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何が起こっているのか知らないほうがいい。自分もその謎を作りあげた張本人なのだから――。欧米各国で絶大な賞賛と人気を得た、不条理で物語にみちた新ロシア文学。

ペンギンの憂鬱

アンドレイ・クルコフ/著 、沼野恭子/訳

2,160円(税込)

本の仕様

発売日:2004/09/30

読み仮名 ペンギンノユウウツ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 316ページ
ISBN 978-4-10-590041-0
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,160円

恋人に去られ孤独なヴィクトルは売れない短篇小説家。ソ連崩壊後、経営困難に陥った動物園から憂鬱症のペンギンを貰い受け、ミーシャと名づけて一緒に暮らしている。生活のために新聞の死亡記事を書く仕事を始めたヴィクトルだが、身辺に不穏な影がちらつく。他人の死が自分自身に迫ってくる。ロシアの新鋭による傑作長編小説。

著者プロフィール

アンドレイ・クルコフ Kurkow,Andrej

ウクライナのロシア語作家。1961年レニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)に生まれ、3歳のとき家族でキエフに移る。キエフ外国語大学卒業。出版社勤務、オデッサでの兵役を経て、小説、シナリオ、児童書を書いていたが、長らく日の目を見なかった。クルコフの名を一躍有名にしたのが『ペンギンの憂鬱』(1996年)である。約20カ国語に訳され、国際的なベストセラーとなる。キエフ在住。妻はイギリス人。

沼野恭子 ヌマノ・キョウコ

1957年東京生れ。東京外国語大学教授。著書に『夢のありか――「未来の後」のロシア文学』(作品社)、『ロシア文学の食卓』(日本放送出版協会)等、訳書にウリツカヤ『ソーネチカ』『女が嘘をつくとき』、クルコフ『ペンギンの憂鬱』(以上、新潮社)、アクーニン『堕天使(アザゼル)殺人事件』『リヴァイアサン号殺人事件』(以上、岩波書店)、ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』(河出書房新社)等がある。

