V.(上)
3,300円(税込)
発売日:2011/03/31
- 書籍
もはや現代世界文学の新古典。天才の衝撃的デビュー作、革命的新訳成る。
ヴィクトリア。ヴェロニカ。ヴェラ。……世界史の闇に? 遍在し? 暗躍する? 謎の女? V.。彼女は実在するのか? 聖なのか魔なのか? 謎に憑かれた男ステンシルとダメ男プロフェインの軌跡が交わるとき――。奇っ怪にして爆笑のエピソードを満載した天才の衝撃的デビュー作、20世紀文学の新古典が、30年の時を経てついに新訳!
第二章 ヤンデルレン
第三章 早変わり芸人ステンシル、八つの人格憑依を行うの巻
第四章 エスター嬢が鉤鼻を付け替えるの巻
第五章 ワニと一緒にステンシル、すんでのところでおだぶつの巻
第六章 プロフェインが路上の暮らしに戻るの巻
第七章 彼女は西の壁に掛かっている
第八章 レイチェルにヨーヨーが戻り、ルーニーは歌を歌い、ステンシルはチクリッツを訪ねるの巻
第九章 モンダウゲンの物語
書誌情報
読み仮名 | ヴイ1 |
---|---|
シリーズ名 | 全集・著作集 |
全集双書名 | トマス・ピンチョン全小説 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 384ページ |
ISBN | 978-4-10-537207-1 |
C-CODE | 0097 |
ジャンル | 文芸作品、評論・文学研究 |
定価 | 3,300円 |
書評
波 2011年4月号より 青春の『V.』
……そして『V.』を読んでみて、どう表現していいのかわからない妙なショックを受けた。当時のわたしの英語力では、はたしてまともに読めたのかどうかも怪しい。それでも、『V.』はわたしがそれまでに読んだどんな小説にも似ていない、ということだけはわかったのだ。その妙なショックのせいか、わたしは初めて活字になった文章で『V.』論を書いた(季刊『ソムニウム』創刊号、一九七九年)。「空間V中の点P」と題したその稚拙な文章をいま読み返すと、要するにわたしが書いているのは、「人間ヨーヨー」たるダメ男、ベニー・プロフェインが好きだということに尽きる。ジョイスの『ユリシーズ』でスティーヴンかブルームかどっちが好きかという問いを、そのままピンチョンの『V.』でステンシルかプロフェインのどっちが好きかという問いに置き換えられそうな気がするほどだ。そしてわたしは、圧倒的にブルーム/プロフェイン派なのである。
現在でも記憶しているのは、プロフェインが口にする言葉でいちばん印象的だったのが、“Wha”という言葉にならない言葉。彼の口癖とも呼ぶべきこの“Wha”は、なんとも気が抜けるというか、ズッコケていて、今風に言えば脱力系である。そういうキャラクターを、わたしはそれまで見たことがなかったのだ。そして、プロフェインの言葉として極めつけだと思えるのは、物語が終わりのない終わりに近づいて、第十六章でブレンダに「あなた、経験から学び取ったことないの?」と訊かれ、「ない、はっきり言ってひとつもない」と迷わず答える、その言葉。これが、この小説でプロフェインが最後に言う言葉なのだ。これほど爽快なまでに、いわゆる成長とは無縁なキャラクターがいるだろうか。
のめりこみながらも、肩の力を抜くこと。ピンチョンのトレードマークともいえるこの姿勢を、わたしはよくわからないなりに本能的に感じ取った。『V.』は、迷路にさまよっていた当時のわたしに、それでいいんだ、うろうろしていていいんだと教えてくれた。それは不思議なくらい心地良い感覚だった。それはちょうどわたしたちがエンディングで出会う、竜巻の後に訪れた静けさのような、不思議に心穏やかな気持ちだった。
もしかすると『V.』は、ピンチョンにしか書けない「青春の書」であるように、わたしにとっても奇妙な「青春の書」だったのかもしれない。
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著者プロフィール
トマス・ピンチョン
Pynchon,Thomas
1963年『V.』でデビュー、26歳でフォークナー賞に輝く。第2作『競売ナンバー49の叫び』(1966)は、カルト的な人気を博すとともに、ポストモダン小説の代表作としての評価を確立、長大な第3作『重力の虹』(1973)は、メルヴィルの『白鯨』やジョイスの『ユリシーズ』に比肩する、英語圏文学の高峰として語られる。1990年、17年に及ぶ沈黙を破って『ヴァインランド』を発表してからも、奇抜な設定と濃密な構成によって文明に挑戦し人間を問い直すような大作・快作を次々と生み出してきた。『メイスン&ディクスン』(1997)、『逆光』(2006)、『LAヴァイス』(2009)、そして『ブリーディング・エッジ』(2013)と、刊行のたび世界的注目を浴びている。
小山太一
コヤマ・タイチ
1974年、京都生れ。ケント大学(英国)大学院修了。立教大学教授。マキューアン『愛の続き』『アムステルダム』『贖罪』『土曜日』、ピンチョン『V.』(共訳)、オースティン『自負と偏見』、ジェローム『ボートの三人男』など、訳書多数。
佐藤良明
サトウ・ヨシアキ
1950年生まれ。フリーランス研究者。東京大学名誉教授。専門はアメリカ文化・ポピュラー音楽・英語教育。代表的著書に『ラバーソウルの弾みかた』。訳書にグレゴリー・ベイトソン『精神の生態学』、ボブ・ディラン『The Lyrics』(全2巻)など。〈トマス・ピンチョン全小説〉では7作品の翻訳に関わっている。