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江分利満家の崩壊

山口正介/著

1,540円(税込)

発売日:2012/10/22

書誌情報

読み仮名 エブリマンケノホウカイ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-390605-6
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2013/04/05

父・瞳が書けなかった秘密。母・治子を炉心とする山口家最大のミステリー!

夫・瞳についてのノンフィクションを書きたい――癌の宣告を受けてから、別の顔を見せるようになった母。神経症のため、外出も思うに任せなかった母は、その原因を私に吐露し始めた。その「証言」内容は次第に変化してゆき、最後に父の一言に帰着した――。山口瞳の暴露遺伝子が炸裂する、『血族』の場外乱闘篇。

目次
第零章 大震災の起こった日に
第一章 母の神経症の謎を追う
第二章 父・瞳との思い出を辿る旅
第三章 もしものときのシミュレーション
第四章 母、旺盛な執筆活動に勤しむ
第五章 喪主挨拶の予定原稿を書く
第六章 ミステリーの悲しい結末
第七章 終末への伴走者として
第八章 自ら終りを準備する人
第九章 母、父と同じホスピスを望む
第十章 母、最後の子どもじみたイタズラをする
第十一章 夫・瞳に一番近い場所にたどり着く
第十二章 独りで逝った母のために
第十三章 母の厳粛なる葬送
終章 葬儀のあとさき

書評

父の戒めどおりの暴露作

嵐山光三郎

 筆者の山口正介氏は山口瞳の息子である。一九九五年に父瞳が没し、二〇一一年三月に母治子が没し、ひとりぼっちになった。
 山口瞳は一九六三年に『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞し、没後も根づよいファンを持つ国民的小説家である。「江分利満」(つまりエブリマン)は、六〇年代に台頭した中産階級のサンプルであって、世間とのつきあいを大切にして、つつましく、一途に生きる人々への賛歌だった。偏屈でガンコで融通がきかないけれど人情がある。
 山口瞳が人気絶頂にあったとき、正介氏は映画評のほか小説、旅行記を書いていたが、どこかものうげな重圧に耐えているように思われた。人気作家のひとり息子であり、父瞳が「週刊新潮」に連載していた『男性自身』に登場するモデルの役をはたしていたからだ。それは治子夫人も同様で、私生活をあれこれと書かれる家族のプレッシャーは、なった者でなければわからない。
 山口瞳が六十八歳で没したとき、山口正介氏は『ぼくの父はこうして死んだ』を書いて長年にわたる父親との決着をつけた。生前の山口瞳は正介氏にむかって、歌人Y氏の息子のように「父への反発」の手記を書くなと命じた。そのいっぽう「秘密の暴露のない私小説は駄目」ともいった。エッセイでは日常の愉快な話を書く山口瞳だが、小説では一家の秘密を暴露した。庶民への共感を示し、社交的でありつつも、一貫して「父親との確執」を書きつづけてきた。
 山口瞳の葬儀のとき、町の親しい長老が、「正介君、これから自分のやりたいことをやりなさい」と励ましてくれた。そのとき、正介氏は「問題は母のほうだ。いままで父と分担していた母の面倒を、ぼくひとりが見なければいけない」と覚悟した。母治子には不安神経症、いまふうにいえばパニック障害という症状がある。ひとりで電車に乗ることができない。どこかへ行くときは正介氏が同行しなければいけない。正介氏の帰宅の門限がきめられている。無断外泊は禁止。
 母治子は鎌倉アカデミア時代から短歌を詠み、文学少女だった。大変な読書家で、向田邦子にいち早く着目したのは治子さんだった。山口瞳没後、『瞳さんと』という本を刊行している。そのうち、山口瞳が小説『人殺し』を執筆するとき「京都で浮気をした」という噂をききつけて、時系列で「事実はどうか」をさぐる『「人殺し」の頃』というノンフィクション小説を書きはじめた。没した夫の「浮気」を調査検証しようとした。瞳さんはもう亡くなったんだから、すんだことはいいじゃないか、では治子さんは納得しないのである。
 山口瞳は「妻の病気は原因不明」としながらも、病気の原因は「自分にある」と思っていたふしがある。山口瞳が没したあと、治子夫人は別人のように元気になり、行きつけの画廊エソラで毎年の暮れに開かれた山口瞳追悼ハガキ絵展にもよく顔を出した。山の上ホテルで山口瞳十三回忌をしたときは「息子が死ぬことよりも瞳さんが死んだときのほうがずっとつらい」といって周囲の人をおどろかせた。
 家では「あたしはパパのお箸を、毎日チュパチュパって舐めていたかったのに、お箸がどこかへいっちゃった」といって、正介氏を困らせた。瞳さんのお箸はお棺に入れて焼いてしまった、というのに。
 ガンで終末期を迎えた治子さんを介護しつつ、正介氏はひとりで伴走した。この書は、「わがままな母」を最後まで看取った正介氏の奮闘記である。であるのに、「パパもわたしも優秀だったのに、あんたはなにをやっているのよ」と「女帝」が叱る。「映画なんか観るな。誰のおかげで観られるんだ。いつまでも甘やかさないわよ」。
 治子さんは入院した病院で、自分の眼鏡をひねって壊し、眼鏡のツルで手首を傷つけ、点滴のチューブで首を絞めて自殺しようとした。
 壮絶な母子関係で、ここまで書かないでもいいだろう、とはらはらするほど山口家の秘密が暴露されるが、悲壮感はなく、山口家の濃密な信頼関係に胸をうたれる。そして正介氏は「お父さんはやっぱり瞳、お母さんは治子がいい」とつぶやくのである。

(あらしやま・こうざぶろう 作家)
波 2012年11月号より

著者プロフィール

山口正介

ヤマグチ・ショウスケ

1950年、東京生まれ。作家、エッセイスト。山口瞳の長男。『江分利満氏の優雅な生活』の中で「喘息もちの庄助」として登場する当人である。桐朋学園短期大学部で演劇を学び、舞台演出等を経て、映画評論やエッセイ、小説に手を染める。『道化師は笑わない』『プラントハンターは殺さない』等のミステリー、家族、血族に材を採った『親子三人』『アメリカの親戚』等の小説の他、瞳氏の闘病生活を描いた手記『ぼくの父はこうして死んだ』など著書多数。

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