書評

波 2004年10月号より ウクライナの隣人  アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』

伊井直行

 思い出せる限り、私が最初に構想した小説にはペンギンが登場する。タイトルは「ペンギンの帝国」。氷の上にいるペンギンは実は「ペンギンの帝国」から追放されたできそこないで、本当のちゃんとしたペンギンは人間をしのぐ知能を持ち、地下世界で「帝国」をつくっているという設定。この帝国に人間が紛れ込んで物語が展開する、はずだったが、いかんせんこれを考えたのは小学校低学年のころ、文章でストーリーを展開させる力などあるはずもなく、構想倒れに終わった。
アンドレイ・クルコフの小説『ペンギンの憂鬱』には、ミーシャという名前の皇帝ペンギンが登場する。彼は、ヴィクトルという主人公に飼われている。「お話」の中でペンギンに人間の言葉を喋らせるのは簡単だが、ミーシャはヴィクトルと会話を交わしたりはしない。与えられたエサを食べ、氷を入れたバスで泳ぎ、時にヴィクトルに連れられてよたよたした足取りで散歩する。では、ミーシャはヴィクトルのペットなのかというと、それも違うようだ。ミーシャは主人公の家族であり、分身とも言うべき存在である。
ヴィクトルは、恋人にふられて一週間後、動物園からただでミーシャをもらって来た。このペンギン、憂鬱症にかかっている。「ヴィクトルは孤独だったけれど、ペンギンのミーシャがそこへさらに孤独をもちこんだので、今では孤独がふたつ補いあって、友情というより互いを頼りあう感じになっている」というわけだ。
ちょっとばかり話が飛ぶが、「訳者あとがき」に、この小説がよく読まれているというドイツから「シュピーゲル」誌の記者が作者を取材に訪れ、飼っているペンギンと一緒に写真を撮らせてほしいと頼んだ、という話が紹介されている。記者は、「ペンギンを飼ったことは一度もない」という作者の言葉を信じようとしなかったとのことだが、もしこの記者が文学の担当だとしたら、あまりにナイーブと言うしかない。作者にとって、取材を受けていた時間は、きっと快適なものではなかっただろう。
ペンギンのミーシャが、この小説世界の中の現実と非現実とを結びつける存在であることは、ちょっとだけ注意して読めば、だれにも分かることだ。別にしかめっ面で考えずとも、楽しんで笑いながら読める小説だけれど、作者がペンギンを小説の素材として扱う手つきの微妙な加減を読みとるなら、楽しみはさらに深まるはず……なんて偉そうなことを言っているが、正直、私にもこの小説の現実と非現実の区別が判然としないことは、ままあった。
小説の舞台はウクライナ。時代はソビエト連邦が崩壊した後の一九九○年代。社会主義が否定された後、旧ソ連各国は経済的な無政府状態に陥っている。このことは小説の全体に大きな影を投げかけている。そもそも、主人公がペンギンを動物園からただでもらえるのも、主人公の住む首都キエフの動物園ですら、飼っている動物にろくにエサを与えることができなくなったためなのだ……もうこの辺りで、どこまでがウクライナの現実で、どこからが作者の空想なのか、判然としなくなる。だが、そのことは、小説を読む楽しみを少しも妨げないのである。そこも面白い。
国が混乱すると、マフィアの類が跋扈し始める。これはウクライナというより、世界のどこでも起こりうる「現実」である。小説中、キエフでも、ヴィクトルが出張で出かけるハリコフでも、銃声が街に鳴り響く。だが、主人公や街の人々は大して驚く風もない。わが国も近頃ずいぶん治安が悪くなってしまったわけだが、それでも、銃声で目覚めて平然としている人物を小説に登場させたなら、非現実的と非難されるに違いない。今のところは、だが。
こんな遠い国の話だけれど、小説の主人公やストーリーの展開には、むしろ親近感を抱いた。村上春樹や川上弘美といった現代日本の作家と同時代の作家という印象が強い。
孤独な主人公の男が新聞の死亡記事を書いて暮らしている、という辺りは十九世紀ロシア小説風なのだが、主人公がミーシャや、ギャングの幼い娘などと寄り添って共同生活を営む姿は、読んでいるうち、私たちの隣人の暮らしを見ているような気分に誘われるのである。それが、たとえどんなに変てこであったとしても、だ。

(いい・なおゆき 作家)

短評

▼Ii Naoyuki 伊井直行
主人公ヴィクトルは、ウクライナの首都キエフで新聞の死亡記事を書いて暮らしている孤独な男である。まるで十九世紀ロシア文学の登場人物のようだが、時代は1990年代、ソビエト連邦は崩壊し、マフィアが暗躍している。主人公は旅先の街で、銃撃の音で目を覚ましたりする。まだまだ平和な日本からすると、はるか遠い国の話のようだが、読んだ印象は正反対である。憂鬱症のペンギンや、預けられたギャングの娘と寄り添って共同生活を営む主人公は、それがどんなに不可思議であろうとも、私たちの隣人のように思えてならないのである。

▼John de Falbe ジョン・ド・ファルブ[ザ・スペクテイター]
ブルガーコフを思わせるこの社会風刺小説のかなめはペンギンである。物語が進むにつれ、ありそうもないことがしだいに現実的なものに思えてくる。ペーソスとユーモアがそこかしこで際立ち、滅多にないほどすぐれたブラック・コメディに仕上がっている。なんといってもペンギンを登場させたのは天才的な思いつきだ。

▼The Times ザ・タイムズ
クルコフは、不気味で不条理なものを日常生活の味気ない描写にさりげなく紛れこませながら、物語を擬似悲劇から喜劇に転じさせたり、逆に喜劇から悲劇に戻したりする。

▼Guardian ガーディアン
クルコフが、現在ロシア語でものを書く最もすぐれた作家の一人だということはまちがいない。

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