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ドン・キホーテ(全4巻)

セルバンテス/著 、堀越千秋/装画・挿画 、荻内勝之/訳

15,400円(税込)

発売日:2005/10/19

書誌情報

読み仮名 ドンキホーテ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
ISBN 978-4-10-504402-2
C-CODE 0097
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 15,400円

『ドン・キホーテ』出版四〇〇周年記念。声に出して読みたくなる画期的な新訳、待望の刊行!

雄大深遠にして血湧き肉おどる物語が、素晴らしい日本語で生まれかわった。荻内訳は、セルバンテスがその序文で「格式ばらず、文章の調子が良い楽しい物語にした」とうたっている精神にのっとり、日本語の語り調子を生かして味わい深く、朗読して文章の美しさ物語の面白さを堪能できる。堀越千秋氏の挿絵各巻一〇点を入れて刊行。

  • 受賞
    第42回 日本翻訳出版文化賞

インタビュー/対談/エッセイ

波 2005年11月号より プラトニック・ラブの聖地エル・トボーソ  セルバンテス『ドン・キホーテ』

荻内勝之

 このたび新訳『ドン・キホーテ』を出すにあたって、ラ・マンチャのエル・トボーソ村をたずねた。ドン・キホーテの思い姫ドゥルシネアの村である。二階建ての家並が波紋のようにひろがる。直径およそ五百メートル。首都マドリードから百五十キロ。バスが着いたところから村がはじまる。白い壁の家々。その一角に文字タイルが埋め込んである。「主従はトボーソの村へと入っていった」。
訳者は後篇の八、九、十章が大好きだ。ドン・キホーテとサンチョがドゥルシネアの館をさがしに行き、結局サンチョが百姓娘を姫に仕立てあげるのであるが、主従の会話のおかしみが群をぬいており、読むたびに笑う。見もせず触りもしないものを信じる、そんなプラトニック・ラブの真髄がそこにはある。家並を分け入ると、そこでも壁に「ドゥルシネア殿の御殿は何処か、案内せよ」とある。「御殿とは、異なことを。わたくしが姫にお会いしたのは荒屋でありました」とサンチョは答える。「あれに浮かぶ嵩ばったもの、影にも見えるが、あれだ」とドン・キホーテは言い張る。壁をたどれば、本になるのだ。
かさばった影のようなものに行き当たると、「これはしたり、教会だ」とドン・キホーテ。「墓場でなくてようございました。姫君の館はどん詰まりの袋小路と申し上げたはず」とサンチョ。「戯言を申すな。どこの世界で城や御殿をどん詰まりの袋小路に造るか」とドン・キホーテ。殿様は機嫌を損ねるが、家来の返す言葉がふるっている。
「土地土地に流儀ってものがございましょう。御殿もお屋敷も、袋小路に建てるのがトボーソ流かもしれません」
当時、エル・トボーソには由緒正しいキリスト教徒の家柄が多く、人口が二万を超えて、なにしろ作品では大都とされているから、ドン・キホーテがそこに姫の城があるとするのはうなずける。また、ドゥルシネアは豚の脂身の塩漬干しを作らせればラ・マンチャで右に出る者がない、と特筆されており、豚を食うことを誇りにするキリスト教徒の臭いがたっぷりしみ込んでいる。土地も、恋の相手もキリスト教を錦の御旗に立てるドン・キホーテには理想的なのだ。ちなみに、ドン・キホーテの出身地と目されるアルガマシーリャ・デ・アルバは、当時アルバ公爵がイスラムに転宗(ころ)んだモリスコを移住させた土地である。だからこそ、ドン・キホーテは自分がキリスト教徒であることを強調する。
さて、ドゥルシネアの館をさがせと家来の尻をたたくドン・キホーテが、ここで物語中もっとも衝撃的な告白をする。
「類なきドゥルシネア殿のお姿は拙者とて生涯一度も拝んでいないのだ。御殿の敷居を跨いだこともない。ただ、美しく淑やかであらせられると聞き及び、それだけで惚れた」
かくのごときプラトン流の恋の極致に親しく接したサンチョは、その薫陶よろしきを得て衝撃的な告白に衝撃的な告白で返す。ドゥルシネアが麦を飾っているところを訪ね、手紙を渡し、返事まで持ち帰ったことにしていたが、みんな嘘だ。
「見たとは申しましても耳で見たんですよ。返事も本人の口からではなくて、人の話の聞きかじりです。ドゥルシネア様を存じていると申しましても、その程度の雲をつかむような存じあげようでありまして」
しかし、ぴたり、波長を合わせるやさしくも狡い忠臣サンチョはあくまで主君を喜ばすことに努める。通りがかった野良着の娘をドゥルシネアでありますと言い張るのだ。そのお姿は、「黄金の炎をまとい、真珠の粒は何にたとえん、麦穂のごとくたわわ。金剛石と紅玉の山が動くような立ち姿」
ドン・キホーテの恋をキ印ならではのプラトン流と見抜いたサンチョは、それならそれで、とここでも波長を合わせ、その手の恋の取り持ちに知恵をしぼり、精を出すようになる。すなわち、その後も「わたくしの恋は観念の世界のプラトン流であります」と主君が唱えれば、はたから「殿、よくぞおっしゃいました」と囃すことを怠らず、臨終の床にある殿をも、「ドゥルシネア様のお出ましです」と励ます。この励ましは恋の肝煎の達人の芸である。いまやプラトン流の恋を奉ずる者が世界からエル・トボーソを聖地として詣でているが、サンチョのこの一言がなかったら、ドン・キホーテの狂気とともに生まれたドゥルシネアは死にゆくドン・キホーテの狂気とともに消滅していたであろう。サンチョのこの一言で生き延びたのである。

(おぎうち・かつゆき 翻訳家)

著者プロフィール

セルバンテス

Cervantes

堀越千秋

ホリコシ・チアキ

荻内勝之

オギウチ・カツユキ

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