
奄美でハブを40年研究してきました。
1,760円(税込)
発売日:2024/03/15
- 書籍
- 電子書籍あり
守護神はハブ。ガラパゴスで何が悪い? まか不思議な「最後の秘境」へようこそ!
獣医資格があるばっかりに、一切異動ナシ。限りなく豊かでユニークな人生を歩んだ東大の名物研究者が生物の楽園を愛情たっぷりにご案内。2万年前のハブは今の2倍の大きさ? 30年生きた例も? クロウサギの素顔とは? 世界自然遺産を軽妙に味わい尽くす面白蘊蓄エッセイ。【推薦 山極壽一&解説 養老孟司】
書誌情報
読み仮名 | アマミデハブヲヨンジュウネンケンキュウシテキマシタ |
---|---|
装幀 | 芦野公平/装画、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-355571-1 |
C-CODE | 0040 |
ジャンル | 科学、生物・バイオテクノロジー |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,760円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/03/15 |
書評
奄美で生きる、そうなんだからそうなんだ
奄美の人々にとってハブの話は欠かせない。長年過ごした東京から奄美大島に移り住んでもうすぐ5年、私の集落では、LINEグループで情報が共有されている。ハブが出たらすぐにお知らせが来る。気をつけて、という意味ももちろんあるが、出没情報や金、銀などの色、大きさも事細かに話すのが大好きだ。最近では気軽に携帯で動画が撮れることもあり、捕獲しようと必死に格闘する様子まで送られてくる。それを見るたびに、噛まれたらどれだけ痛いか散々聞かされていたので、震え上がる。もちろんポイズンリムーバーも常備している。
だが、この本を読み、ハブを必要以上に恐れることはないと安心した。ただ、40年間研究した結果の答えが、「注意するしかない」というのには笑ってしまった。
確かにハブを避ける有益な情報があれば、とっくの昔にみんなに知れ渡っているはずである。私には、意識している時はハブに出会わない、という持論があり、「ハブ、ハブ、ハブ」と呟きながら注意して歩いてきた。あながち間違いではなかったようである。「正しく無駄なく」という言葉に激しく頷いた。
奄美の人々は自然の動きを感じ取る能力が高い。例えば天気がわかる人も多い。島は複雑な形をしているので、一日の天気予報でも一律ではない。だから天気予報を見ても参考程度で、自分の感覚を信用している。冬には大根を大量に干す家も多く、私も真似をして干したら、カビが出てしまった。隣のおじいちゃんに言うと、「晴れる日があるからその時に干さないと」と言われたので、「晴れの予報でもにわか雨が降ることもあるからわからない」と私が言うと、「なんでわからんのかわからん」という顔で呆れられた。「なんでわかるの?」と聞いても「そうなんだからそうなんだ」と言う。そう、説明がものすごく苦手なのだ。
この本に登場する奄美の人々もそうだ。「鶏飯は奄美と言われているけど、薩摩本土が起源だよ」と言われたので、著者の服部さんがなんで薩摩なのかと聞いても「いや、薩摩だから薩摩だよ」と答えられたという。服部さんが色々な情報を集めて、「鶏飯は薩摩の料理がベースにあったのではないか」と結論づけたように、感覚でそう思うことがかなり正しい場合が多い。
服部さんのようにガンガン山に入っていくことはないが、それでもどうしても見たいものや好奇心で、私も森の中に足を踏み入れることがある。それを知った近所の別のおじいちゃんから、「あそこは妖怪が出るから行っちゃいかんよ」と言われたことがある。島の人々は危険な場所や異変を感じると妖怪の存在を話す。「集落以外の人に教えると教えた人は不幸になる」、「そこのものを持ち出したら家族の誰かが死ぬ」などの話は、きっと危険なことから身を守るために伝わってきたのだろう。
「ハブがいたから奄美の自然は守られた」と服部さんが言うように、島の人たちは危険な場所にはむやみに入らない。それは自然の圧倒的な強さを知っているから。台風が多い島だが、家々の作りが簡素で驚く。自然には敵うものではないと知っていて、耐える頑丈な家を作るよりも、壊れてもまた簡単に直せるようにしようという考えからである。
人間の営みも自然の一部と捉え、ルールで縛りすぎず、ずっと模索し続ける姿勢が大切なのだろう。
「奄美はまだ折り合いの付け方を知り、折り合える状況にある」
奄美に40年暮らし、島の人々と酒を酌み交わし、行事をたくさん共にしてきた服部さんだからこその言葉だと思う。
そんな奄美で、私もなるべく生き物の一部として生きていきたいと、強く思った。
(みろこまちこ 画家)
波 2024年4月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
服部正策
ハットリ・ショウサク
島根県生まれ。東京大学農学部畜産獣医学科卒業。東京大学医科学研究所の奄美病害動物研究施設に2020年3月まで約40年間勤務。専門は実験動物学、医動物学。ハブの生態、咬傷予防、ハブ毒インヒビターの研究や、ワタセジネズミ、トゲネズミなど野生哺乳類の研究、実験用霊長類を使用した感染防御実験などを行ってきた。休日や夜間の野生動植物の観察がライフワークで2024年3月現在も続けている。著書に『マングースとハルジオン』(伊藤一幸との共著、岩波書店、2000年)がある。退官後は、島根県の山間部で農業をしながら、奄美の自然を伝える活動や著述に勤しんでいる。