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怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審―

小松貴/著

1,650円(税込)

発売日:2022/04/21

書誌情報

読み仮名 カイチュウザンマイコンチュウガクシャハキョウモキョドウフシン
装幀 中村一般/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 255ページ
ISBN 978-4-10-351792-4
C-CODE 0040
ジャンル ノンフィクション
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2022/04/21

昆虫学者の「生態」はどんな虫よりも奇っ怪だ。

凄絶ホラーな寄生虫、ミズスマシだけにつく幻のカビ、地球史を語る透明な甲虫、冬に碧く輝く超希少ゴミムシ、井戸の底に潜む新種らしきプラナリア……。たとえヤツらが1ミリたりとも人類の役に立たなくても、異常な執念で徹底的に追いかけるのだ。「裏山の奇人」の異名をとるコマツ博士の、暴走する「昆虫愛」エッセイ。

目次
プロローグ
I「怪虫」はそこにいる
1 ハチを長生きさせる寄生虫
2 ♂はアリ、♀はキリギリスという怪奇
3 タガメを捕まえたヤツは信じない
4 共生幻想論
II 昆虫学者が閉じ込められた!
5 マ、マジで出られないの?
6 一日1000回井戸を漕いでみた
7 ついに乳首を見つけたぞ!
III 公園の大惨劇
8 昆虫学者、シカを呪う
9 未来を歪める不届き者たちへ
10 妻の正論
IV 思い出の「怪虫」たち
11 ガロアムシに嗤われろ
12 虫マニアとして謝罪します
13 ゴケグモ青春記
V 地下空間のアイドル
14 大先輩の標本箱
15 穴掘りの究極奥義
VI 光りかがやく「怪虫」を求めて
16 虫に会いたくって涙が出た
17 自転車片道4時間、心は砕けた
18 闇に漂う勝利の匂い
19 怪虫たちの再生
エピローグ 分からないことを分かりたい
あとがき――カントウイドウズムシ、その後

