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冷蔵庫を抱きしめて

荻原浩/著

1,760円(税込)

発売日:2015/01/22

  • 書籍

心に鍵をかけて悪い癖を封じれば、幸せになれるかな? いや、それではダメ――。

新婚旅行から戻って、はじめて夫との食の嗜好の違いに気づき、しかしなんとか自分の料理を食べさせようと苦悶する中で、摂食障害の症状が出てきてしまう女性を描いた表題作他、DV男ばかり好きになる女性、マスクなしでは人前に出られなくなった男性など、シニカルにクールに、現代人を心の闇から解放する荻原浩の真骨頂。

目次
ヒット・アンド・アウェイ
冷蔵庫を抱きしめて
アナザーフェイス
顔も見たくないのに
マスク
カメレオンの地色
それは言わない約束でしょう
エンドロールは最後まで

書誌情報

読み仮名 レイゾウコヲダキシメテ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-468906-4
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,760円

書評

波 2015年2月号より [荻原 浩『冷蔵庫を抱きしめて』刊行記念特集] もし診察室にやってきたら

香山リカ

「精神科医として30年近く仕事をしてきて、いちばん感じる変化は何ですか」とよく質問される。そのときは決まって、先輩精神医学者が語った言葉を引用させてもらう。「山の標高は低くなったけれど、すそ野が広がったのです」つまり、統合失調症や躁うつ病など従来からある精神疾患は治療法の進歩などによりそれほど手ごわい相手ではなくなりつつあるのだが、それと入れ替わるように「軽いけれど治りにくい病気」「病気かどうかもわからないような問題や状態」が増えつつあるのだ。よりわかりやすく言えば、「健康と病気のあいだのグレーゾーンが広がった」ということだ。
この作品集には、そんな「山のすそ野」の風景がいっぱい出てくる。『ヒット・アンド・アウェイ』の雪乃は、内縁の夫の暴力、つまりDVに苦しんでいる。とはいえ、すぐに警察を呼ぶほどの致命的な暴力ではない。雪乃の夫は何らかの心の病なのか、また雪乃は暴力のトラウマから心を病んでいるのか、というと、そうは言い切れない。かと言って雪乃たちが健全なカップルかというと、到底そうは言えない。
雪乃がもし診察室にやって来たら、私は彼女に何らかの病名をつけるのだろうか、いや……と考え始めたら胸がドキドキしてきた。しかしありがたいことに、彼女が選んだ“駆け込み先”はメンタルクリニックではなかったのだ。そう、グレーゾーンの人たちを癒すのは、必ずしも医療機関やカウンセリングルームとは限らない。
『冷蔵庫を抱きしめて』の直子は食べて吐くのが止まらず、『マスク』の沖村は他人からの視線が苦痛で常にマスクを着用している。前者が診察室に来れば「過食症」、後者は「醜形恐怖症」と診断することになるだろう。ところが彼女たちが選んだのも、医療機関による手当てではなかった。そうであるなら、この人たちは「病気」ではない。もちろん、その問題を解決に導いたのも薬や専門家のカウンセリングなどではなかった。
とは言え、みながみな「診察室の外」に癒しや答えを見つけているわけではない。百貨店で接客しながら思ったことをすべて口にしてしまう、という悩みを抱えている礼一のように、自ら心療内科を受診する人もいる。しかし、メンタル医は案の定、「ADHD」「強迫性障害」「アスペルガー」などと次々、病名を口にしては、患者である礼一から「どうしても病名をつけたいらしい」とあきれられる。礼一の言葉は、私の胸にも突き刺さった。
「いまの世の中は、『人に病名をつけたい病』に罹っているのだ」
その後、もちろん礼一も「診察室の外」に解決の糸口を見出していく。
私はときどき、マスコミの要請に応じて「政治家の言動」や「女子高生に大人気のキャラクター」などを“分析”することがある。「この人は相当、不安が強いですね。だからそれを隠すために断定口調でまくし立てているのです」などと解説すると必ず「それにあえて病名をつけるとすると」と言われ、「まあ、精神分析学で言う『躁的防衛』ですかね」などと答えるとようやく納得してもらえる。この作者が言うように、世の中じたいが「人に病名をつけたい病」にかかっているのだろう。
それにしても、“病気ギリギリ”の人たちの心模様や生活ぶりをときにユーモアを交えた視点から眺め、診断名や心の専門家を極力、登場させることなく、その人たちが自分の力で解決の糸口を見つけていくさまを描いた著者の人間観察力や洞察力には驚かされるばかりだ。読者は8篇のどれかに自分を重ね、主人公といっしょにあくまで日常生活の中での回復の道のりをともに歩むことによって、「まあ、私もなんとかなりそうか」と自分の重荷も軽くなったような気がするに違いない。私も今度、診断名をつけるまでもない、クスリを出すまでもない人が診察室にやって来たら、本書を差し出しながらこう言おう。
「あなたがするべきことは、ここで私から病名を与えられることではなくて、この本を読んでみることですよ」

(かやま・りか 精神科医)

