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処女の道程

酒井順子/著

1,650円(税込)

発売日:2021/02/17

書誌情報

読み仮名 ショジョノドウテイ
装幀 升ノ内朝子/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-398510-5
C-CODE 0095
ジャンル 文学・評論
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2021/02/17

低調⇒堅調⇒高騰⇒ストップ安⇒? その「市場価値」は日本を映す鏡だった。

信仰しろ、超越しろ、死守しろ、早く捨てろ、と議論を呼んできたナゾ概念「処女」。実家に住む未婚女を意味したこの語は、なぜセックスと結びついたのか。万葉の時代から令和まで、千二百年にわたる処女と貞操の価値を追うことで、女性の地位や性意識のみならず、この国の空気をも炙り出す、笑いと刺激に満ちた「性のクロニクル」誕生!

目次
性の解放、行き着く果ては
平安の貞操事情
「女の欲求」が見えていた頃
「女大学」で処女は守れるか?
肉交あって情交無き時代
クリスチャンが愛した「純潔」
与謝野晶子vs平塚らいてう
貞操論争と童貞ブーム
処女膜を超越せよ
丸ビルに処女なし?
貞操意識の二極化、そして「エス」
「男の貞操」と「永遠の処女」
「する自由」と「しない自由」の消滅
肉体コンシャスに生きる
女の情欲への恐れと制御
性の黒船、「ペッティング」と「オリンピック」
フリーセックスの荒波に揉まれ
モテてからするか、してからモテるか
「ツッパリ」の純情、「アンアン」の多情
処女の価値、ストップ安の時代
そして誰もしなくなるのか
あとがき

書評

昔から、処女であり続けることに価値は全くなかった

北村紗衣

 酒井順子の新著『処女の道程』は、日本において「処女」なるものがどうとらえられてきたかを、万葉集の時代から現在まで、さまざまな文学作品や論考をもとに探ったものである。昔の女性は夫以外の相手とセックスすることがなく、婚外性交渉は悪いこととされていたが、今は違う……というようなイメージをもやっと持っている人がいる一方、どうもかつての日本の女性は性的に解放されていたが、性道徳をとやかく言うようになったのは西洋の影響らしい……というような、これまた漠然としたイメージを持っている人もいると思う。この作品はそうした曖昧な知識を整理し、歴史の解像度を上げるのに有益な本だ。
 本書によると、あまり処女性が重視されていなかったらしい古代から、結婚制度が変わってくる武士の時代、儒教道徳の普及を経て、明治期になると日本の女性を縛る性道徳が激変する。キリスト教道徳の影響や近代国家としての体制強化に伴って処女性崇拝とでも言うべきものに関する活発な議論が見受けられるようになり、第二次世界大戦期には女性の性に対する管理が目立つようになる。戦後にはそれに対する揺り戻しがあり、2000年頃には著者が言う「日本人のセックス意欲の膨張のピーク」(p.208)があった。若者がセックスに積極的なのは当たり前だというような意識が広がったが、その後「セックスバブル崩壊」(p.210)が起こる。日本の若者は以前に比べて性に興味を示さなくなる傾向があり、女性が積極的にセックスすることに対して抵抗や偏見がなくなっている一方、セックスしていないと恥ずかしいとか、若者はセックスして当然だというような同調圧力も薄れてきている。本書は若者の性意識の多様化を指摘する一方、いまだに処女性に異常にこだわる「処女厨」と呼ばれる男性が存在し、その背後に「女性を所有はしたい」が「所有対象から比較や批判はされたくない」(pp.219-220)という心理があるのではないかと分析している。
 序盤の古代から近世あたりまでの分析はやや駆け足の印象も受けるが、本書の面白さは46ページ以降、明治から現在までの分析にある。与謝野晶子や平塚らいてうのような著名人の論考から、あまり目に触れる機会のないような雑誌記事、政府やNHKなどによる調査まで、さまざまな資料を用いて日本人の性に関する考え方を辿っている。とくに1980年代以降に関しては資料が豊富であることもあり、性意識の微妙な変化をきめ細かく描き出している。
 本書を読んで思うのは、「処女性の重視」というのは実は大いなる嘘っぱちであり、日本史上(そしておそらく世界史上においても)、処女であり続けることが重視された時代など一度もなかった、ということだ。結婚前に処女であることがあまり重視されていなかったような時代のみならず、若い女性の処女性が尊ばれる時代においてさえ、女性は常にどこかで結婚して処女ではなくなり、子供を産むことが求められていた。死ぬまで処女というのは想定外なのだ。本書では、第二次世界大戦の時期に「永遠の処女」である原節子のような女性像がもてはやされる一方、「できるだけ早く処女から卒業しろ」(p.128)という圧力が女性にかけられていたことが指摘されている。産めよ殖やせよが国策であった戦時中はもちろん、ずっと処女であり続ける女性というのは常に社会にとって厄介者だった。この点では、男性との結婚は女性にとって自らを犠牲にすることで、セックス全てが恥ずべき行いだと考え、清くあるためには人類滅亡すら厭わないと1936年に宣言していた「純潔原理主義者」(p.115)である吉屋信子は大変過激だ。おそらく同性愛者だったと考えられている吉屋信子の反セックス思想は一見、世間の処女性崇拝に同調しているようだが、実は社会通念に真っ向から反逆している。本作の最後に出てくる作家はセックスを異化して描くのが得意な村田沙耶香だが、吉屋はそれを先取りしていたと言えるかもしれない。
 本書は性意識の変遷に関する見取り図を把握するのに最適の著作だ。さらに時代ごとの細かい分析を知りたい読者は、是非本書で言及されている学術書も手に取ってほしい。アンケ・ベルナウ『処女の文化史』(夏目幸子訳 新潮選書 2008)や澁谷知美『日本の童貞』(河出文庫 2015)などを併せて読むとさらに楽しめるだろう。