書評

コマツと世間のスキマ

丸山宗利

 誰もがコロナ禍で鬱々とした毎日を送っている。日々の糧を得るのに苦労されている方も少なくないなかで、贅沢な話と言われればそれまでだが、私たちのような野外調査を仕事にする研究者にとって、思うように調査や旅行に行けないというのは、多くの人が考える以上に厳しい状態である。例えるならば酒好きの人にとっての禁酒法、論客にとっての焚書のような息苦しさと辛さがある。そんななかで、ひとえに家族の健康を守るため徹底的に遠出を禁じ、手近な昆虫を調査しながら奮闘する昆虫学者の日々を描いたのが本書である。
 実は著者であるコマツ君と私の付き合いは長い。彼が「田舎の大学」で卒業論文を書こうという計画の段階で知り合って、かれこれ20年近くになる。それからは相棒として、日本中、世界各地を一緒に旅することになった。
 本書を少しめくればわかるが、彼は少し個性的だ。いや、遠慮して少しなどと言っては逆に失礼かもしれない。とても変わっている。初めて会った時には虫の話以外はほとんどできないくらいに社会性がなく、その分の能力を珍種の発見に注ぎ込んでいるように思えたほどである。ただコマツ君は、それ以上に、これまで私が会った人々の中で、もっとも輝く瞳を持ち、誰よりも誠実な人間である。付き合いの浅い人間には、彼の変人ぶりを嗤う者もいたが、彼の知識や深い洞察力を知れば、たちまち己を恥じることになる。
 余談だが、本書で初めてその存在を明らかにされる奥さんも私はよく知っている。「コマツ君は一生独身だろう。こうやって毎日虫を見ながらひとりで生きていくに違いない」などと私は勝手に思っていたので、彼から結婚する話を聞き、その相手の名前を知った日には、それこそ天と地がひっくり返るのではないかと驚き、同時に「あの人(奥さんのこと)、わかってるな」と感心と喜びに包まれたものである。
 前置きが長くなったが、本書ではまず、そのコマツ君が、身近な自然環境で驚くような発見をくりかえす様子がつづられている。地下水に住む謎の生物の発見から、絶滅危惧種を追い求める話まで、さまざまな珍種との出会いは非常に面白く、彼の常人離れした観察眼の面目躍如である。ただ、珍しい生き物との出会いは容易ではなく、それゆえ彼は“挙動不審”をくりかえす。凍てつく夜に地を這ったり、昼日中に井戸水を汲み続けたり……調べて考えて動く、まさに研究者の鑑だ。
 また、珍種発見談も興味深いが、彼の目線からつづる現代の人々や環境への思いも、本書の見どころである。たとえば、捕獲されたシカを保護しろという芸能人や、カエルの串刺しを生贄にする神社の行事に抗議した人の価値観の狭さに憤る。そういう人たちにかぎって、開発によって森が丸ごと切られ、何万という生き物が死ぬことには全く無関心で、抗議などしないからである。SNSの発達で、一億総評論家の世の中、誰もが針の穴から覗いた世界に対して、短絡的に物事を決めつけ、訳知り顔で意見する。私も確かにその通りだと思ったが、ややあって、彼はこの洞察を自らに突きつける。
 コマツ君は、昆虫への愛着もあり、公園の樹液に集まるスズメバチを駆除した管理人に対して怒りを覚えた。しかし、奥さんの指摘により、それは捕獲されたシカを保護しろという人と根は同じだと気付き、自省する。私も彼とまったく同じ思考回路だった。SNSによって色濃く浮かび上がった価値観の多様化は、物事の良し悪しを安易に決めつけることの危うさをも教えてくれる。
 とにかくコマツ君が観察し、分析する社会への見方は、辛口ではあるが独特で面白い。彼が変わっていることは確かだが、私を含む多くの人々と異なり、世間ずれし切っていないからこそ、導かれる見方なのだろう。ある意味、諦観のようなものを持たない、彼なりの人間への興味と愛のようにも思える。もしかしたら、本書につづられる彼の価値観と「一般的な常識」のスキマにこそ、私たちは真実に近いものを見出せるのかもしれない。
 ちなみにコマツ君は、珍種発見の喜びをつづりながらも、自分がどうして珍種の生き物を見つけたいのかと、自己分析する。虫マニアの性もあり、失われつつある自然を守りたいという気持ちもあるようだ。私はその謙虚さに心を打たれつつ、実は彼が最後まで探しに探し求めていた某ゴミムシが見つかるかどうかに気をとられていた。私はそいつを学生時代に採ったことがあるんだぞと自慢したくなってしまったのは恥ずかしい話である。

(まるやま・むねとし 九州大学総合研究博物館准教授)
波 2022年5月号より
単行本刊行時掲載

目次(カラー写真付き)

