけれどつい楽な方に一時避難すべく軽口やジョークに逃げてハイボールを片手に夜を明かす、というのはまるで自分の過去を覗かれたようでゾーッとすらしました。
大人になってから友人を作って痛感することですが、学生時代のように色々すっ飛ばして「同じクラスだから」という事実だけで友情を紡ぐのは大変です。互いの状況に気を遣い、さらには互いへの劣情や嫉妬も乗り越えなければならない。隣の芝生は青い、なんてことわざもありますが、自分以外はみんな上手くいっているように見えてしまうこともしばしばです。それぞれがシェアしきれない地獄を抱えているのが人間なのに。本作も主人公4人それぞれが抱える地獄が描かれています。勧善懲悪モノのようにすっきりと解決されていかないところにとても好感を持ちました。仲が良いからとて相手の地獄に干渉する必要はあるでしょうか。もちろん助けを求めていたら誰よりも早く強くその手を握る覚悟はありますが、わざわざ出張って乗り込んで地獄を「解決」するのは内政干渉のような、さらに言うと自己との同一化を目論むような身勝手な行動だと私は思ってしまうのです。地獄はそれぞれの生き様の証、言うなれば個性の範疇だと考えているのでそれを消して自分の管理下に置こうとするのは暴力的だな、とすら感じます。本作の主人公たちのスタンスはまさにそれで、過干渉によるハレーションを起こしたらきっちり反省する。そう、人生のパートナーだからってなんでもかんでもシェアしなきゃいけないわけではなく、個々に不可侵領域はあっていいはずです。わからないところがある、でもそれは「一緒にいられない理由」にはならない。そんなことを4人の姿で再確認させられました。
「繋いだ手は離してはいけないよなー」本作を読んで何度も思い知りました。そもそも運命を感じるほど楽しくて一緒にいたい人類に出逢えることが奇跡なのです。限られた時間、選べない時代や環境に宿された命である自分という生命体、それが本能レベルで引かれ合う他の生命体に出逢えたことは決して蔑ろにされるべきではないのです。社会性という他責的かつ自縄自縛の毒ガスに惑わされてはいけないんです。
本作の4人、今回のてんやわんやの続きの生き方までもそうですが、「こうあるべき」は、ない。スタンダードは自分で、自分たちで作っていく。ハイボールに逃げずに話し合う。きっととても簡単な思考のスライドで私だって「一生最強」になれるはず。そんな風に考えさせてくれる名作でした。
(ひゃだいん 音楽クリエイター)
波 2024年8月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
一生最強でいるための挑戦
女性四人の自由と決断を描いた作品の舞台裏に担当編集者が迫る!
――「小説新潮」で一篇一篇時間をかけて、少しずつ書き溜めた『たぶん私たち一生最強』がついに刊行となりました。思えば、デビュー作『くたばれ地下アイドル』以来六年ぶりの新刊なんですよね。率直に、今どんなお気持ちでしょうか。
小林 この六年間、ずっと書きあぐねていたというよりは、仕事や恋愛など二十代後半の人生を全力でやっていたらあっという間に六年たっていたという感覚です。執筆になかなか集中できずに歯痒い思いもしていたんですが、この泥臭い七転八倒の日々があったからこそ、この作品が書けたと思います。書いていて本当に楽しかったですし、私の二十代の集大成とも言える作品になりました。
――実際に同性のお友達とルームシェアされたご経験があってこそ書けた作品ですよね。
小林 そうです。でも実は一章と四章はルームシェアを始める前に書いていたんです。
――あっ、そうでしたっけ?
小林 私も記憶をたどってみたら、実はそうだったと思い出しました(笑)。もともと「フレンズ」とか「ビッグバン・セオリー」とか、友達同士がすぐ近くに住んでいて、みんなでわちゃわちゃする海外ドラマが大好きなこともあって、実際にそういう生活をしてみたいなという思いが強くありました。ルームシェアのことを考えているうちに楽しい想像が広がって、こういうことが起こったらいいなと思って書いたのが一章の「あわよくば一生最強」でした。
――そういえばルームシェアを始める前って、私生活がどん底の時期でしたよね……?
小林 はい、2018年~2019年にかけて、私は人生の暗黒期を迎えていました……。新卒から勤めた職場を辞めて無職になり、学生時代から付き合っていた彼氏と別れ、念願の小説家デビュー作も全然売れなくて。
――一緒に怪しげな占いカフェに行って、預言の言葉を授かったりしましたよね(笑)。私もその時「人生に迷子」状態だったので、小林さんのお気持ちも痛いほどわかり、自分事のように感じていました。
小林 何をやってもパッとしない毎日を送っていたんですよね。そんな中で、唯一楽しい時間だったのが、親しい友人とだけ繋がっているプライベートのTwitterアカウントで、高校時代の仲良し四人組でルームシェアを始めたという架空の設定のもと、日常をつぶやくというものでした。
――妄想ツイート……!
