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息子はなぜ、こんなことに――。母マリアが語る、イエスの生涯。

マリアが語り遺したこと

コルム・トビーン/著 、栩木伸明/訳

1,760円(税込)

本の仕様

発売日:2014/11/27

読み仮名 マリアガカタリノコシタコト
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 140ページ
ISBN 978-4-10-590113-4
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,760円

人々を救うため、この世の苦しみを一身に引き受けたと讃えられるイエスも、母から見れば、理解不能な大義のために家を飛びだした不肖の息子だった。磔刑による息子の死ののち、怒りと悲しみを抱えたまま余生を送るマリアの語りが、神の母とされた女のリアルな感情を描きだす。大きな反響を呼びおこしたブッカー賞候補作。

著者プロフィール

コルム・トビーン Toibin,Colm

1955年、アイルランド南東部ウェックスフォード州生まれ。祖父はアイルランド独立運動の活動家。熱心なカトリック信徒として少年時代を過ごす。ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで歴史と英文学を学び、ジャーナリストを経て小説を発表。主を作品に『ブルックリン』『マリアが語り遺したこと』など。『ノーラ・ウェブスター』は10年以上を費やした自伝的長篇。2017年11月現在はアメリカのコロンビア大学で教鞭を執っている。

栩木伸明 トチギ・ノブアキ

1958年、東京生まれ。早稲田大学教授。専門はアイルランド文学・文化。著書に『アイルランドモノ語り』、訳書にキアラン・カーソン『琥珀捕り』、ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』、W・B・イェイッ『ジョン・シャーマンとサーカスの動物たち』、ブルース・チャトウィン『黒ヶ丘の上で』、コルム・トビーン『マリアが語り遺したこと』など。

書評

波 2014年12月号より ある母親の記憶

横山貞子

「アヴェ・マリア」として知られる聖母マリアへの祈りには、「神の母、聖マリア」という呼びかけがある。絵画や彫刻に見る聖母マリアも、神の母としてあがめられるにふさわしい姿で表現される。だが、この作品で読者が出会うのは、そういう女性像とはちがうものだ。
イエスの刑死後まもなく、マリアは息子の弟子に連れられてユダヤを離れ、小アジアの地中海岸にあるエフェソで晩年を送った、という説がある。この作品の時点では、福音書はまだ書かれていない。弟子は、イエスについて母親から取材したい。だが、この貴重な情報源は、取材する側の望む方向とはちがうことを語りつづける。
福音書には記されていないマリアの証言が、もしあったとすれば、それはどんなものか。この問いに、遠い後世の作家が形を与えた。そこでは、マリアの感じていた同時代のユダヤはこう描かれる。
「世の中はもうじきよくなっていきそうだという気運が、乾いた熱い風のように村々を吹き抜け、取り柄のある若者たちをさらっていくようになった。うちの息子もそのひとりだった。」
息子のまわりには、次第に若者たちが集まるようになる。だが、マリアは、「若者たちのひたむきさにへきえきして、わたしは台所や菜園へ逃げた。」そして息子のほうはといえば、「雄々しさばかり見せつけて、ありあまる自信を燦然と輝かせている。」
福音書には、イエスに弟たちがいたと書いてあるが、この作品では、マリアの産んだはじめての、ひとり息子という設定になっている。息子を家に閉じこめてでも、安全な暮らしに引き戻したいと願う母を描くには、このほうが強くなる。
病人を癒やし、こころに重荷をもつ人を解放し、死人をよみがえらせるイエスの力を知って、その主張をきこうと、大勢の人たちが後に従うようになる。この人によって世の中が変わるかもしれない。そういう期待が高まってゆく。マリアのいとこのミリアムは言う。
「次に何が起こるのか誰も知らない。ローマ人にたいする蜂起の噂があるし、律法の教師たちにたいする暴動の噂もあるわ。……本当は反乱なんて起きないかもしれない。でも、わたしたちが知っていることすべてを――死だって例外じゃないの――ひっくり返す反乱が起きる可能性もあるのよ」
ミリアムの言う、ひっくり返された死には実例がある。死んで四日めにイエスがよみがえらせたラザロのことだ。前からイエスと親しくしていた。彼の病気が悪くなったので、姉たちはイエスにきてほしいと使いをやった。だが、イエスが到着する四日前にラザロは亡くなり、墓に葬られた。それをきいたイエスは涙を流し、墓に行って呼びかける。死者は体に敷布を巻かれたまま、墓から出てくる。
このラザロの姉マリアは、「今は世界の変わり目で、今こそが最後の日々であるとともにはじまりの日々でもあるのだ」と言う。なんのはじまりなのか? 「世界の新しい命のはじまり」と、ラザロの姉マリアは断言する。その変わり目に、イエスは十字架に掛けられて死ぬほか、道はない。だが、イエスを救い主とするこうした信仰に、母マリアは同調できない。
イエスが十字架上で息を引き取る直前、母マリアはその場を立ち去る。自分もつかまって殺されるかもしれないという恐怖におびえて、逃げのびたかったのだと、率直に語る。だから、息子の亡骸をひざに嘆き悲しむおなじみの聖母像は、この作品では実際にあったこととしてではなく、母マリアの見た夢として現れる。
マリアが晩年を送ったエフェソには、古代社会で最大という女神アルテミスの神殿があった。ギリシャ神話では処女神なのだが、小アジアでは地母神と習合した。胸にたくさんの乳房をもつ女神の像は、豊かな実りや家畜の多産をもたらす豊穣神として敬われた。イエスの母マリアは、この母なる女神に慰めを見いだすようになる。
福音書を書こうとするイエスの弟子の示す方向に従わない女。この作品は、神の母、聖マリアとしてではなく、ひとりの人間の母、マリアという女性による、息子についての証言を差し出している。

(よこやま・さだこ 英文学者)

短評

▼Yokoyama Sadako 横山貞子
イエスが死刑になった後、その生涯と言葉は、まず口頭で伝えられ、それから文章化された。イエスの母マリアについて触れた箇所は、四つの福音書を見ても、意外に少ない。だからこそ、マリアの像はいろいろに描くことができる。息子の死体を膝に嘆く聖母像とはまったくちがう息子と母の関係。イエスの事績を書き残し、「福音書」にまとめようとする弟子たちの強引な取材。それに反発するマリア。息子の言動が大勢の人たちを動かしてゆくことに不安をもち、平穏な暮らしに引き戻したかった母親の像を、この作品はつくりだしている。

▼The Observer オブザーバー
万事、不本意で疑い深く、疲れ切ったトビーンのマリアは、気高く永遠の存在である伝説上の聖母よりも、はるかにリアルで真実味がある。

▼The Independent インディペンデント
トビーンはピエタを変容させ、マリアを自分の腕に抱きとめている。

▼Mary Gordon メアリー・ゴードン[ニューヨークタイムズ]
歴史的事実を書こうとするときに、イメージを描きだす詩的な才能に蓋をしてしまう作家たちとは違って、トビーンは叙情性を極限まで発揮している。福音書記者たちにせがまれて十字架刑のことを回想するとき、マリアが第一に語ろうとするのは、鳥かごに入れた鷹と袋に詰め込んだウサギを持ってきた男のことなのである。

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