(きたむら・さえ 武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授)
波 2021年3月号より
単行本刊行時掲載

担当編集者のひとこと

 著者の酒井さんは「婦人公論」と「anan」という2大女性誌の歴史を振り返る仕事(『百年の女』中央公論新社刊/『ananの嘘』マガジンハウス刊)を通して、「処女の価値」が時代によって大きく変動してきたこと、それが日本社会の変遷と密接に繋がっていたことに気づきました。
 そこで時代を象徴するメディア――和歌や小説、映画、演劇、新聞、雑誌から、処女の価値を読み取り、自らの経験も交えてその変遷を追った大労作が本書。中でも〈最高値〉の明治・大正期から〈底値〉の現在に至るパートは発見の連続、圧巻の読みごたえです。
 驚かされるのは、性の営みという最も個人的な事柄に対し、他人や社会が平然と口を挟んできたこと。たとえば与謝野晶子は平塚らいてうが処女ではないと聞き、その真偽を問う脅迫まがいの文章を発表しています。第二次大戦中には陸軍大佐が出産奨励の文脈で「念には念を入れて夫婦の聖業を。粗製乱造では困る」と発言。戦後は一転、産児制限を訴える文部大臣が「結婚して一度異性を知ると、愛情よりも劣情の虜となってしまう女性もいる」などと書いている。どれも今なら一発退場案件ですが、正義感と無意識から生まれた発言とあって時代の感覚がビビッドに伝わってきます。
「処女」という切り口が浮き彫りにする日本人の性意識、そして社会の空気や同調圧力。見えないものを見せてくれる、全く新しい日本史の誕生です。(出版部・K)

2021/03/26

著者プロフィール

酒井順子

サカイ・ジュンコ

1966年東京生まれ。高校時代より雑誌「オリーブ」に寄稿し、大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。一貫して、日本の女の生き方・考え方をテーマにし、2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』はべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。三〇代以上・未婚・子ナシ女性を指す「負け犬」は流行語にもなった。他の著書に『枕草子REMIX』『女流阿房列車』『紫式部の欲望』『ユーミンの罪』『地震と独身』『オリーブの罠』『子の無い人生』『源氏姉妹』『ananの嘘』『男尊女子』『百年の女『婦人公論』が見た大正、昭和、平成』『家族終了』『センス・オブ・シェイム 恥の感覚』『ガラスの50代』など多数。

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