小林 そのTwitterを読んだ友達の中には、私が本当にルームシェアを始めたと勘違いした人もいて、「ルームシェア楽しそうだね」なんて声をかけられたりもしました。「あ~、あれ嘘をつぶやいてるんだよね」と告白すると、頭がおかしくなったんじゃないかと心配されることもありました(笑)。
――それは心配されて当然です(笑)。
小林 ある日、Twitter上でルームシェアをしているという設定にしていた友人の一人に渋谷のハイボール居酒屋に呼び出されたんです。そしたら「私が一緒に住んでやる」って言ってくれて、やったー! と思いました。無職のままだと生活できないから仕事も始めました。その友人は小説の設定と同じように仲の良かった四人組の一人だったんですね。念の為、他の二人にも声をかけたのですが断られてしまいました(笑)。それが2019年の夏で、そこから二年間、JR蒲田駅から徒歩十分ほどの場所にある2DKのマンションでルームシェアをしていました。
――妄想ツイートから本作における大事な一篇が生まれ、本当にルームシェアを始めたことで物語にリアリティを与えつつ、その先の新しい生き方まで描けた……。そう考えると、編集者が思いつきで依頼して書いてもらえるような内容ではないですし、本当に奇跡のような小説だとしみじみと感じます。当時、小林さんからお聞きしていた実際のルームシェア生活も小説の内容に近いところはありましたよね。
小林 そうですね。週末、職場の近くでお酒を飲んでベロベロの状態で終電に乗って最寄駅に帰ると、同じく泥酔した同居人に改札で会うんです。別々の場所で飲んでたのに、同じ電車に乗って帰ってくる。それだけでなぜか最高に面白くて、二人で大爆笑しながら家に帰って、その後も二人でお酒を飲んで……。寝る一秒前まで幸せでした。そういう、はちゃめちゃで楽しい感じは小説に反映されていると思います。
私たちはルームシェアを始めるときに「二年間限定」という期限を設けたのですが、この生活が永遠に続くとしたらどんなことが四人に起こるかな? と想像を膨らませて書いたのが三章、五章、六章です。
――小林さんの中で、特に好きなエピソードはありますか?
小林 一章と二章は自分でも気に入っています。悩みも弱さも抱える女友達四人が「家族になれば最強になれるのでは」と本気で考える一章は、自分の憧れや思いを詰め込んだこともあって、書いていてすごく楽しかったです。二章は、男性不在の家において、いかにセックスの満足度を上げるかを模索する物語です。男性に頼らず、セックスをもっと自由に! と真剣に考えて書きました。それに、私の小説の中では珍しくダメ出しがなかったですよね?
――そうでした! 小林さんは、いつも自問自答しながら小説を書かれているイメージがあるのですが、二章については、最初にいただいた第一稿の時点で全く迷いがなく、書きたいことをストレートに表現されていると感じました。
二十代女性の恋愛や性の悩みが赤裸々に描かれる一章、二章を経て、三章以降は物語の流れが変わります。同居人の一人の姪っ子がシェアハウスに居候する話が三章ですが、このお話を書かれたきっかけはなんだったのでしょう?
小林 実は、あれは私の妄想ツイートの中でも特に気に入っていたエピソードなんです。実際にルームシェアをしていた時にも、同居人と二人の生活はとても楽しいけれど、ここにペットとか子どもが加わって、一緒に生活したり育てたりできたら、さらに楽しくなるのになという思いがありました。私たちのルームシェア生活は期間限定だったのでペットや子どもを迎えることは無理でしたが、物語の中の四人には期限がないからこそ、色々な可能性があると思って書きました。
――よくあるルームシェアものと違って、四人は大きな喧嘩はしないじゃないですか。わかりやすい物語の作りにはせず、でも笑えるシーンや泣けるエピソードが幾つもあり、それを小林さんならではの言葉選びとセンスで綴られているのが、この小説の新しさでもあると思います。この辺はどこまで意識して書かれたんでしょうか。
小林 実際のルームシェアでも、家賃光熱費の折半方法以外は特にルールを定めず、家事の分担なども結構なあなあにしていたのですが、意外とうまくいったんです。掃除やゴミ出しなど、気づいた人がやる系のタスクが放置されることはあんまりなかった。私はそんなに気が利くタイプではないんですが、世の中の女性ってすごく気遣い上手ですよね。生来のものというよりは、女性は気遣いができることが美徳とされていて、家庭や職場でそれが刷り込まれていくというか……。それは快適でもあるし、時に息苦しいことでもあるんですが。
ですからこの小説では、ルームシェアにありがちな家事分担等をめぐった小さい諍いは描かず、女友達では補えない性愛や生殖の問題に四人がいかにして立ち向かい、解決していくかに焦点を当てています。アラサー女子たちの人生における葛藤などといった普遍的な要素だけでなく、彼女たちが一生最強でいるための新しい挑戦も描いた、これまでにない一冊になったと思います。
(こばやし・さよこ 作家)
波 2024年8月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
小林早代子
コバヤシ・サヨコ
1992年、埼玉県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2015年、「くたばれ地下アイドル」で第14回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、同作にてデビュー。『たぶん私たち一生最強』が二作目の単行本となる。