プロローグ
Ⅰ 「怪虫」はそこにいる
1 ハチを長生きさせる寄生虫
オオフタオビドロバチから羽化したスズバチネジレバネの♂。
コガタスズメバチの腹部から頭を出すスズメバチネジレバネの♀(左右の矢印)と、♂の蛹(丸印)。
2 ♂はアリ、♀はキリギリスという怪奇
ヒメトビウンカの腹についたエダヒゲネジレバネ♂の脱出痕。こんな見事な穴を開けられても、ウンカはしばらく生きている。
3 タガメを捕まえたヤツは信じない
ヒメミズスマシ。全国的に激減し、絶滅が危ぶまれるが、別段保護されているわけではない。
カワラゴミムシの体表に生えるカビ「ラブルベニア」。ゴミムシ類には高頻度で付いているが……。
4 共生幻想論
クロオオアリのかいがいしい世話を受けてすくすく育つクロシジミの幼虫。
コナラの枝に出来たハコネナラタマバチの虫こぶ(ゴール)。にじみ出る「甘露」を求めてアミメアリが群がる。
II 昆虫学者が閉じ込められた!
5 マ、マジで出られないの!?
メクラヨコエビの一種。あらゆる有機物を食べて、きわめて餌の少ない地下世界を生き抜く。
6 一日1000回井戸を漕いでみた
ナメクジのようにゆっくりと動き回るプラナリアらしき断片。
7 ついに乳首を見つけたぞ!
井戸の底から汲み出された無傷の「謎のプラナリア」。とても小さな目と、背中には“乳首”が……!
メクラヨコエビの死体にとりつく「謎のプラナリア」。咽頭を差し込んで中身をほじくり食う。
III 公園の大惨劇
8 昆虫学者、シカを呪う
9 未来を歪める不届き者たちへ
オオスズメバチ。もともと市街地にはいなかったが、最近では見かけることも多くなった。
10 妻の正論
弾丸のようなスピードで飛翔し、獲物を狩るハナダカバチ。カッコいいのでハチの研究者の間では人気が高く、これを嫌うヤツは一人として知らないのだが……。
IV 思い出の「怪虫」たち
11 ガロアムシに嗤われろ
四国のとある洞窟で見つけた無眼ガロアムシ。四国では公式には香川県某洞窟の1種のみが知られるが、これはそことは全く離れた某所で発見。
12 虫マニアとして謝罪します
サクラの樹幹で交尾するクロジャコウカミキリのペア。掴むと放つ独特の臭気は虫マニアからも嫌われるが、私にとっては、とてもかぐわしい香り。
タイで撮影したミツギリゾウムシの一種。細い体にバッタのような長い後脚を持つ奇怪な姿。夜間、キクイムシに食い荒らされた立ち枯れの木に多数いた。
13 ゴケグモ青春記
クロオオアリを狩るセアカゴケグモ。ゴケグモの仲間は性質が大人しく、こちらから触れない限り向こうから攻撃してくることはあり得ない。
屋久島で撮影したハイイロゴケグモ。2014年、同地での生息確認はこれが初記録だった。
V 地下空間のアイドル
14 大先輩の標本箱
マスゾウメクラチビゴミムシ。「上野益三」の名を受けたこの種は、福井県の山奥のある一本の沢筋の地下だけから見つかる珍奇種。生息地の開発により絶滅の危機に瀕する。
ノムラメクラチビゴミムシ。絶滅種コゾノメクラに酷似した近縁種で、これも大分県の固有種。分布もコゾノメクラに近接する。
15 穴掘りの究極奥義
クラサワメクラチビゴミムシの一種、オオカワメクラチビゴミムシ。北関東に比較的広く分布する。名前は最初の採集者であり、栃木の甲虫の種類相解明に貢献した大川秀雄氏にちなむ。
VI 光りかがやく「怪虫」を求めて
16 虫に会いたくって涙が出た
キバネキバナガミズギワゴミムシ。河口域に広がる干潟の泥上で干潮時のみ活動し、満潮が近づくと付近のカニの巣穴に避難する。干潟環境の悪化により各地で減っている。
キベリマルクビゴミムシに、姿かたちも生息域もよく似たカワチマルクビゴミムシ。場所によってはかなり多い。極寒の12月でもしばしば平気で活動する。
17 自転車片道4時間、心は砕けた
耕作地にうんざりするほど多いセアカヒラタゴミムシ。個体により色彩に変異があり、全身黒い個体もいる。
18 闇に漂う勝利の匂い
フタモンマルクビゴミムシは、生息のために要求する条件が非常にうるさく、そこらへんの適当な場所では生きられない。近い将来の絶滅が危ぶまれる。
19 怪虫たちの再生
コキベリアオゴミムシ。わりと環境のいい湿地帯にしか生息しないが、いる場所にはかなりいる。
ついに見つけたアオヘリアオゴミムシ! 非常に稀、非常に美しい、非常にうれしい!! 深く碧い色彩を放つ上翅には、煌びやかさの中に穏やかさが宿る。
エピローグ 分からないことを分かりたい
あとがき――カントウイドウズムシ、その後

著者プロフィール

小松貴

コマツ・タカシ

昆虫学者。1982年生まれ。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻博士課程修了。同大学博士(理学)。九州大学熱帯農学研究センターでの日本学術振興会特別研究員、国立科学博物館協力研究員を経て、2022年4月現在は在野の研究者として奮闘中。専門は好蟻性昆虫。『昆虫学者はやめられない』(新潮社)や『絶滅危惧の地味な虫たち』(ちくま新書)、『裏山の奇人』(東海大学出版部)など著書多数。

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