[→][荻原 浩『冷蔵庫を抱きしめて』刊行記念特集]【インタビュー】僕らはみんな病んでいる

インタビュー/対談/エッセイ

波 2015年2月号より [荻原 浩『冷蔵庫を抱きしめて』刊行記念特集] 【インタビュー】僕らはみんな病んでいる

荻原浩

――『冷蔵庫を抱きしめて』は現代人の心の闇を描いた短編集ですが、テーマは最初から決めていたのですか。
何も決めていません(笑)。それどころか、スタートとなった「エンドロールは最後まで」は、恋愛小説を短編でという依頼だったので、ならば苦手な三十代女性を主人公にしてみようと。書き終えたら手応えを感じることもできたので、次も「若い女性」でいってみようと! 読者の方にはいい迷惑かもしれませんが、修行のつもりだったので、最初はテーマより、誰を登場させるかを重視していました。とはいえ女性目線ばかりだと説得力に欠ける部分もあるでしょうから、そうはしませんでしたが、スタートは修行です。すみません。
具体的にテーマが見えてきたのは、三作目に書いた表題作の「冷蔵庫を抱きしめて」です。新婚さんである主人公が夫との食の嗜好の違いに悩むお話ですが、結婚生活三十年のキャリアを持つ僕の経験からしても、その程度のことは時間が解決してしまうはずなので、主人公にはもっと何かあると、それを探っていったら、途中で彼女が吐いてしまった。そこで僕自身、この人の摂食障害に気づき、そういう展開になったわけですが、この時、カタカナで書くような「ビョーキ」を全体のテーマにしてみようと決意しました。ちょうど編集者に「あたりまえのことができない人シリーズですね」と言われたことにも後押しされました。最初に書いた作品の裏テーマは牛丼屋に一人で入れない女だったので。

――「カメレオンの地色」は捨てられない女が主人公ですが、取り上げるビョーキはどのように選んだのですか。
鬱とか統合失調症ではなく、病気と診断されない程度のビョーキです。摂食障害は病院に行けば診断を下されますが、本人がその状態に気づかないケースもあるでしょうし、そういう誰にもある少し病んでいる行為の根っこを探りました。「それは言わない約束でしょう」で、主人公が「ぼくらはみんな 病んでいる」と替え歌を歌う場面があるのですが、まさにこれがメインテーマです。

――この作品もシュールで、主人公は接客の最中にそのお客様の悪口をぶつぶつ言っています。しかも無自覚で。
KY的な言葉が市民権を得てから、「どこまで空気を読むか読まないか病」が世の中に発症してしまった気がしていて、ではある日突然、空気を読む力が欠けてしまったらどうなるのかなと。言ってはいけないことも言い続けてしまうのではないかなと、そしてあのような人が誕生しました。

――なるほど。ちなみに私は「マスク」を読んで、マスク依存症という病気を初めて知りました。
マスク依存症は、一度つけてしまうとその心地よさに酔ってしまうらしいですよ。顔をみられることが苦痛なんて、まさに自意識過剰の果てですよね。顔つながりでいうと、「顔も見たくないのに」は、フェイスブックの登場によって昔の恋人の近況を簡単に知ることができるようになり、電波ストーカーが多くなってしまった現代で、その究極の形を書いてみたくて生まれた作品です。元恋人がお笑い芸人になってしまって、四六時中、TVや広告でみたくもない顔をみなくてはならなくなった女性を描きました。苦痛ですよねぇ。僕は嫌です。

――私も嫌です。それにしても軽くない問題を扱っているのに、どの作品も未来への展望を感じさせます。特にDV男に悩む「ヒット・アンド・アウェイ」は、実際に被害に遭っている女性が読んだら瞠目するような解決法ですよね。
本当に本気で解決策を考えました。そして、そういう風に繰り返し同じようなタイプを好きになってしまうのならば、話し合いではなく、被害者がそういう人間より強くなる、そして強い後ろ盾を持つのはどうだろうかと。ラストシーンを書いている時は、脳内で『ロッキー』のテーマが流れていました。ちなみに、「アナザーフェイス」のラストは怖いですよ。

――この作品集を手がけて、変化はありましたか?
若い女の子を書けない病は、少し克服できたかな。けど、まだまだ発展途上だと思っているので、あらゆる世代、性別を書けるようになりたいです。あと牛丼屋にはふつうに一人で行けるのですが、一人でお酒を飲みに行けないので、今度、チャレンジしてみようと思います。

(おぎわら・ひろし 作家)

[→][荻原 浩『冷蔵庫を抱きしめて』刊行記念特集]香山リカ/もし診察室にやってきたら

著者プロフィール

荻原浩

オギワラ・ヒロシ

1956(昭和31)年、埼玉県生れ。成城大学経済学部卒。広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。1997(平成9)年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞を、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞受賞を、2016年『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞。著作に『ハードボイルド・エッグ』『神様からひと言』『僕たちの戦争』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『押入れのちよ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『ちょいな人々』『オイアウエ漂流記』『砂の王国』『月の上の観覧車』『誰にも書ける一冊の本』『幸せになる百通りの方法』『家族写真』『冷蔵庫を抱きしめて』『金魚姫』『ギブ・ミー・ア・チャンス』など多数。

判型違い(文庫)

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